6. 二人の時は(1)
太陽が地平線に落ちて辺りを紫の光が包む頃、港町セレンゲに到着した。
セレンゲはトーレス比べても遥かに大きな街だった。日もとっぷりと暮れてきたが、酒場を中心として街路には灯りが点々と灯されている。
モリがセレンゲは北部で一番大きな街なのだと教えてくれた。
今夜は間違いなく宿屋に泊まれると、ユキはホッと胸をなで下ろした。
宿場や酒場の集まる大きな通りを過ぎても、アルスとモリは歩みを止めなかった。
どこに向かっているんだろ……?
こんな所に泊まる場所があるのかな?
ユキが辺りをキョロキョロと見回していると、船がたくさん停泊している港に出た。
港にも灯りがついていて、大きな帆船の横に来るとようやく二人は歩みを止めた。
「皆、街に出ているのでしょうか?」
人影の見えない船を見上げて、モリがアルスに話しかけた。
「来ているのはバトーだろ? 間違いなく酒場にいるな」
どうやら誰かと会う予定のようだ。二人は今来た道を引き返す。
「誰かと待ち合わせなの? 知り合い?」
手綱を引いて歩くアルスに駆け寄りユキは尋ねた。
「ああ知り合いだ。船で迎えに来てくれているが、盛り場が大好きな奴だから、きっとどこかで酒をひっかけているな」
再び明るい繁華街に出ると、その通りで一番大きく、たくさんの篝火の焚かれた立派な建物にアルスとモリは入っていった。
盛り場の熱気に少し萎縮しながらユキも二人に続いて扉をくぐった。
中にはたくさんの人が、ジョッキやボトルを手にお酒を飲んでいた。
大きな声でしゃべり、歌っている上半身裸の男達も見える。
タバコをふかしている者も多く、少し煙たく空気も悪い。
派手な化粧をしたうす衣のお姉さんたちの、はじけるような笑い声も聞こえる。
辺りを見回していたモリがアルスに耳打ちをした。奥を見ると殊更ご機嫌な集団が賑やかに席を囲んでいるのが見えた。
彼らのテーブルへ三人が近づくと、その集団はアルスの顔を見るや慌てて立ち上がった。
その中心にいた男も顔を上げた。
年のころはモリと同じくらいだろうか。ユキより一回りくらい年上に見える。
長いダークブロンドの髪を後ろで一つに束ねている。瞳は深い緑色だ。
アルスとモリの顔を見ると、笑顔を浮かべて立ち上がった。
「これはこれはアルス様。お待ち申し上げておりました」
丁寧に頭を下げ右手の拳を胸の前に置いた。
「何が『お待ち申し上げた』だ? 船にはおらず、こんな所で楽しげに酒を飲んでいるじゃないか」
アルスは呆れ顔だ。
「それは心外です。どれほど首を長くしてお待ちしていた事か……。それに船にはテムとハセルを残しております。気づかれませんでしたか?」
男はにこやかにアルスに話しかけている。
「テムとハセルが気の毒な事だ」
アルスがため息交じりに返すと、モリの後ろで二人のやり取りを見ていたユキと、男の目があった。
男は目が合うやいなやツカツカとユキの前に歩み出た。
「これはなんと……お美しい。私はバトー・オルガマスと申します」
「あ、えーと。……藤城雪です。どうも」
しどろもどろに応えていると、バトーは膝を折り、ユキの手を握ると手の甲に口づけしようとした。
モリがユキの腕を引き、アルスがユキとバトーの間に割って入った。
「触るな」
ムッとした顔のアルスを見て、バトーはにこやかに立ち上がる。
「美しい方を見るとつい……。しかし失礼いたしました。まさかアルス様の想い人とは……」
「違う」
速攻でアルスが否定すると「事情があって連れてきたまでだ」と簡単に説明した。
ユキはマジマジとバトーの顔を見ていた。
甘いルックスは映画に出てくるハリウッドスターの様だ。
チャラいというより……こういう人を遊び人だとかプレイボーイだとか言うのねえ
自分の周囲にはいないキャラクターに、思わず観察してしまう。
バトーと同じ席についていた者たちも頭を下げ、胸に手を置く姿勢を取ると、アルスやモリと言葉を交わしている。
人数はバトー以外に15人ほどいた。皆一様によく日に焼けていて、筋骨たくましい。腰には剣を差している者が多い。
ユキのイメージする船乗りとはちょっと違う気がした。
アルスとモリさんって一体何者なのだろう?
本人は学生だと言っていたけれど、とてもそうは見えない。
アルスに接するモリの態度からして、アルスとモリは主従関係のようだとはわかっていた。口は悪いし、態度もでかいが、どことなく品のあるアルスはお金持ちのボンボンではないかとユキはあたりを付けていた。
一行は酒場を引き上げると港にある、あの大きな帆船に戻った。
甲板には所々ランプの灯がともっているが、あまり明るくは無い。戻った船員たちがせわしなく動き回っている。
所在無くユキが真っ暗な海を見ていると、アルスに呼ばれた。
ついていくと船室の一部屋に案内された。そこは立派な調度品が置かれ、ベッドや書棚、机や椅子が並んでいる。壁にはどこかの山河を描いた風景画が飾られていた。
「ここを使え」それだけ言うと部屋の扉を閉めた。
ガチャリ。
何か忘れたのかアルスがもう一度部屋の扉を開けた。
「鍵はかけて寝ろよ」
それだけ言うと今度は本当に出て行ってしまった。
何だか慌ただしいなあ
部屋をくるりと見渡すと、ユキはフカフカのベッドに腰を下ろした。




