5. 蘇生(3)
夜もすっかりと更けている。
自分たちの天幕に戻ると、「馬達の世話をして参ります」
とモリがすぐに外へ出て行ってしまった。
お呼ばれの最中もここへ戻る時も、終始無言だったアルスを、ユキはチロリと横目に見た。どう説明しようか……と体を向けた時、いきなりアルスがユキの両手首を掴んだ。
「どうやったんだ!? 何をしたんだ!?」
上から下からマジマジとユキの手の平を眺めると、次は少しかがんでユキの顔、特に唇辺りをジッと眺めた。
「ちょっと! 止めてよ!」
言った瞬間、天幕の入り口の布が上がり、モリが顔を覗かせた。
天幕の中の二人を見て、金縛りにあったように固まる。
「……失礼致しました」
言い残すやモリは慌て天幕から出て行く。
これは絶対に、ものすごーく誤解されてる!
ユキはアルスの手を振りほどこうともがいたが、アルスは手を離さない。
「ちょっと! 説明するからいい加減手を離して!」
ユキが怒鳴ると、アルスは初めて声が届いたのか、すぐに手を離した。
ユキは顔を赤くして、アルスを睨みつける。
出て行ってしまったモリを探しだしたユキは、天幕の中で腰を下ろすと、湖の岸部で行った、心臓マッサージと人工呼吸について、自分がわかる程度の知識を話し始めた。
「神の御業にしか見えませんでしたが……」
説明してもモリはよくわからないと言う顔でかぶりを振った。
アルスは真剣に自分の手を重ねてみている。
「覚えていればきっと役に立つわよ。…………ただし、アルス。心臓の動いている人で練習はしないで」
モリの胸に手を当てようとしていたアルスに、ユキはすかさず注意を入れた。
さすがに疲れたあ……
ユキは腕を頭上で組んで、大きく伸びをした。
そして狭い天幕の中を眺める。
三人でここで寝るのよね……?
ユキが渋い顔で見ていると、モリがマットを敷き始めた。
「ユキ様は真ん中にお願いします」とニコリと言い放つ。
ユキの表情がひきつる。
「モリさん……冗談だよね? 真ん中だけは勘弁して。ね。せめて隅っこで寝かせて」
ユキはモリに懇願した。
同じ天幕で寝るのは覚悟していたが、まさか二人の間で寝る事だけは、御免被りたかった。
「別に構わないが、獣に虫に、盗賊だって出るとも限らないぞ? それでもいいのか?」
アルスがぶっきらぼうな言い回しで口を出す。
虫と盗賊……
それこそ御免被りたい組み合わせに、ユキは渋々承諾した。
翌朝ユキは虚ろな瞳で目を覚ました。
二人の間に挟まれよく眠れなかったのだ。
だいたい嫁入り前の女性なのに、何が悲しくて男性二人に囲まれて眠る羽目になるのか……!?
しかもユキには横を向いて眠る癖がある。いや横を向かないと眠れないのだ。
右にはアルス、左にはモリが居てどっちを向いたらいいのかわからない。
悩んでいると、どんどんと時間だけが過ぎてしまった。
肩を落としながら天幕を出ると、すぐにヴェールをかぶり、なるべく顔や髪が出ないように気を付けた。
昨日の出来事以来、会う人会う人ユキを拝んでくる。
特にユキは白い肌と真っ黒な髪をしていたので、ただでさえここでは目立っていたのだ。
簡単な食事を済ませると、二人の荷作りを手伝った。
三人が出発する頃には多くの人がユキ達を囲んでいた。ガザル達家族の顔も見え、ルウとセイルの母は涙を流して手をふっている。
昨日もらった花冠をかぶっていたユキは、口元を巻いたヴェールを外し、笑顔で手を振った。
大勢の人がまたユキに向かって祈りを捧げている。
これが生きている間に拝まれる最後だよね……
ユキはどう反応していいのかわからず、ぎくしゃくと頭を下げた。
ヨデル湖を後にして、再び口元にヴェールを戻すと上空からサイの鳴き声がした。
心地よい風が吹き、太陽の熱もそれほど感じない。爽快な空気だ。
馬に揺られながら道端に咲くレトの花を見ていると、次第に視界が狭くなってきた。
ゴンッ
ユキの頭に衝撃が走った。
「何だ!?」
驚いてアルスが声を出した。
どうやらユキはいつの間にか、アルスの背中に頭突きをしてしまったようだ。
「な……何でも無い」
これではダメだと頭をプルプル振って、アルスの腰に掴まった。目をパチパチさせて、周囲の景色に意識を集中させた。
でもしばらくすると、また視界がゆらゆらと揺れ出す。
ゴンッ
ユキは再び、アルスの背中に頭突きをしてしまった。
馬を止めたアルスが、頭をさするユキを振り返って言った。
「まさかお前今寝てなかったか!?」
「……ハイ……」
ユキは聞き取れないくらいに小さな返事をした。
「馬上で寝るとはいい度胸だな。落ちたら怪我では済まないんだぞ!」
アルスにどやされて、ユキは更にシュンと小さくなった。
「……気を付けます」
するとアルスが馬からいきなり飛び下りた。何をするのかわからずキョトンと見ていると、
「前に行け」とアルスは命令口調だ。
訳が分からず鞍の上を「よいしょ」と前にずれると、アルスはユキの背後にヒラリと乗ってきた。
度肝を抜かれて目を丸くし、アルスを振り返って見ていると、後ろから手を回し手綱を引いた。
「ほら、前向け。行くぞ」
ユキが反論する間もなく再び馬は進み始めた。
心の準備も無く動いたものだから、ユキはバランスを崩した。
アルスの腕が回されユキを支える。
「これで正解だったな。安心して寝ていいぞ」
ニヤリと笑うアルスに、
「目なんかとっくに覚めたわよ!」とユキは噛みついた。
今度は前を向いてすくっと道の先を見た。
鞍のヘリに掴まったが、視界が広くて落ち着かない。
アルスの息遣いが頭の上から聞こえてくる。




