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6. 二人の時は(4)

 船がサインシャンドに一番近い港、ガシュインに到着するまでは更に一日かかるという。


 ユキはやることが無く船の中をブラブラと散歩していた。

 

 アルスの話だとこの船は軍船らしい。

 船に居るのは大方兵士で、この船を操舵する海軍所属の者が少しと、後はバトーの配下の二小隊がアルスたちを迎える為この船に乗って来たという。

 

 兵士たちはそれぞれ仕事があり皆バタバタと忙しそうだ。

 

 アルスやモリにも何か手伝えないかと申し出たのだが、

「どうぞゆっくりしていて下さい」とモリにはにこやかに断られ、

「皆の邪魔になるから部屋にでも行ってろ」と、にべも無いのはアルスだった。


 ユキはムッとしたが、仕方なくブラブラと船室のある下の階へ下りて行った。

 

 

 厨房に辿り着くと、そこには食材や食器がわんさとあふれ、中では三人の男たちがあれやこれやと動き回っていた。

 

 洗い物も相当数溜まっている。

 この人数を賄っているのだから仕方がない。そこまで手が回らないようだ。

 忙しく動き回る男たちにユキが声をかけた。

「あのお。よかったらお手伝いします。ここの洗い物しましょうか?」


 ユキの声にあたふたと男たちは「大丈夫ですから」と答えてきた。

 

 全然大丈夫そうには見えない……


「やらせて下さい! 私バイトで洗い物もやっているから、平気ですよ」

 

 そういうと男達が止めるのも聞かずに、洗い場へ乗り込んで行った。

 

 ユキは目の前に置かれたタワシでガシガシと鍋をこすっていく。

「このお水使っていい?」横にいて慌てている年若い男に聞いた。


「あ、はい。あ、こっちです」

 おろおろしながらその男は、教えてくれた。


 一通り洗い物が終わると、次は布巾で鍋や器を拭いて作業台の上に置いていった。

 片づけ物を手伝っていると、その量は思ったより多くて結構時間をくった。


 あらかたの汚れ物を片付け終わる頃、他の二人が夕食に向けて行っていた食材の下ごしらえも終わったようだった。

 


「助かったなあ。ハセル」

 年若い男に声をかけながら、お腹のポッコリと出た、五十代くらいの男が黄色い砂糖菓子を出してくれた。


 ユキにすすめてくれている。

 ユキはニコリとしてそれを頬ばった。


 この船の料理長だそうで、もう一人はひょろっとした三十代くらいの男で料理長の助手だ。

 ユキの横で終始おろおろとしていたのは、バトーの配下で今日の給仕の担当になっていた、ハセルだった。

 

 

 少し時間もできたのでみんな休憩をとるようだ。それぞれイスや作業台に腰かけた。

 助手が熱いお茶をついでユキにも出してくれた。ハーブの爽快な香りが鼻を通る。


 ユキは両手でカップを持つとフーフーと息を吹いてお茶を冷ました。

 

 厨房の外の廊下からドカドカとうるさい足音がする。

「あー腹減ったあ。大将、なんか食わしてくれ」甲板で作業していたらしい男が騒々しく厨房に入ってきた。


 両手でカップを握っていたユキとバチリと目が合った。


「な……なに厨房の連中は、かわい子ちゃん連れ込んで茶なんかすすってんだよ!?」

 大振りに額に手を当てると男は声をあげた。


「いいだろう? 料理のできる男はモテんだぞ」料理長が冗談を飛ばす。

 その騒々しい男と料理長のやりとりがおかしくて、ユキはつい吹き出してしまった。

 

 厨房に行ったはずの男が戻らないので、それを呼びに人が下りてきた。またその人が戻らないので次の人が呼びに来る……。

 結局ミイラ取りがミイラになり、厨房にはユキを囲んで十人ほどが集まってしまった。


 みんな皇子ご一行を待つ間に酒場で意気投合したらしく、仲が良い。ポンポンと跳ねる会話にユキはお腹を抱えて笑っていた。


「そういや、お嬢ちゃんは、どこの国から来たんだい?」料理長がユキに尋ねた。


「日本です。島国なんですけど……。もしかして料理長は船に乗ってるから日本を知りませんか?」


「いやあ、船に乗ってなげーが聞いたことない国だな」


「……そうですか」ユキが肩を落とす。

 他の皆の顔を見たが、やはり知っている者はいないようだ。


「それでどうしてサマルディアに?」助手の男が静かに声をかけた。


「それは……えーっと、よくわからないんだけど、迷って一人ぼっちになっちゃって」そのユキの発言に皆が同情する。


「皇子やモリさんに危ない所を助けてもらって。それで首都に行けば日本へ帰る手がかりがあるかな……なんて考えて連れてきてもらったの。でも二人には迷惑ばっかりかけてるのよね。……一文無しだし」

 ユキがため息をつく。


「そうか。そんじゃもし困ったら、オッチャンの所においで。厨房で雇ってやるからよ。さっきの仕事ぶりも良かったし、お嬢ちゃんがいたら助かるよ」

 料理長がポンと膝を打ち、笑ってユキに話した。


「ホントですか!?」

 ユキも仕事ぶりを褒められパッと顔が明るくなる。


「そんな大将、こんな可愛い子に厨房はねーよ。サインシャンドに着いたら俺の行きつけの食堂にかけやってやるからさ、そこで働けばいいよ」

 口を挟んできたのは、さっきから騒々しく軽口を叩いてばかりのトーガだ。こげ茶色の短い髪がツンツンと立っている。目はくりっとしていて童顔だが、年はユキとそれほど変わらないようだった。


 トーガがユキに笑いかける。

「食堂でウェイトレスすれば、絶対看板娘だよ。間違い無し!」


「おお、そりゃいいね。俺も通うよ」周囲からも賛同の声が上がる。


「ホントに? じゃあ、帰るのに時間かかりそうだったらお願いしようかなあ」

 ユキも照れながら、そのトーガの提案や料理長のお誘いを本気で考えた。


「こんな所にいたのか!?」

 

 見ると厨房の入り口にアルスが立っている。


 いきなりの皇子登場で厨房の中は一気にピンと空気が張りつめた。皆立ち上がり、直立不動である。


「部屋にいろと言ったのに、いないから探しただろう? 海にでも落ちたかと思ったんだからな」

 そう言うとユキの腕を引っ張った。せっかくの楽しいひと時が台無しだ。


「続けていいぞ」

 アルスが厨房に声を掛けるとユキの手を引いて出て行こうとする。


「お茶とお菓子……ごちそうさまでした!」

 ユキは慌てて料理長達にお礼を言った。 


 アルスに連れられユキが厨房を出ると、なごやかな雰囲気はどこかへ消し飛んでしまった。

「……さあて、仕事の続きでもやるかあ」

 

 料理長が声を掛けると、兵士たちも仕方なくわらわらと甲板へ上がって行った。


「……あの子、わざわざ仕事を探さなくても大丈夫そうですね?」助手が料理長に声を掛ける。

「……だな」料理長もその助手の意見に同意した。


 わざわざ厨房まで皇子が下りて来る事など、初めてだったのだ。

 

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