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6. 二人の時は(3)

 船室に戻りベッドに臥せっていると、トントンと誰かが扉をノックした。


「ユキ様。モリです。少しよろしいですか?」

 フルーツやポットの乗った盆を持ってモリが部屋に入ってきた。食事をほとんど取っていなかったので、心配して運んでくれたのだ。

 机の上にそれらを置くと、カップに熱い紅茶を注いでくれた。


「申し訳ございませんでした」深々とモリはユキに頭を下げた。


 別にモリは悪くない。

 ……というかアルスも悪くない。

 

 ただショックを受けて泣いているユキが悪いのだ。

 こうして心配をかけているのだから。


「モリさんは何者なんですか?」

 ひどいガラガラ声でユキは尋ねた。


「私はアルス様の……皇子の近衛隊の隊長を仰せつかっております」


「そうですか」とユキは小さく呟いた。


 アルスはこのサマルディア皇国の皇太子だそうだ。

 ロベリアはアルスのお母さんの祖国らしく、しばらくの間遊学していたらしい。

 その後サマルディアの現状も知るために、身分を隠しモリと二人で旅をしていたそうだ。

 ユキとはその帰り道に出会ったのだという。 

 

 モリが注いでくれた紅茶は甘く、カサカサになった心が少し潤った。


「あの……モリさん。アルスに泣いちゃってごめんなさいと伝えてもらえますか? ビックリしていたみたいだから」

 

 モリはゆたりと微笑むと、快諾して部屋を出て行った。

 モリの淹れてくれた紅茶はもちろんだが、その深い声を聞くとやっぱりユキの心は落ち着きを取り戻すのだ。

 

 


 夕食時、再び船長室での食事にユキは呼ばれた。


 気分も落ち着いていたし、直接アルスに謝ろうと思った。

 よく考えてみても、これは泣くほどの事ではない。

 少しの混乱と、「言ってくれなかった」というショックな気持ちがあふれてしまったのだ。アルスもユキをからかったとか、ユキを傷つけようと思ってそうしていた訳じゃない。


 船長室の扉を開けるのは少し勇気がいった。

 ユキがそっと中に入ると、朝と同じ場所にアルスが座っていた。今度は船員の姿も文官の姿も無い。


 アルスだけだ。


「……すまなかった。もっと早く言うべきだった。傷つけるつもりはなかったんだ」

 しおらしいアルスの態度が予想外で驚いたが、

「私こそ。ちょっぴりショックだっただけで、やっぱり混乱していたみたい。泣いてしまってごめんなさい」

 とユキも素直に言う事ができた。


 アルスもホッとしたのか、

「じゃあ食べるか」とユキのグラスに飲み物を注いでくれた。


「ありがとう…………。いただきます」

 ユキはアルスにお礼を言い食事を始めた。魚や肉、フルーツなど夕食には豪華なメニューが並んでいた。

 アルスが船の話や、首都のサインシャンドについて話してくれた。

 ユキはその話を笑顔で聞き、相槌を打っていた。


「……気にいらないな」

 アルスが話の途中で明らかに不機嫌になった。

 さっきまでのしおらしさはどこへ行ってしまったのだろうか?


 訳が分からずユキは、

「どうしたんです?」となるだけ丁寧に尋ねた。


「何だよ…その変な話し方は……。気持ち悪いから止めろ」


 はい??

 ユキにしてみれば相手がこの国の皇太子だとわかったわけだし、せめて丁寧な言葉で接するのは大人の常識だと思ったのである。


 少しイラッとしながらもユキは落ち着いて言った。

「アル…じゃなかった皇子がこの国の皇太子だとわかったのに、丁寧な言葉で話すのは当然ですけど」


「皇子と呼ぶな。アルスでいい」


「いいえ、そうはいきません。『郷に入れば郷に従え』と言います。皆が皇子に敬意を表して接しているのに、私だけそうしないなんて変です」

 

 ユキは至極全うな事を言っていると思った。


「だから『皇子だ』などと言いたくなかったんだ。だいたい『ゴウニイレバ』とは何だ? 変な言葉だな」


 アルスはユキの言葉を捕まえて八つ当たりした。

 ユキもそのアルスの態度に次第ヒートアップする。


「だからその場のルールに従って、行動するってことよ! 何よ。変な言葉だなんて。私の国のことわざなのに……っていうかどうしてここだけ通じないのよ!……ホントむかつくわね!」

 そう言い放ったユキの言葉にアルスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「どのへんが敬意を表しているんだよ?」


「…………」

 やってしまった。


 確かにすぐに化けの皮を剥がされたような気分だ。

 丁寧な言葉遣いに自分の気持ちが乗っていないのは確かだ。

 だってまだ『皇子』だとか、『皇太子』だとか本当はよくわからない。


 ユキにはアルスは『アルス』なのだ。


 図星を付かれてユキは何も言えない。

 アルスはそんなユキを見て笑っている。


「慣れない事はするなよ。もう止めろ」


 渋々とユキが振り上げたこぶしをおさめると、

「まあ。アル…皇子もそう言う訳だし、丁寧語は……ちょっとお預けにする」

 

「皇子もやめていいんだぞ?」


「みんなの前でさすがに『アルス』は無いでしょ?」

 ユキがフワリと笑う。

 アルスがテーブルの上に視線を落とし、皿の上のナイフを使い始めた。

「……じゃあ、二人の時は『アルス』でいい」


 アルスの言う(二人の時)がなんだか胸の中でさわさわと鳴る……。


「……わかった。二人の時はね」ユキもテーブルの上に視線を落とす。

 

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