表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/46

9. かわいくないひと(3)

 宴が滞りなく終了すると、ユキはホッと胸を撫でおろした。

 このドレスも、髪飾りも首飾りも素敵だけれど重いし苦しい。とにかく早く脱いでしまいたかった。


 ヘレムとサラナに手を引いてもらい、誰かに捕まる前に自分の部屋に帰ろうと思った。


「ユキ」アルスの声だ。


 そういえば最初に少し言葉を交わしただけで、宴の間はそれきり口をきかなかった。

 ユキも忙しかったのだが、皇太子であるアルスも忙しくひっきりなしに誰かと話していたのだ。

 

 ヘレムとサラナがサッと一礼して、その場を離れてしまった。サラナに離されてしまったユキの手を、そのままアルスがとった。ユキはギョッとしたけれど、アルスはそんなユキの様子には気づかない。


「ちょっと外に出よう」

「……うん」 

 

 ユキの纏っているカーテルは長い。ドレスというだけあって、ユキの足元よりも10センチほど長いのだ。それを慣れない手つきで手繰り寄せて、何とか歩ける。

 アルスには左手を引いてもらったけれど、履いているのもサンダルでヒールがありバランスがとりにくい。何より最近ヒールのある靴を履きなれていなかったせいか、つま先のあたりが痛いのだ。

 

 いろんなものを引きずりながらユキはアルスに付いて歩いた。


 広いバルコニーに出ると、先の方は庭園へと続く階段になっていた。そこをよろめきながら下りて行くと、庭園には篝火が焚かれていて、結構明るかった。

 大理石で囲われた人工のオアシスの側に座ると、アルスが話し始めた。


「……今日は酔っぱらってないんだな」

 

「すごく忙しかったから、飲みたかったけれど時間がなかったのよ」

 

 それじゃあ……とアルスが人を呼んで酒を持って来させようとした。ユキは慌ててそれを止めた。


「うそ、うそ。しばらくお酒はいいの。反省しているし。……第一、病み上がりなんだからね!」

 

 ユキが元気いっぱい病み上がりだと言い放つと、アルスが息を吐いて笑った。

 どこに面白要素があったのかわからなかったユキは、首をかしげてアルスを見た。


「……あまり見るなよ」そう言うとアルスがフイと顔をそむけた。


「別にそんなに見てないじゃない」


「…………」


 沈黙がなぜか気まずい。

 今まで気になった事なんて一度も無かったのに……

 

 こんな出で立ちで、夜に2人きりだからだろうか?


 沈黙に負けたユキは意を決して、言葉を発した。

「こんな所に連れてきて何の用? 用件は?」


 そのユキの言葉にアルスがげんなりとする。

「何だよ? 用件が無いと誘っちゃダメなのか? ホントにお前はか……」

 そこまで言うとアルスは口を押えた。

 

 今、絶対『可愛く無い』と言おうとした!


「……もう帰る。何よ……こんな遠いところまでがんばって歩いてきたのに」

 長い裾を手繰ると、ユキはずかずか宮殿に向かって歩き出した。


「ちょっと待てよ。ユキ」

 そのアルスの言葉と同時に、ユキはサンダルのヒールを地面にとられ転んでしまった。


「いったーい!」

 手には手繰り寄せたカーテルを持っていたので、うまく受け身がとれなかった。

 下は芝生だったが、丁度剥き出しになった固い地面に、額の辺りをぶつけてしまったのだ。


 アルスが慌てて駆け寄った。

「大丈夫か! どこぶつけた?」

 

 涙目になってユキは答えた。

「おでこ」

「見せてみろ」

 言うとアルスはユキの前髪を上げて、焚かれている篝火の灯りを頼りに、傷を探してくれた。


「……血は出ていないようだな。たんこぶくらいはできるかもしれないが」

 

 もう最悪

 ユキはげっそりした。

 

 下に向けていた視線を戻すと、アルスの視線とぶつかった。

 額を見てもらっていたので、2人の距離はかなり近かった。アルスがまたフイと視線を外した。


「……可愛く無いと言おうとしたでしょ? さっき」

 急に言われて、アルスは再びユキを見た。


「何の話だ?」

 しらばっくれるアルスにユキは畳みかけた。


「また可愛く無いと言おうとしたのは分かってるんだから」

 プリプリしてユキが言うと、アルスは、

「この前だって『可愛く無い』なんて言ってないだろ? 『可愛げが無い』と言ったんだ」


 どっちも一緒でしょうが


 ムカッとしてユキは立ち上がった。

「どうせ可愛く無いですよ」


 裾を捲るとユキは足早に歩き出した。

 つま先がジクッとして足を止めた。少し引きずったようにそろそろ歩く。


「おい! 足も痛めてるんじゃないのか?」

 アルスが後ろから声を掛ける。


「足は初めから痛いの。靴擦れよ」

 そうユキが振り返らずに言うと、アルスが追いついて、ユキの腰に手を回し抱えあげた。


「!?」

 ユキが息を止めてビックリする。

「お……下ろして!」

 アルスの肩に手をやり体重を外側へと向けたが、アルスが腕に力を込め、ユキの動きを阻んだ。


「いいから……暴れると落ちるぞ」

 アルスはお構いなしにスタスタ歩き出した。


 どうしたらいいのかわからないユキは、押し返そうと手をやっていたアルスの肩をキュッと握った。

 黙ったままアルスにしがみついていると、思い返したようにアルスが口を開いた。


「ユキは可愛いよ。今日も……その、よく似合っている」とボソリと呟いた。


 ユキの顔から火が噴き出した。


 今しゃべったのはアルス??


 アルスの言葉に何と返してよいのかわからない。

 ユキはただひたすら黙ってやり過ごした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続編未完のレガシーこちらもよければご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ