第七章 出発
僕は部屋のベッドの中で一日中眠り続けた。何度も途中で目が覚めたけれど、食欲もわかなかったし何もする気になれずに、二度寝、三度寝を繰り返した。
しばらくそれを続けていたが、寝続ける事にも疲れてきたので、のっそりと起き上がり時刻を確認した。時計の針は、二一時を指している。
「……十五時間もベッドの中にいたんだ」
テーブルの上に置いてある携帯電話のランプが光っている事に気付いた。でも僕は、すぐに手に取る事が出来ない。
「美冬さん、怒ってるだろうな……あんなに、すみれさんの事を頼まれていたのに、危険な目に合わせてしまったんだからな……怒っていると言うよりも、恨んでいるかもしれない……」
しばらく、白く点滅するランプをじっと眺めていたが、どの道ちゃんと謝らなければならないと思い、意を決して手に取り上部を開いた。
新着メールは二通ある。一通は美冬さんからで、その前に届いていたメールは、すみれさんからだった。
先に、すみれさんのメールを開いた。
昨日は大変だったね。私も帰ってから両親とお姉ちゃんに集中攻撃を食らったわ。いつもならば、右から左に流すんだけど、さすがの私も今回はやり過ぎた事を反省した。
あんたにも迷惑かけちゃったね。
でも、心配しなくてもいいよ。お姉ちゃんは、あんたを恨むどころか、私の命の恩人だって感謝してるわ。私もあんたに感謝してる。今回の捜査のパートナーがあんたで良かったって心から思ってる。
西園寺さんには、私から連絡しておいたわ。ちゃんと、二人で解決したって伝えたからね。だから、私はさっそく明日からドラマの撮影に参加するわ。
あんたの御褒美は、お姉ちゃんから連絡があると思うから。
良かったね。これでお姉ちゃんと一緒に働けるじゃない!
お姉ちゃんとの仲が上手くいくのかどうか分からないけど、私も応援してあげるから頑張りなさいよ!
最後に……本当にありがとう。
また、『銀一郎』から『あんた』に戻ってはいたけれど、すみれさんが素直に感謝してくれている事が嬉しかった。
そして何よりも、美冬さんが僕を恨んでいない事が判明した事、さらに恨むどころか感謝していると言う事実が、輪を掛けて嬉しかった。
次の美冬さんからのメールを見るのが待ちどうしくなって、僕は急いでそのメールを開いた。
本当に、二人が無事でいてくれて良かった。
元を正せば、私がこの事件を安請け合いして二人に依頼したのがいけなかったんだから。
そのせいで、二人には怖い思いをさせてしまった。本当にごめんなさい。
すみれは妹だからまだ良いけれど、他人の銀一郎君に危険な事をさせてしまった事、それによって御両親にまで御心配を掛けてしまった事を、深く反省しています。
改めて、すみれと一緒に御両親にお詫びに伺うつもりでいます。
そして、すみれの命を救ってくれた銀一郎君には、何度お礼を言っても足りないほどに感謝しています。
本当にありがとう。この事は、一生忘れないからね。
最後に、銀一郎君の御褒美の件だけど、あんな事件の後だから、すぐに働き出す必要はないからね。落ち着いてからで大丈夫です。銀一郎君が落ち着いたら連絡して下さい。
私が責任を持って、銀一郎君をカリスマ店員に仕上げて見せます。
銀一郎君と、一緒に働ける日を楽しみに待っています。
では、ゆっくり休養を取って下さい。
「いやっほ――い! どうしよう、いつから行こうかな? もう明日から行っちゃうか? しかし、僕と美冬さんの未来はかなり明るいんじゃないか?」
浮かれて部屋中を飛び回っていたら、急にお腹が減ってきた。そのまま、スキップしながら部屋を出ようとした時に、僕は気付いた。
「両親に顔を合わせづらい……」
でも、お腹はそんな僕の気持ちを意に介せずに音を出す。
どうせ、いつかは顔を合わせなくちゃならないんだから、と自分に言い聞かせ、階段を降りて居間に向かい、そっとドアを開ける。
「お、起きたのか。良く寝たな銀一郎。お腹が空いただろう。母さんご飯を作ってあげなさい」
母さんは、いつもの笑顔を作ってキッチンに向かった。
「なに突っ立ってんだ。こっちに来て座りなさい」
父さんも、いつもの笑顔を浮かべている。
良かった……また叱られるかと思った。
「父さん、明日から仕事に行こうかと思っているんだ」
「そうか、色々大変な事もあるだろうが、今の銀一郎ならばどんな事でも乗り越えられると父さんは思うぞ。だから困難な事にぶち当たっても諦めずに頑張りなさい」
父さんは優しい笑みを僕に向けてくれた。すぐに、母さんがキッチンから料理を運んで来て、
「頑張ってね、銀一郎」と、温かい微笑みを僕に向ける。
「うん、絶対に諦めずに頑張ってみせるよ!」
僕は出された料理をあっと言う間に平らげて、部屋に戻って携帯電話を手に取り、美冬さんに電話を掛け明日から働きたいと告げた。
美冬さんは、少し驚いていたが、明日の午前十時に事務所に来るように告げられた。
『スタッフオンリー』と、札の掛けられた、あの部屋へ。
僕は、未来へとつながるそのドアを明日開けるんだ。