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12. サマルディア皇国(2)

 それから幾日も経たないうちに、ユキの部屋を勢いよく叩く者がいた。ヘレムが応待に出るとアルスだった。


「ユキはいるか?」

 ヘレムの返答を待たずに、アルスはズカズカとユキの部屋に入る。

「お前たちは下がれ」

 アルスがヘレムとサラナを部屋から追い出した。


 残されたのはアルスとユキの二人だけ。 アルスが窓辺の椅子で本を読んでいたユキの両腕を持ち上げた。読んでいた本が床へバサリと落ちた。


「何を考えている? ユキ。ここにいると言っただろ!?」

 今まで見た事無いくらいにアルスの眼光は鋭い。でも空色の瞳はいつものように明るく輝くことは無く、鈍く沈んでいる。疲弊しているようだった。


 ユキはその瞳から逃れるように、痛いから離してと、もがいた。アルスが静かにユキの腕を離した。


「どうしてここを出て行くんだ? 俺のせいか?」

 もう一度アルスが問い詰めてくる。

 

 ユキは一つ息を吸い込んだ。

「アルスと離れたい」


 ユキの言葉は切れ味の鋭い剣の様に、アルスの心をすっぱりと切りつけた。傷口が熱く痺れる。


「俺の事を好きだといった。……でも嫌いになったと言う事か?」


 ユキは答えない。

 嘘でもアルスが嫌いだと言うべきなのはわかっていた。でもそれだけは言葉にできなかった。


「あなたは、あなたにふさわしい女性と一緒にいるべきだわ」

 ユキはアルスの顔を見据えて言った。

 これは本心だったから。

 自分がアルスの側にいても何の役にも立たない。『女神』といっても、自分に何か不思議な力がある訳ではない。せいぜい通訳代わりになるくらいだ。アルスの為に具体的にできる事なんて、ユキには何一つ持ち合わせていないのだ。

 

 そして何よりも、方法さえわかればユキは日本へ帰る事を心に決めていた。

 それは何があっても変わらない、現実的なユキの目標だった。家族も友人もユキの身をどんなに心配しているだろう。それを考えると少しでも早く日本に帰りたいと思えた。



 ――――神の世界に戻られたという女神の寓話もございます


 以前ググンはそうユキに話してくれた。

 本格的に研究したわけでは無いが、恐らく帰る方法は探せば見つかる。ググンは言葉の後をそう続けたし、ユキもきっと帰れると確信した。


 そして帰ることさえできれば、この世界の事は『不思議な夢でも見ていたのだろう』と今なら忘れる事が出来る。

 

 アルスにとってはいつか消えてしまう、通訳の女神が側にいるよりも、いっそこの国の平和を維持できる女が側にはいた方がいい。

 そして、この国を守ることが、すなわち皇太子であるアルスを守るという事だ。

 

「まさか……縁談の事を言っているのか? どこでそんな話を? あれはもう関係ない。既に白紙に戻させた。…………ググンだな? あいつめ」

 アルスがユキの部屋を出て行こうとする。ユキがその腕を掴んで止めた。


「ちょっと何する気? ググンを責めるつもり? そんな事をしてもどうにもならないわよ。現実を見なさいよ。冷静になれば、わかるはずでしょ? 私にだってわかったんだから」


「現実なら見ている。俺がここにお前以外の女を置くと思うのか?」


「見えてないじゃない! アルス。あなたの為になる女性をここに置くべきなのよ。それは――――」

 ユキが息を大きく吸った。

「それは私じゃないよ! わかるでしょ? 私はいつかここから消えるのよ」

 アルスが愕然としてユキを見る。そしてユキを引き寄せ、強く抱きしめた。


「そんな事言うな。……俺は認めない」


 アルスの力が強くて、ユキは体と、そして心も締め付けられた。ユキは目を閉じ、心を整えた。

 アルスに向き合うために。

 現実に向き合うために。

 

 息を吸い込むとそっと目を開けた。

「それはできないよ。サロール陛下に、あなたのお父様にお願いしてあるから。別荘を貸して下さると聞いているし、引っ越しも警護も全て引き受けると言って下さったもの」


 手配したのはググンだった。そして陛下にお願いしたのはユキだった。

 皇子であるアルスの権限の及ばない所で、全てを進める為だった。

 

 アルスはユキから離れない。

「そこまでやるのかよ?」

「アルス……。側にはいられないんだよ。離して」

 ユキはそっとアルスに話し掛けた。

 ようやくアルスがユキを離した。アルスはユキの顔を見る事も無く、そのまま部屋を出て行った。




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