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10. 女神マニア(1)

 太陽が中天を過ぎた頃、馬車は緑の大理石でできた、大きな宮殿の前に着いた。エメラルドグリーンの豪奢ごうしゃな建物には銀色の大きな扉がついている。


 モリが馬車のドアを開けてユキに手を貸してくれた。馬車から下りて見上げると、十階建てくらいのビルの高さに思えた。


「すごく大きいのね」

「ええ。こちらがサマルディア皇帝のいらっしゃる、〈深碧しんぺきの宮殿〉です。」

 モリが答える。

 

 日本にはもっと高いビルも巨大な施設もあったが、こんなにきらびやかで巨大な建物は初めてだ。

 そのままモリがユキの手を引いてくれたので、アルスの後ろを付いて歩いた。

 アルスはあれから一言も口を聞かない。むくれたままだ。



 ちょっと悪い事を言ったかな……

 ううん、混乱させるアルスが悪いのよ!

 

 原因の全てをアルスになすりつけ、ユキは前を行く背中を見つめた。

 

 宮殿の中はグリーンではなく、白い大理石で統一されていた。彫刻の施してあるある大きな柱が並び、獅子や鷹などの黄金のモチーフが廊下にならんでいる。

 圧倒されながら、皇帝のいる謁見の間へと進んで行った。

 

 そこは大きな広間になっていて、前方の壇上には黄金色の椅子が三つ置かれていた。

 その中央の椅子に座っている人がいる。

 

 彼がアルスの父親であり、このサマルディア皇国の第七代皇帝、サロール=ブレングルだった。

 四十代くらいの細身の男性で、アルスと同じ金色の髪をしている。目元も力強くキリッとしていて、アルスやエレノワとよく似ていた。


「無事でなによりだった。アルス」とても優しい声だ。

 

 アルスが胸に手をやりお辞儀をして挨拶を述べる。ロベリア国の事や国にもどってからの事を簡単に報告している。

 

 皇帝の目がユキに注がれた。

「それでこちらの御嬢さんが、月の女神ということか?」


 眼差しもとても優しい。アルスに促されてユキは挨拶した。


「藤城雪と申します。日本から来ました」

 少し緊張したものの、ユキはとどこおりなく挨拶することができた。


「報告は聞いています。大変な旅だったでしょう? どうぞゆっくりされて下さい」

 皇帝サロールからはユキを気遣う言葉が出てきた。

 

 ユキは思ってしまった。

 

 この人、本当にアルスのお父さんで、エレノワ様の弟なの?

 目元は良く似ていたものの、纏っている雰囲気は二人とは180度違うのだ。

 2人からは皇家の威厳のようなものを感じてピリピリすることが多い。でもこの皇帝サロールからは、皇家の威厳よりも、優しく親しみ安い感じを受ける。

 一言で言えば「癒し系」である。 


「それでユキさん。よければこの宮殿に滞在されるがいいでしょう。〈女神の書〉も書かれると聞きました。宮にはたくさんの書物もありますし、何かとあなたのお役にたてるはずです」

 サロールはニコリと笑んでユキに提案してくれた。

 そこにアルスが割って入る。

「いいえ、陛下。ユキは私の宮殿に滞在することになっております。準備もしてありますし、私の配下の者たちともずいぶん気心も知れております。それに宮殿にはググンの集めた女神関連の書も多数あり、何かと融通がききます」

 

 サロールはアルスの言葉を聞くと、それならばユキも安心だろうと快く許してくれた。

「ユキさん。いつでもこの宮に遊びにおいでなさい」そう言うとサロールは優しく微笑んだ。


 

 謁見の間から退席する時、ユキはしみじみと考えていた。

 手を引いてくれているアルスを横目に見る。その視線に気づいたのか、アルスが久々にユキに口を開いた。

「…………何だよ?」

 ユキはアルスをじっと見上げた。

「すごく素敵なお父さんね」ユキはニコニコとしている。


 国の一番上にいて、あんなに優しくて丁寧で、謙虚で……

 とにかく凄い人に会ってしまったとユキは思っていた。


「そうだろう? 父上は素晴らしい方なんだ」

 アルスもユキが心からそう言っていると感じて、嬉しそうだった。


 

 深碧の宮殿を出ると、一行は少し南へと道を進んだ。サインシャンドの町は大きなオアシスの周囲に作られた、白いレンガの町だった。周囲の都市や町からの道が、全てこのサインシャンドに集まっている。首都であると同時に交易の最大都市でもあった。

 

 街の大通りを南へ下ると、すぐにヤシや鮮やかな色の花に囲まれた水辺に着いた。その一角に白い塀で囲まれた、大理石の宮殿が見えてきた。

 ここが皇太子の宮、〈あかつきの宮殿〉だ。

 宮殿自体は深碧の宮殿とは対照的な、赤い大理石でできている。高さは3階建てくらいだが、その鮮やかなレッドに圧倒される。

 

 門をくぐると大勢の人が待ち並んでいた。

 中央で円筒形の帽子をかぶった、恰幅の良い三十代くらいの男がそわそわとしている。

 アルスが馬車から下り立つと、はやる気持ちを押さえられないのか、いさんでアルスのもとに駆け寄った。


「ご無事でなによりです、皇子。このググン、どれほど心配したことか。一緒に連れて行って下さいとあれ程お願い、いたしましたのに!」

 地声が大きな男だった。

 彼は皇子の側近で文官長補佐のググン・ジャヤートと言った。船にいた文官のヒシグの上司にあたる男だ。アルスに散々喜びと、少しの不満を告げると、いきなりユキの方を向いた。


「このお方が月の女神様ですか!?」


 すぐ近くにいるのに大声だったので、一瞬ユキはビクリとなった。

 その目は期待に爛々と輝いている。


「あっ、えーと。その……女神とかよくわかんないんですが。……藤城雪ふじしろゆきです。よろしくお願いします」

 突然話が振られ、慌てたユキがなんとも軽い挨拶をすると、ググンのその目の輝きが急速にしぼんだ。

 それでも考え直したかのように、ググンはユキに向かってお辞儀をすると、手を胸のあたりで組み、何やらブツブツと祈り始めた。

 

 ユキがギョッとしていると、バトーが耳元で囁いた。

「ググン様は生粋の女神マニアなのです」

 

 その言葉に、ユキは振り返りバトーを見た。

 ググンが〈女神様の信奉者〉だという事に驚いたのではなかった。

 バトーの言葉に「マニア」などと、現代日本の世俗的な言葉が混じっていたのに驚いたのである。この国にもそういう意味合いで、且つ俗に表現する言葉が存在しているという事だ。 ユキにはそれが衝撃的だった。

 そして祈るググンが見せた、少しの失望は、ユキの軽々しさに向けられたものだったのではないかと思った。

 例えば人気漫画が実写映画化された時に、印象の違う俳優がキャスティングされ、ガッカリとしてしまう――――

 ググンの表情はそういう顔に見えたのだ。

 アルスがググンを止めると、彼はもう一度ユキに視線をやった。何かを確認しているようにユキには思えた。一息吸うと、また慌ただしくググンが宮殿の説明をユキに始める。


「お部屋は翡翠宮の…ああ、こちらから渡り廊下を通った別館になるのですが、その2階に準備しております」

「ありがと…」

「それと書庫についてなのですが……」

 ユキが言いきる前にググンが話を進める。

 

 そこにアルスが割って入った。

「なんだよ、もっと広い部屋を用意しろよ」

「書庫に近く、新しい建物で清廉な作りの部屋は、月の女神様にはピッタリです」

「紅玉宮の方が涼しくていいだろ?」

「いいえ! 翡翠宮はお客様の為に建てられた由緒ある建物ですよ。それに書庫が近いという効率の良さは、仕事を行う上では大切です!」

 ググンも譲らない。


「あ……あの、せっかく準備してもらったのだから、その部屋をお借りします!」

 ユキは慌てて2人の間に入った。

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