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8. 言葉(1)

 翌日の出発は前日とは打って変わってなごやかなものだった。

 皆アルスとユキが仲直りをしたとわかり、胸をなで下ろしていた。アルスに手を引かれ馬上の定位置に収まると、バトーが声を掛けてきた。


「お久しぶりです。ユキ様。またその可愛らしいお顔を見ることができて良かったですよ」


 この人はどうしてこうも歯の浮くようなセリフが次々と出てくるのだろう


 ユキはニコリとして、

「私もバトーがいなくて、とっても寂しかったわ」とバトーの言葉に乗って返した。

 予想と違う反応にバトーは鳩が豆鉄砲でも食ったような顔をした。

 モリがそのやり取りを見ていてクスクスと笑っている。


 

 砂漠地帯を少し外れると、道が岩山へと続いている。 なだらかではあったけれど、ゴツゴツとして岩ばかりの殺風景な山道を登り、谷へと少し下って行くと、突然目の前に立派な白亜の宮殿が顔を出した。


「あれが、お家? ってことは、ここがサインシャンド??」


 アルスが笑った。

「悪い……行き先を少し変えたんだ。今から叔母上に会いに行く」


「じゃあ、あれが叔母上様のお家ってこと?」


「そうだよ」


 さすがは『皇太子の叔母さんの家』だとユキは目を見張った。

 あのトルゴイ県の知事の宮もすごいと思っていたが、ここは一つ一つの素材が豪華で美しい。

 庭園には川の水を利用しているのだろうか。大きな人口のオアシスがあった。

 入口には数人の侍従たちが揃っていて、皇子たち一行を出迎えている。


 大きな木製の扉をくぐって中に入ると、大理石で作られた建物の中はまるでクーラーでも入っているようにひんやりとして涼しく、馬上で火照っていた体を癒してくれた。


 二階へと続くエントランスの大階段から女性の声がした。

「アルス。ようお戻りになられた。無事で何よりです」

 

 張りのある美しい声だった。女性は四十代くらいだろうか、シャナリ、シャナリと階段を下りてくる。


 艶やかな真珠色のローブに淡い萌黄色のカーテル(巻きスカートのようなもの)を巻いている。

 はちみつ色で緩やかな巻き毛は、頭頂部で華やかに結い上げられ、エメラルドの簪が光っている。

 まつ毛が長く、眉毛がキリッと目頭から上がっていて、眼差しがとても強い。


 目元がアルスと似ているとユキは思った。

 とても美しい女性だった。


 階下で待ち受けたアルスが丁寧にお辞儀をし、女性に挨拶をした。女性はアルスを抱きしめ声をかけた。それからモリやバトーを見ると、女性の視線がユキの眼前で止まった。

 ユキがピリっと緊張する。

 

「叔母上、内々で少しご相談があって参りました」


 女性が首を傾け、手に持った大きな扇で口元を隠すと、なにやらアルスと話している。


「皆、お下がり」女性の声にその場にいた側仕えたちが一斉に頭を下げた。

 

 ユキも周囲をきょろきょろと見回していると、背の高いすらりとした女性がユキに頭を下げた。

「こちらへどうぞ」


「あ……はい」ユキはチラリと目だけでアルスを探した。


 アルスは女性の手を引いて宮殿の奥へと消えていく。


「さ、どうぞ」ユキは促され侍女について歩いた。

 


 通された部屋からは南の島のリゾートを彷彿とさせるような、色とりどりの花々が咲き乱れる庭園が見えた。そこでお菓子とお茶を出されると、設えられた大きなソファに腰掛けた。



 一時間ほど経った頃、侍女がユキを呼びに部屋に入ってきた。アルスたちの話が終わったようだ。

 ついて行くと、アルスたちが先ほど入って行った奥の部屋だった。ユキが不思議そうに立っていると、部屋の扉が開いて中に入るよう侍女が声をかけた。


 部屋の中にはこの屋敷の主であるアルスの伯母と、アルス、モリ、バトーの三人。

 そして先ほどはいなかった白い髭の老人が座っていた。

 全員の視線がユキに注がれる。

 

 なんだか面接みたいね

 

 ユキはその光景に少し緊張してしまった。


 まず宮の主が口を開く。

「私はエレノワ・ブレングル。この直轄領地の主で、アルスの伯母だ。ユキであったか。そなたの事情は大方の所アルスとモリから聞いた」


 なんだか冷や汗が出てきて、ユキは頷くのが精一杯だった。

 エレノワという女性からは皇家の風格が感じられ、ユキは今にも吹き飛ばされそうだ。


「ユキからも、簡単でいいからここに来た経緯を話してみろ」

 アルスに促されて、ユキは自分の身に起きた事をたどたどしく説明した。


「……ふーむ」

 エレノワは一通りの説明を聞いた後、白髭の老人に目配せをした。


「ユキ様のお話、大変興味深くお聞きいたしました。その……学舎からこちらへ来た時のこ

とについて、今一度詳しくお聞かせ願えますか?」


 優しい口ぶりで老人に促され、ユキは老人に教室の扉を開けた時の事を詳しく話し始めた。


 ガタン!


 椅子からアルスが立ち上がった。側にいるモリとバトーの顔色も変わっている。優雅なエレノワの表情も凍りつく。

 

 ユキは自分が何か間違ったことを言っているのか不安になった。アルスやモリには何度も説明した、今話した事ともかなり重複している。

 皆の反応に、ユキは話を途中で止めてしまった。


 老人も驚いた表情ではあったが、エレノワに、

「間違いなく美しいアカンティ語でございます」と告げた。


 ユキには何の事だかさっぱりわからない。

「一体何なのよ? 私が何か変な事言った?」固まるアルス達に向かって、怯えながら確認した。


 どう答えていいのかわからないアルスとモリに代わり、バトーが口を開いた。

「ユキ様。……今ユキ様はアカンティ語でこちらの老師と話をされていました。お分かりではなかったのでしょうか?」

 

 ユキの息が止まる。

 

 アカンティ語??

 

 どこかで聞いたような気がした。

 アルス達と出会ってすぐの時、パロ村のメリノの家でいろんな国の名前が出てこなかっただろうか。 

 

 ユキの額から汗が吹きだした。

 私がこことも違う国の言葉を話していたというの?

 しかもそれに全く気付いていない。

 


 だって、ずっと日本語を話しているのだから。

 サマルディア語でさえ、話しているつもりは無いのだから。

 

 その事実を突きつけられ、ユキは動揺を隠せない。


 やっぱり私はどこかおかしい……

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