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7. true princess(4)

 夕方まで一行が進むと、前方には3つほどのオアシスが固まった草地に辿り着いた。


 手前には小さなほったて小屋や屋台がたくさんあり、中継地とあってか多くの人でごった返している。

 そのオアシスの奥の方には、トーガの言っていたバンガローがいくつか建てられていて、大きくレンガの塀で囲われている。


 二頭の馬が引く荷馬車には、大きな天幕や厨房器具などが積み込まれていた。

 兵士たちはそこから荷を下し、大きな天幕を張り始めた。

 ヨデル湖でアルスとモリと三人で眠った天幕に比べると、大人が十人くらいは入れるような巨大で立派なものだった。

 ユキは他の小さな荷を開く作業を手伝った。

 

「姫さん、そこはもういいからゆっくりしてろよ」

 トーガが何度もそう声をかける。


「だって……やること無いし……」


「そんじゃオアシスのほとりでも散歩してきたら? 涼しくて気持ちいいぜ」 

 周囲の兵士たちも「そうしたらいいよ」と勧めてくる。


 やっぱり『客人』は邪魔なのかもね


 仕方が無いのでユキはオアシスの散策をすることにした。

 


 この辺りは北部の大地と比べると砂の割合が多いようだ。

 みんなは「砂漠」と表現していたけれど、日本人のユキが考える砂漠と比べると、土も植物も見受けられて、辺り一面砂だらけでラクダで旅するものとは違っていた。

 

 しばらくオアシスの側にしゃがみ込み、水面をボーっと見つめていた。

 

 アルスは結婚するのだろうか? 

 あのお姫様と…………

 

 そんなモヤモヤが頭の中の大部分を占め始めた。プルプルと頭を振って、違う事を考えようと思った。

 

 早く日本に帰りたい――――

 

 帰ったらサーティーワンのストロベリーチーズケーキアイスが食べたい。

 マックのポテトもLサイズで注文しよう。

 そういえばもうすぐ大好きな「MIORA」のアルバムが出る。初回限定版を予約しているんだった。

 

 そんな自分の日常を思い出して、考えたくない事に気を削がれないようにした。

 

 でも……今更どうやって仲直りしたらいいんだろ?

 アルスに怒りすぎた事を、ユキは後悔し始めていた。

 

 オアシスの畔にまで香ばしい匂いが漂ってきた。どうやらもうすぐ夕食のようだ。


「……そろそろ、戻りましょうか?」

 ユキの背後からハセルの声がした。どうやらずっと後ろに付いていてくれたらしい。


「ハセル、いたの!? 何ですぐに声を掛けてくれないのよ。一緒に散歩できたじゃない」

 ユキがそう言うと、ハセルはいつもの困った顔をして、「滅相もない」 と、至極丁寧な言葉で返してきた。


「……実は私の事、苦手……?」


「滅相もない!」

 ハセルはオロオロと同じ言葉を発した。


 ユキは本当の本気で、ハセルには嫌われているんじゃないかと疑いたくなった。

 

 


 食事も終わり、皆は片づけ物や、明日の準備、警備の確認でゴタゴタとしていた。

 ユキは自分のリュックを抱えると、大きな天幕へと入っていった。

 おそらくここが兵士たちの寝床なのだろう。


 その隅っこに陣取るとリュックを開けて、中の洋服の整理をしていた。


 そこに今から仮眠をとる一団が入ってきた。今日の早番はダライの率いる第一小隊の様だ。中に入ってきたのは第二小隊のジリム達だった。天幕の中のユキと目が合うとジリム達は固まってしまった。


「……ユキ様。何をされているのですか?」


 ジリムは第二小隊を任されているが、ダライよりも若い。三十代半ばくらいだろうか。


「ここは兵士たちの天幕ですよ。困ります」

 ジリムはダライよりもズバッと物を言う。ユキには少しおっかない男性だった。


「隅っこに寝るから邪魔しないわ。ダメかしら?」

 ニコニコと猫撫で声でお願いしたものの、「無理です」と即却下されてしまった。

 

 じゃあどこで寝ろっていうのよ!

 

 考えるそぶりすら見せないジリムを睨みつけていると、兵士の天幕にアルスが入ってきた。

 ユキを見つけると腕をグイと引いて、無言でオアシスの方へと歩き出した。


「ちょ…ちょっと。離してよ。腕が痛い」

 ユキが訴えるとアルスは手を離した。仏頂面でユキを見据えている。

 

 ユキは蛇に睨まれるカエルの気分を味わっていた。


「皆に迷惑をかけるな。そんなに俺と一緒にいたくないのか?」

 アルスはユキの目をジッと見て言った。


「そうじゃないよ……。そうじゃないけど。アルスの方こそ私とは居たくないんだと思ったけど。……美しいお姫様といる時は、あんなにご機嫌だったじゃない」

 ユキはアルスから目を逸らして答えた。 


「あのな。どれだけ俺が気を使ったと思ってるんだ!? あれは知事の娘だぞ。将来この国を背負う身としては、有力者に無意味にケンカを売る訳にはいかないんだ。あんなものは大人のマナー程度だろうが。慣れない笑顔で顔の筋がつるところだったんだからな」

 

 この一連の会話がユキにはどうにもおかしくなった。

 

 これじゃまるで痴話喧嘩だ

「美人にニヤついた」と怒る女と、言い訳する男――――


「プッ」

 ユキは吹き出すと、笑いが止まらなくなった。ユキが声を出して笑うので、アルスの表情も軽くなる。

 

 あれは営業スマイルだったというわけね

 

 とりあえず二人の間の不穏な空気はどこかへ消えてしまっていた。

 本当は「可愛く無い」と言ったことも追及してやりたかったけれど、ユキは水に流すことにした。


 アルスがユキのリュックを兵士の天幕から持ってくると、バンガローの方に連れて行ってくれた。

 中にはふかふかなベッドも置かれていて、鮮やかな模様をした絨毯がしきつめられていた。


「ここを使えよ」と言ってアルスはこの部屋を譲ってくれた。

 この豪華なバンガローは皇子様専用のようだ。


「アルスはどこを使うの?」

 ユキが後ろに立っていたアルスを振り返って尋ねた。


「モリたちと隣のバンガローだ」


「そっか。ありがとう」

 ユキがにっこりとすると、アルスがスッとドアに手を付いてユキの顔を覗きこんだ。


「……何なら今朝みたいに一緒に使うか?」

 アルスが真剣な瞳でユキを見る。


「はっ? な……何言ってるのよ!」

 ユキが顔を赤くし、後ずさった。


「本気にするなよ。冗談に決まってるだろ」


 おちょくられたのだとわかったユキは近くに置いてあったクッションを手に取った。笑っているアルスに向きなおると、思いっきりそれを投げつけた。


「うわっ! 危ないな。バンガローを壊してくれるなよ」


 ユキの放ったクッションを避けると、アルスが笑いながら部屋を出て行った。ユキの額には汗が滲む。

 今のやり取りだけで何だかドッと疲れてしまった。 

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