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6. 二人の時は(2)

 翌朝ユキが目を覚ますと船が揺れているのを感じた。

 既にセレンゲの港を出港しているようだ。

 身支度を済ませて甲板に出ると、強い潮風が吹いている。ユキの長い髪が巻き上がる。手首に着けていたシュシュで簡単なポニーテールを作るとアルスかモリの姿を探した。船首にいたバトーがユキに気付いて近づいてきた。


「ユキ様おはようございます」


「あ、おはようございます」


 ペコリと頭を下げたユキをバトーがジッと見つめた。


「何と言うことでしょうか……。太陽のもとで見るユキ様は、まるでロベリアに降る雪の様に白く輝いていてお美しい」

 

 ユキはどう返していいのかわからずドギマギした。今までこんなキャラに出会ったことはない。

 面と向かって『美しい』などと男の人に言われる事も初めてだった。

 

 あたふたとするユキに、モリが声をかけた。

「おはようございます、ユキ様。朝食の準備ができております。船長室でアルス様がお待ちですよ」

 

 天の助け!

 とバトーとモリに頭を下げると、逃げるようにその場を離れた。



「……全くあなたという人は相変わらずですね。女性とみるや見境が無い」

 呆れ顔でモリはバトーを見た。


「心外だなあ。女性に見境が無いなんて、ユキ様に失礼だぞ。あんな白い肌、流れるような黒髪の乙女なんてこの国にはいない。瞳もぱちくりとして、子猫のようじゃないか。是非お付き合い願いたいもんだね」

 

 モリは軽蔑した目でバトーを見る。

 その視線に気づかないのかバトーはモリの肩に手を回した。


「それとも何か? 本当はアルス様の恋人なのか? もしかしてモリの想い人か?」


 モリはヒュンと脇に差していた剣を抜いた。バトーが手を突き出しそれを避けた。


「なんだよ! お前危ないな。冗談も通じないんだから。……意外と短気なんだよな」

 

 モリは剣を収めると、

「ユキ様にこれ以上かまうな」と言って船室に戻って行った。

 



 甲板の真ん中にある階段を上ると船長室だった。 大きなダイニングにパンや果物が並べられている。

 アルスの向かい側の椅子を若い船員が引いてくれた。


「ありがとうございます」

 ユキはお礼を言うと、そこに腰かけた。


「ほら」

 アルスがパンの入った籠を差し出してくれた。


「いっただきまーす」


 今朝はモリさんは一緒に食べないのかなあ?


 ユキは入り口の方をチラリと確認した。

 そのドアがトントンとノックされて書類をたくさん抱えた人が入ってきた。

 モリではなかった。


「オウジ。お食事中申し訳ありません。どうしても火急の要件がありまして。少しよろしいですか」


「ああ……全く、せわしないな」


 アルスはぶつくさ言いながらパンを頬張り書類に目を通している。

 所々、船員が指を差し何かを早口で伝えた。


「???」


 何だろ? すごい違和感がある。

 

 ユキはパンをつまみながら、二人の会話に耳をそばだてる。アルスが嫌そうに何かを船員に伝えている。

 船員も負けずに、

「ですがオウジが戻られましたら……」


「!! ちょっと待って!」

 ユキが大きな声で二人の会話を止めた。

「あなた……今……?」とユキが船員を指さす。

 船員はユキの態度を見ると、姿勢を正し、ユキに向き直った。


「お食事中に申し訳ございません。私はキュウテイブンカンのヒシグでございます。いささか立て込んでおりまして、どうかご容赦下さい」

 そう言うとペコリとお辞儀をし、またアルスに向き合った。

 

 キュウテイブンカン??


「……ちょっと待ってよ」

 再びユキが二人の会話を止めると、アルスがイラつき気味に、

「何だよ? ジャムか?」とユキの方に野イチゴのジャムの瓶詰をドンと置いた。


「違うわよ。オウジ……皇子? キュウテイ……宮廷文官?」

 ユキの声がうわずった。

 ヒシグが不思議そうな顔でアルスに手を向けて

「アルス皇子と」(そして自分の胸に手を当て)

「宮廷文官ですが……?」

 宮廷文官はユキが何を言いたいのかわからず、とりあえずユキの言葉を繰り返したようだ。

 

 アルスは気づいたのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 ユキは足元がふらりと揺れるのを感じた。船が揺れたわけではなかった。


「……ちょっと風に当たってくる」

 そう言うとパンを皿に置き、バタンと甲板へ下りて行った。


 どういう事なのかサッパリだ

 オウジ? 

 アルスがこの国の皇子様ってこと? 

 ……どういう事よ!?

 人には散々「お前は何者だ?」とか聞いちゃって自分は皇子様じゃないのよ。

 何が学生よー!!


 甲板の手すりを握りしめると怒りなのか、裏切られたような寂しさなのか訳のわからないものが湧きあがってきた。


「……ユキ」

 アルスが甲板の先から声をかけてきた。

 ユキは目だけでそれを確認すると、また水平線に目を戻した。


「怒っているのか?」


「…………なんで言ってくんないのよ! 私そんなに信用無い?」

 ユキの中から怒りがこみ上げてきた。


「そういう問題じゃなくてな……」


「じゃあ、何よ! ずっと言わないつもりだったんだ? 私にはいろいろ聞いたくせに!」

 アルスも言葉を投げつけられてカチンとくる。


「だいたいお前はモリと二人だけの俺が皇子だと言って信じたのかよ? 会った時からずっと混乱してただろ? そんなこと言えばますます混乱したんじゃないのか? そのうちわかる事だから放置していただけだぞ」


「でも……私は言ってほしかったの! アルスの口から!」


「ああそうかよ。……悪かったな! 俺はサマルディアの皇子だよ! これで満足か?」

 投げやりにアルスが言葉を吐いた。


「……もういい!」

 みるみるうちにユキの目には涙が溜まり、スウッと頬を流れていった。


 それを見てアルスがばつの悪そうな顔をする。


「泣くなよ……」

「…………泣いてないもん!」

 そう絞り出して、腕で頬の涙をグリグリとこすり取ると、ユキは甲板を走って一目散に船室へと戻った。


「……泣いてるじゃないかよ……」

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