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1. 鳥と空と太陽(2)

 ピィィィィィィィ


 どこかで切り裂くような鳥の声がした。

「……」

 なんだか無性に怖くなってきた。その場でしゃがみ込むと「早く夢から覚めて」とひたすらに念じ膝と腕の間に顔を埋めた。

 

 ピィィィィィィィィ

 

 また鳥の声がした。今度はさっきよりも近い。

 こちらに飛んで来ているのだろうか?

 それよりもふと何かに気付いた。

 他にも何か音がする。

 空気が揺れる。大地が微かに震えている気がした。音の震源を探るようにユキは顔をそろそろと上げ空気の震えている方向を見つめた。


 何か来る


 土煙が上がっているのが見えた。何かがこっちに向かっている。ユキの目は悪くはない。でもまだそれが何なのかは見えなかった。しゃがんだ体勢のまま顔だけを上げて目をそばめた。


 動物……馬? 

 馬のように見える。一頭だけではない。複数だ。


 人が乗っている?

 まっすぐこちらに向かっているようだ。


 しゃがんだままだとかれちゃうかも……


 夢だと思い込もうとしていたユキだったが、夢の世界だろうが何だろうが、走ってくる車の前にしゃがんでいては痛い目に合う事はわかりきっている。

 たとえそれが馬でも。


 とりあえず立ち上がると、それらの進路から外れるように歩き出した。

 もう一度それらの方を見ると、馬の上には人が乗っていることがよくわかった。その人たちの進路からずれるように傾いた太陽とは逆に歩いた。

 

 しかし、よく考えれば手を振って助けを求めた方がいいのかも?

 真逆の考えがユキの頭をよぎった。

 夢だとは思う。でも一人ぼっちでこんな荒野にはいたくない。馬たちの進路上に戻ろうか?

 考えた瞬間ふいに心がざわついた。馬たちの進路が自分の方へと変わっている。人に会いたいと思った心がなぜかスッと冷めて行くのを感じた。


 なんだか怖い


 馬上の人々が黒い衣を身に纏っていることが、もうここからでもよく見えた。その風体は道に迷っても――――そこが荒野ではなく街中だったとしても、とうてい尋ねる気も起きない荒々しい人間のようにユキには見えた。


 何だかよくわからないけれど、逃げたほうがいい


 ユキは馬たちに背を向けて荒野を走り出した。

 赤茶けた大地には、小さい石ころや、握りこぶし大のもの、大きな岩石も所々にあった。土は乾き、緑のくすんだ草が茂っている。砂のように乾いた土が舞い上がった。

 ユキはピンクのハイカットスニーカーを履いていた。いつもはパンツスタイルが好きで、それに女の子らしいパンプスを合わせるのを好んでいた。


 今朝は秋雨だった。まだ真夏のような日差しを持つ九月の終わり。曇り空はありがたかったけれど、雨は嫌いだった。雨の日にヒールの靴で歩くとツルツルの床材をもつ校舎のエントランスで滑りかけたことがあったのだ。だから今日は黒いシフォンのスカートに安定感のあるスニーカーを履いていたのだ。


 ピンクのスニーカーは南の地平線を目指して大地を蹴った。背後で馬のいななきが聞こえる。

大地が揺れている。男たちの声が聞こえてきた。ユキの全身が汗まみれで背中に悪寒が走った。


 追いつかれちゃダメだ


 恐怖で涙が出てきた。滲んだ視界で地平線が揺れた。その瞬間ユキは足元の石につまづき勢いよく転げてしまった。

 近くで馬の蹄の音がした。ブルンと息を吐き出している。しこたま打ち付けた足の痛みも忘れ涙目で顔を上げた。

 茶色い毛並みの馬が三頭、ユキを見下ろしていた。その馬に跨ったまま男達は話している。


「おいおいおい。誰だよ。ガイゼル(大きなイタチのような草食動物)だって言ったやつ。やっぱ来てみてよかったじゃねえか。こんなところで若い女にありつけるなんてよ」

 そういうと全身黒づくめの男たちが馬からゆっくりと下りて近づいてきた。

 ユキの全身が総毛立った。

 とにかくここから逃げ出したかった。震える手でギュッとリュックの紐を握り締めた。その時「カツッ」とプラスチックがリュックの金具に当たる音がした。


 防犯ブザーだ。


 ユキは実家から学校に通っているが、その道中は主に電車だった。高校生の時その電車で痴漢に遭い飛び上がる思いをしたのだ。半泣きで自宅に帰ると母親はその日から防犯ブザーを必ず持つように、出掛ける際には玄関口で毎日声をかけるようになった。


 今日も朝から声を掛けられて気づいた。マリカの家に泊まりに行くので肩掛けのツーウェイタイプのバッグからチェックのリュックサックに持ち替えていたのだ。母親の指摘で防犯ブザーを出がけにリュックの紐に掛け替えた。

 ユキは白いテロンと丸みを帯びたそれを握り締め思いっきりボタンを押した。


 キュリリリリリリリリリリリリリリリ


 大音量が何もない大地に響き渡った。男たちは聞いたことも無い奇妙な大音に飛び下がった。

 ユキは立ち上がるや否や、『こんなに速く走ったことはない』と自分で思うほどの速さで疾走した。男たちは奇妙な大音量が離れて行くのを呆然と見やりながら、一頭の馬が混乱して前足を大きく振りかぶったのに気付いた。つられて他の二頭もその音から逃れようと後ずさって引き返そうとしていた。男達は手綱に慌ててつかまり馬達を制した。


「おい! 逃げるぞ!」

 呆然と見ていた一人の男が、馬を仲間に預けユキを追って走り始めた。あらん限りの力を振り絞って走るユキの足元をヒュンとすくうものがあった。次の足が出ずにそのままユキの体は空中を横切り地面へと落下した。


 痛みと混乱で麻痺する頭を恐怖が支配し、かえってシンプルに「逃げる」という目的に向かって動いた。

 急いで体を起こし、足にぐるぐると巻き付いた布きれをほどこうとした。

端に重石のついた黒っぽい布きれは思ったよりも頑丈でユキの両足に絡みついている。右足はスニーカーのつま先を絡ませただけだったのですぐに抜けたが、左足にはふくらはぎの辺りからきっちり巻き付いている。

 

 重石は意外と重量があったものの、悠長にそれを左足から外す時間は無い。

 とにかくユキは立ち上がり、巻き付いた足をひきずりながら走った。

 男たちとの距離を測ろうと後ろを見た瞬間、体が横へと引き倒された。あっという間に一人の男が追いついてきていたのである。

 見上げるとひげ面の男がユキの両肩を地面に押さえつけジッと見下ろしている。恐怖のあまり声もでなかった。 

 


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