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11. シャシン(2)

「ウサギでも見えたか?」

 突然暗闇から声がした。アルスだ。前にもこんな事があったとユキは思い返していた。

「お疲れ様。お仕事終わったの?」

 ユキが聞くと、「まあな」とアルスは答えた。


 屋上の柵にもたれかかって月を見ていたユキの隣に立った。

「よくよく月が好きだな。ユキは」

 

 そんなに見ていたかと、ユキは旅の途中や宮殿に来てからの生活を振り返っていた。確かに日本にいる時よりも、夜空を見上げている事は多かった。


「そういえば、シャシンとは何だ?」

ユキにとって聞き慣れた言葉が突然アルスの口から飛び出した。


「ほら。トーレスの町で、月を見ていた時、そんな事を言っていただろう?」

 

 そう言えばアルスが月へ行きたいと言ったので、ユキはそんな事を言った気がする。

 思い出してユキは写真の説明を始めた。

「すっごく精密な絵ね」

 ユキは顔の前で両手を使って、四角を作って見せた。

「これくらいの大きさなんだけれど、壊れた携帯を覚えている?」

「あの黒い鏡みたいなやつか?」

「そう、それ! その携帯で…まあ……作ることができるのよ」


 アルスが「へえ」と声を上げた。


 やっぱり口ではなかなか伝わらないよね

 

 スマホが壊れていなければ、アルスに驚くようなものをたくさん見せてあげられたのに。

 町やビルや車。そういえば東京タワーなんかの画像も収まっていた。きっとびっくりするだろう。天までそびえ立つ塔なんだから。


 家族や、友達、マリカの事だって紹介できたのに……


 そう考えていてユキは大変な事を思い出した。驚いた顔でアルスの顔を見る。

 アルスには訳がわからない。

「どうかしたか?」

「違うの。違うのよ。ありがとうアルス。ちょっと待っていて」


 そう言うと屋上の扉を開けて、部屋まで戻ると、引出しの中から蝶のモチーフの財布を取り出した。

 掴んでまたアルスの待つ、屋上へとユキは戻った。


「一体どうしたんだ?」アルスは困惑気味だ。


 ユキが財布の外側に付いた、小さなファスナーを開けた。その中から小さく切り取られた紙が出てきた。


 酒のグラスの置かれた小さなテーブルには、ランプが灯されていた。アルスと2人、そのテーブルの横に置かれたアイアンのベンチに腰掛けると、ランプの灯りの下にその紙を置いた。


 覗き込むアルスがそれを見ると、驚いて顔を上げた。

「とても絵だとは信じられない。人間そのものに見える」


 それはユキの家族の写真だった。

 お正月に帰省してきた姉の薫を囲んで、家の前で久々家族写真を撮ったのだ。

 もちろん、ユキもスマホで撮っていたのだが、わざわざ父親が写真を現像してユキにまでくれたのだ。

 せっかくの父親の厚意に、一応ありがとうとお礼を言ったものの、それはユキの部屋の机の上にしばらく放置されていた。

 

 それがある時、何気なく見ていたテレビで、防災の特集をやっていた。その番組では実際に役立つ防災グッズを紹介していたのだ。

 その中には家族写真も含まれていて、離れ離れになった家族を探す時に、役に立つのだと言っていた。

 ユキはふと思い立って、机の上で埃を被っていた家族写真を手に取ると、お財布に収まるように少し枠を切って念の為にと入れて置いたのである。


「ねえ、これが写真だよ。そしてこれがお父さんで、お母さんで、お姉ちゃんで……」

 ユキは言葉を詰まらせた。嬉しくて目から涙の粒がポロポロとこぼれる。


 2か月ぶりの家族だった。

 もう見ることは無いと思っていた、家族の顔だった。

 

 涙を流して喜んでいるユキにアルスがそっと口づけをした。

 ユキは目を見開いてアルスの顔を見た。


「ユキが好きだ」

 月の光が優しくアルスの顔を照らしている。


 ユキはアルスから目を離すことができなかった。



「失礼いたします」2人はビクリとなる。サラナの声だ。

「皇子、ユキ様申し訳ございません。その……ヒシグ様が先ほどから皇子をお探しで……」

 アルスはスッと立ち上がると、

「わかった」

 と言ってユキの側を離れた。

 ユキはまだベンチで固まっていた。サラナがユキに近寄る。

「ユキ様。私、ものすごい邪魔しませんでしたか?」

 ハッとユキが我に返ると、

「全然そんな事ないよ」と大きな声で返した。暗闇だからサラナによく顔が見えなくて良かったと心から思った。




 部屋に戻ってもユキの胸のドキドキは止まらなかった。アルスが自分の事を好きだと言ってくれてユキは嬉しかった。

 

 ――――ユキもアルスが好きなのだから

 

 本当はユキも気づいていた。とっくにわかっていた。

 

 一緒にいると楽しかった。

 会えないとさみしかった。

 アルスが他の女性にほほえむ姿が嫌だった。

 

 わかっていたのにユキはそれを認める事ができなかった。

 いや、認めるわけにはいかなかった。


 だってアルスは同級生だとか、バイト仲間だとか友人ですらない。

 ――――このサマルディア皇国の皇太子なのだ。

 

 そして自分はこの国では人が「女神」と呼んでくれるが、実際には日本の普通の学生なのだ。


 そう……いつかは自分は日本へと帰る。

 それが現実。

 それが2人に待ち受ける――――未来だ。

 


 朝食は一階の大きなダイニングでとることになっている。アルスは来たり、来られなかったりでいろいろだ。

 大抵忙しい時には顔を見せない。

 昨夜ヒシグが探していた事を考えると、忙しいのだろうとユキは踏んでいた。


「皇子。おはようございます」


 給仕係の挨拶が聞こえた。

 ユキの心臓が一瞬飛び上がったが、なんとか元の所へと収まった。


 ユキも、「おはよう、皇子」と普段通りの挨拶をした。


 ユキはこの世界に来てから、自分がこんなにすぐにパニックに陥るのかと少し自己嫌悪だった。

 混乱したり、泣いたり、怒ったり本当に毎日忙しい。感情の起伏だけで一日げっそりとしてしまうこともある。

 

 でも今朝は違っていた。朝方まで考えていたせいなのか、目はショボショボするのだけれど、頭は冴えていた。

 アルスの態度もいつも通りだ。

 昨晩2人に何があったのか、誰も気づくことなどないような……そんな日常の風景だった。

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