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5. 蘇生(2)

 岸に上がったアルスの側に男の子から手を離した女性が慌てて駆け寄った。

 女の子はピクリとも動かない。

 母親は叫び声をあげて女の子を抱き上げる。

 女の子の腕は血の気を失いダラリと、ただぶら下がっている。

 

 ユキは更に早く鼓動を打つ自分の心臓の音を聞いていた。

 

 早くしないと

 早くしないと間に合わなくなる!


 誰も女の子に触れない。

 沈痛な空気が辺りをつつみ、母親だけがその子を抱きしめ、むせび泣くだけだ。


「……どいて……ちょっとそこ退いて!」 

 

 ユキは大きな声をあげた。

 周囲の人々が何事かとユキを振り返る。



 ユキは女の子の側に立つと、「お子さんを寝かせて。助けたいんです」と母親に語りかけた。


 しかし、ユキが声を掛けるが母親は泣くばかりで少女から手を離さない。

 何度言ってもユキの言葉はその母親には届かない。


 ユキは意を決すると、泣いている母親から無理矢理女の子を奪い取った。

 突然のユキの暴挙に母親は目を見開き悲鳴をあげた。


 ゼエゼエとまだ息の整わないアルスとモリが驚いてユキを見た。


 ユキは地べたに女の子を寝かせた。

 母親がユキから子どもを取り返そうとユキに掴みかかる。


「少し待って下さい! 早くしないと! 助けたいんです」


 しかし母親は泣き叫び少女を取り返そうと必死だ。


「アルス! お願い、彼女を押さえて!」


「いや、お前……何やってるんだ?! その子を返してやれ……」

「いいから!! 早く!!」

 

 ユキの剣幕に押されたのかアルスが母親の腕を掴んだ。モリもユキが何をするのかわからなかったが、懸命に母親をなだめた。

 

 ようやくユキがぐったりと横になった少女に向き合う。

 そして冷たく、ぐしょぐしょになった胸の上に両手を重ねて置いた。


「1、2、3、4、5……」


 ユキは大きく息を吸い込むと少女の口に息を吹き入れた。首を触るがまだ脈が無い。


「1、2、3、4、5……」


 リズムよく少女の胸を圧迫し、また息を吹き入れる。


 まだダメだ。もう一度


「1、2、3、4、5……」

 

 この奇妙な光景に周囲はシンと静まりかえった。

 母親は見知らぬ女がわが子にする奇妙な行為を、魂が抜けたように見つめていた。

 

 ハッと我に返った大柄な男がユキの肩を握り止めさせようとした。


「邪魔しないで!! 間に合わなくなる!!」

 

 ユキの剣幕に男はユキの肩からビクリと手を離した。

 ユキは少女の胸に手を置き続ける。

 

 戻って

 ……戻っておいで


 戻れ!!


「1、2、3……」


 ゴホッ。ゴホ、ゴボォ。コホッ。コホッ。


「うあーん。うあーん」

 

 女の子が水を吐き出し泣きじゃくり始めた。

 呆然としていた母親は、震える手でわが子を抱きしめ、大声で泣いた。

 

 良かった

 間に合って良かった

 

 ユキの手も震えていた。何度も行った心臓マッサージと人工呼吸で、息も絶え絶えだった。

 

 ユキの周囲では大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 皆が一様に、


「信じられない」


「生き返ったぞ」


「奇跡だ」

 と口にしている。


 立ち上がろうとしたユキの裾を母親が引き、何度も何度も頭を下げた。

 

 ユキは、「本当に良かったですね」と母親に声をかけて少女の頭を撫でた。

 アルスとモリを振りかえると、まだ二人は呆然としてユキの顔を見ている。


「二人ともお疲れ様。服がびしょ濡れだね。乾かさないと」

 何事もなかったように話しかけるユキに、驚いた声を上げたのはモリの方だった。


「何を行ったのですか!? 信じられません! 少女は確かに息が止まっていました。生き返らせるなんて!!」

 興奮するモリの横でユキに向かい合い見知らぬ老婆が立っていた。

 深々とその老婆はユキに頭を下げると、胸の前で手を組み何やら祈り始めた。


「ちょ……ちょっと。止めてくださいよ」

 ギョッとしてモリに助けを求めると、


「私も祈りたい気分です」とモリが呟いた。

 


 次々に人々が集まり、ユキに向かって手を合わせる。

 いたたまれずに、ユキは急いでその場を離れた。

 

 天幕に戻ると、アルスとモリは濡れた衣服を着替え始めた。

 陽も陰ってきたし、たき火で乾かした方がいいだろう……とモリの作った石のかまどを見てユキは気づいた。 

 

 そういえば薪を拾っている最中だったのだ。かまども料理も中途半端に置かれている。


 ユキのお腹から「ぐうぅっ」と音がなった。

 お腹を押させてため息をつくと、後ろから男の人に声をかけられた。

 「すみません」


 四十代くらいだろうか。

 立派な黒髭をたくわえた大柄な男だ。


 振り向いたユキの前に、彼は膝を着くと深々と頭を下げた。

 

「あ、あの……止めて下さい! な…何ですか?」


「先ほどは娘が危ないところを、ありがとうございました。私は旅の商人でガザルと申します。よければ是非我々の天幕にお出で下さい。少しですが宴の席を設けております」


 ユキの目が輝く。これは願ったり叶ったりだ。


「ありがとうございます。うかがいます」

 ユキは笑顔で即答した。



 ガザルの天幕では湖で取れた魚や貝の包み蒸し、干し肉の炒め物、大きく焼かれたパンに色とりどりの果物が出された。


 すごいごちそうにユキは大喜びだ。

 ユキとは反対側の席に着いたアルスを見ると、何やら難しい顔をしてこっちを見ている。


 どうやら少女にとったユキの行動が気になって仕方ないらしい。



「女神様。ありがとうございました」

 可愛らしい声がして見ると、ユキの後ろにあの助けた少女が立っていた。名前はルウと言った。


「えっと……女神様ってなあに?」


「みんながお姉ちゃんのこと女神様に違いないって言ってるよ。ルウもそう思う。だってルウを生き返らせて下さったんだもの」


「……ユキでいいよ。ああ……女神様だなんてとんでもない。あれは……そうね、怪我したところに包帯を巻いたようなもので、女神様とかそういう事じゃないんだよ」

 

 説明してみたが、ルウには良くわからないようだ。

 ユキが笑んで、すっかり乾いたルウの髪を撫でた。


「寝ていなくても大丈夫?」


 少女はコクンと頷いた。

 ルウの横にいる小さな弟が、背伸びをしてユキの頭にレトの花冠を載せてくれた。


「お昼に母様とセイルと一緒に作ったの。お礼にあげます」 


 一生懸命話しかけてくる少女と陰にサッと隠れてしまった男の子がかわいくて、ユキは助かって本当に良かったと心がほっこりと温かくなった。

 


 食事を終えると、ガザルのキャラバンの全員に見送られた。

 お礼の品として、色とりどりのいかにも高級そうな絨毯を勧められたのだが、そちらは丁寧にお断りをした。



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