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9. かわいくないひと(2)

 ユキは扉の前にも立てず、2人に訴えていた。

「ダメです。ユキ様。さあ進んでください」サラナが静かな声で急き立てるが、ユキの足は前に出ない。壁際でとにかくごねていた。

 

「……これ! 何をしておる。ユキは準備ができておるのか?」

 広間の中からエレノワの声がした。


 ユキがブンブンと首を横に振る。

「はい! ただいま」ユキの訴えもむなしくヘレムが答える。

 

 一向に広間に入ってこないユキに業を煮やして、エレノワは横にいたバトーに声をかけた。

「ほれ、バトー。女神さまを連れて参れ。お前なら女人の扱いにも慣れておろう?」

 言われてバトーはにこりとエレノワに微笑んだ。

「かしこまりました。私が女神さまをお連れいたします」 



 大扉からバトーが軽い足取りで出てきた。

「女神様ー? どちらですかー?」

 言い方がいかにも軽薄だ。

 廊下に出てくると、ごねているユキと目が合い、バトーはピタリと歩みを止めた。

 固まっている。声も出ないようだ。

 

 あの女性に饒舌じょうぜつなバトーが何も言えないなんて、これは相当ひどい有様なんだ!

 

 じっとりした目で、3人を見据えるとユキは、

「帰る!」と大声をあげた。


 慌てふためく女性陣を前に、バトーがそっとユキの手をとった。

「ユキ様……。ユキ様があまりにお美しくてこのバトー息をすることも忘れておりました。こんなに美しい女性にお会いしたことは、生涯初めてでございます」


「変じゃない……?」


「変だなんて、とんでもありません! ユキ様のお姿が変なら、世の美術品は全て『変』になってしまいますよ」


「……変な例え」ユキがプッと吹き出す。


「そうでしたか? こんなに褒めてるのに」そう言ってバトーも笑った。 


 バトーのいつもの口説き文句にも、「ホントに口が軽いよね」などと笑いながら返していると、今まで力の入っていた体から、スッと強張りが消えて行くのを感じた。

 ユキはバトーに手を引かれそのまま扉をくぐった。

 

 ユキの登場に広間全体が静まり返った。

 サマルディアの人間には年齢よりも若く見える、ユキのあっさりとして愛らしい顔立に、この国独特の目鼻立ちをくっきりとさせる化粧が乗ると、それは本人が思う以上に、ユキの顔との相性が良かった。

 瑞々《みずみず》しさのある少女の雰囲気を保ちつつ、艶やかな大人の色香が漂ってくる。

 

 ユキが再び緊張しないように、バトーが何かを優しく話し掛けている。

 ユキの意識が広間のみんなに行かず、バトーに行くので、足取りも軽く、一番前の壇上まで進むことができた。

 ユキがエレノワの前に来ると静かに一礼した。   


「これはユキ。よう似合っておるな。かように美しいとは。さすが美と叡智の月の女神よ」

 美しいエレノワに褒められると、ユキもまんざらでは無い気がしてきた。


 言われるがまま壇上の席に着いた。

 アルスの隣だ。

 アルスもここに来てからは旅のはじめと同様、シャツに細身のパンツという、ラフな服装で過ごしていた。

 しかし今日は宴という事で、皇子らしく濃紺の上着を羽織り、金の装飾の付いた額飾りをつけて、ピシッと正装していた。

 

 横にユキが座ると、アルスと目があった。驚いているようで、なんだかまぬけ面だ。

 

 ユキをジッと見ているのに、アルスは一言も発さない。ユキがそんなアルスに、そっと声を掛けた。


「ちょっと、アルス。何なのよ」

 

 ユキの声を聞くとアルスはハッとしたようで、

「何でも無い」と言うと、正面を向いてしまった。

 

 何も無いのかい!

 

 心の中で突っ込みながら、ユキもまた正面を向いた。

 

 せっかく綺麗になったと思ったのにな……

 

 正面を見たユキは、たくさんの人がいることに気付いて驚いた。遠くの方に、見た顔がたくさんいる。小隊の連中だ。

 ユキは皆がこっちを見ている事に気付いたので、下の方でそっと手を振った。

 それにトーガが手を振り返してくれたのだが、見ていたダライになぜかげんこつされてしまった。その光景がおかしくて、ユキは小さな声で笑った。


 

 宴の間、ユキは結構忙しかった。

 いろんな人間がユキに挨拶にやってくる。ユキはニコニコと対応するが、褒められても何と返していいのかわからない。とにかく笑顔を保つことに集中した。

 

 いつのまにかユキの周囲は、挨拶の順番を待つ行列ができていた。一人の褐色の肌の男が前に進み出た。年齢は五十代くらいでサマルディアの装束とは明らかに違っている。他の人同様、丁寧な挨拶をしてくれて、ユキの事を褒めてくれる。ユキは笑顔で遠慮がちに返した。


「おおー」周囲から感嘆の声が漏れる。

 男が自分はベルサド王国の者だと自己紹介してきた。皆一様に驚いている。


 ユキはまた気づかずに、違う国の言葉で話していたようだ。そんな状況にも慣れてしまったのか、もうユキは混乱することも無かった。落ち着いて対応することができたのだ。

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