第六章 恐怖
時刻はまだ、二二時半をまわったばかりだ。張り込みの出発まで後三時間半もある。特に何もやる事がなかったから、テレビに映し出されている映像を見ていた。
美冬さんが帰ってしまい緊張が解けてしまったのか、次第に眠気が襲ってきた。いつの間にか僕は、絨毯が敷かれた床に横になり眠っていた。
「……いたっ!」
突如太股に激痛が走り、その痛みで意識が覚醒した。目を開けると、樹齢三百年を超える巨木のように、すみれさんが僕を見下ろしていた。
「あんた、いつまで寝てんのよ。そろそろ出掛けるわよ」
「……すみれさん、いつ起きたんですか?」
ムカつきながらもそう言って、起き上がった僕は時刻を確認した。時計の針は午前一時半を指している。のろのろしていたら、怒鳴られそうだったので、すぐに防寒着を衣装ケースから取り出し準備を始める。
「とっくに起きてたわよ。それよりあんた、このカメラの使い方わかるの?」
「あ、はい。父さんに教わったから大丈夫です。それシャッター音も出ないし、昼間みたいに映るみたいですよ」
闇に紛れるように、黒のダウンを着こんで、黒のニット帽を頭に被った。
「念の為に一回やってみて。失敗は許されないから」
ベッドの上で、あぐらをかいている彼女は、僕にカメラを差し出し顎をしゃくった。
その姿は、まるでダルマのようだ。
そのダルマにムカつきながらも、言われた通り準備をして、レンズを彼女に向けた。
「あんた、なに私を撮ろうとしてんのよ。百年早いわよ! それに、暗闇で写さないと意味ないでしょうが!」
そんなに大層な被写体か?
僕は窓を開けて、外の風景にレンズを向け、シャッターボタンを押したが何の音もしない。
これ、ちゃんと写ってるのかな?
「それ、デジカメでしょ? パソコンと接続してみて」
僕は、言われたままに行動する。
彼女が立ち上がって、僕をズカッと押し退け椅子にドカンと座った。手慣れた手付きで操作している。やがて、一枚の映像が画面一杯に広がった。
それは、今そこで僕が映した、闇夜にはっきりと浮かび上がっている隣の家の写真だった。
彼女は、右眉をピクリと上げて、マウスを操作し画像を閉じた。
「完璧ね、じゃあ行くわよ!」
彼女は椅子からムックリと立ち上がり、掛けてあった黒のマント(コート)を纏い、悠然と部屋のドアを開けた。
僕は奥歯を噛みしめ拳を握り、緊張の面持ちで彼女の後に続いた。階段を降りると、まるで合わせたかのように、両親が現れた。
「行くのか?」
父さんが厳しい表情を浮かべ、そう言った。母さんは隣で不安げな表情を浮かべている。
「……うん」
「二人とも、絶対に危険な行動はしてはいけないぞ。それをここで父さんに約束してから出て行きなさい」
「約束します」
何故か、すみれさんが先に声を出した。
男らしいすみれさんに負けないように、僕も腹に力を入れて声を出す。
「約束するよ、父さん!」
父さんは静かに頷いて、母さんの肩を抱いて居間へと戻って行った。
僕達は玄関を開けて、街灯の明かりで照らされた夜道を、戦地に向かう兵隊のように、二人並んで歩き出した。
張り込み場所は決めてある。
犯行現場の近くに小さな公園があり、そこの茂みに隠れていれば、被害に遭ったお宅のほぼ全てが見渡せる。やや距離があっても、このカメラの望遠を使えば問題ないはずだ。
「良い両親だね。あんたがお人好しなのが良くわかるよ」
これは、誉められているのか? 彼女の表情からすると、多分褒めているんだろうな。
「ありがとうございます……」
「でも、危険な行動ってさ、すでに危険なんだけどね。相手が相手だからさ」
すみれさんは、不敵な笑みを浮かべた。
確かにそうだけど、この人もしかして……それ以上の行動をするつもりなのか?
「あの……すみれさん? 写真……撮るだけですよね?」
僕は、隣から彼女の顔を覗いた。
その声に、彼女はピタリと立ち止り、僕に身体を向けて右眉をピクリと上げた。
そして、スッと右手をコートのポケットに差し込んだ。
その表情と右手の行方に、急に気温が下がったように感じて、僕はぶるっと震えた。
「じゃーん! 百万ボルトのスタンガン! これを受けると、一時間は動けなくなるの。証拠写真を撮ったら、あんたが犯人に呼び掛ける。すると犯人はこのカメラを奪おうと近寄って来る。その隙をついて茂みから私が飛び出し、動揺した犯人に電流をぶち込むって寸法よ。で、警察を呼んで犯人逮捕。どう完璧でしょ?」
僕は頭を抱えてため息をついた。
そんなに上手く行く訳ないだろ。
何とか彼女の作戦を阻止する為に、僕は口調を強めて。
「すみれさん、それは危険ですよ。もしも犯人に、攻撃をかわされたらどうするんですか!」
「大丈夫よ。仮にかわされたとしても、これがあるから犯人だって近寄れないわよ」
そう言って、スタンガンのスイッチを入れてボタンを押す。
すると、バチバチっとすごい音を立てて、稲妻のような青白い閃光がほとばしった。
「う、うわっ!」
「ね? 近寄れないでしょ?」
どうしよう……確かに彼女の言っている事は理にかなっているけれど、危険な行為には違いないし、美冬さんにも頼まれたしな……ん? そうか、僕は今驚いて目を閉じたんだ。
僕の頭の中に、彼女の心の声が流れ込んできた。
そうか……本当にすみれさんは動物が好きなんだ。だから本気で犯人を憎んでいる。警察に引き渡す前に、犯人がやった行為を悔い改めさせたいんだ……。
確かに、その気持ちには同意出来るけど、はたして犯人は悔い改めるのか?
でも、鉄よりも硬い彼女の意思を、僕が変えるのは到底無理だし……。
美冬さん、父さん母さん、ごめんなさい。やはり僕には、戦車に乗った獣を止める事は無理です。
「どうやら、異論はないようね。じゃあ行くわよ!」
彼女は、口を結び突っ立っている僕を置き去りにして歩き出した。
仕方ない……僕も男だ、腹をくくるか!
公園に着いた時には、深夜二時を五分ほど過ぎていた。僕達は茂みの中に隠れて気配を殺す。カメラのセットはすでに済ませてある。後は犯人が現れるのを待つだけだ。
聞こえるかどうかの小声で、すぐ横でしゃがんでいる彼女に尋ねた。
「すみれさん、今日犯人が現れなかったら、明日も張り込みするんですよね?」
「当たり前でしょ。犯人が現れるまで続けるわよ」
彼女は張り詰めた表情で、じっと前を見つめたまま、そう答えた。
でも、ここ最近は犯行が行われていないみたいだから、もしかして報復はすでに終わっているのかも知れない。僕は、良くない考えだと分かってはいるけれど、このまま犯人が現れなければいいな、と思っていた。
「……誰か来たわ」
その声に、僕の体は一瞬で硬直した。ゴクリと息を飲む。その音が犯人に聞こえてしまうのじゃないかと、僕の体はガタガタと震えだした。その震えた手でカメラを向けて、暗闇に浮かび上がっている人物をファインダー越しに覗く。
思っている以上に僕の手は震えていて、焦点が合わずによく顔が見えない。
「……どうなの? あいつなの?」
「……ち、違います。五十過ぎのおじさんだから、犯人ではないと思います」
その人影は、路地を曲がって消えて行った。
僕はカメラを降ろして大きく息を吐いた。彼女も同じように息を吐いている。体の震えが止まったと同時に、急激な脱力感が僕の体を襲った。
「……また誰か来たわ」
空気がピンと張り詰めた。僕は無意識のうちに、カメラのファインダーをその人物に向けていた。僕の体は、ガタガタと震え出して、カチカチと歯が音を立てた。
「……あ、あいつだ……左手にビニール袋を持っている……み、右手に拳銃……」
「落ち着きなさい。それは多分空気銃よ。野良猫がやられたって話し聞いたでしょ。これは願ってもないチャンスよ。犯行を撮りやすいわ」
僕は、大きく息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと白い息を吐き出す。
同じ年の彼女が、こんなにも落ち着いているのに、男である僕がなんて情けないんだ。こんなんじゃ、美冬さんに認めてもらえる訳がない。
僕は、グッと体に力を込めて、もう一度カメラを向けた。
レンズ越しに見えているその男は、獲物を探すように周りを見渡している。
突如、男が銃を草村に向かって構えた。微かだが発射音が聞こえた。
『ギャッ!』と、猫の叫び声が上がった。
レンズ越しに映る男の顔が、いびつに歪んでいる。
その急な出来ごとに、シャッターボタンを押したつもりはなかったけれど、指先が震えて意思とは無関係にボタンを押していた。
「……撮った?」
「は、はい……多分」
なんとか震えを止めようと頑張ってみても、どうにもならない。
「一枚だけじゃ不安だから、あと数枚は撮るわよ」
急に、震える背中に温かさを感じた。ファインダーから目を離す訳にはいかないから、僕の張り詰めた神経がそこに集中する。
これは……すみれさんの手の平だ。
「……私も怖いよ。でも私達しかあいつを捕まえる事は出来ない。最初はあんたの事をお荷物だと思ってたわ……でも今は違う。私は銀一郎の事を頼りにしてる。だから、二人でやり遂げよう」
その静かな声に、何故か不思議と体の震えがピタリと止まった。
僕は、ファインダーから犯人を見つめたまま大きく頷いた。
やり遂げるんだ!
しばらく辺りを見回していた犯人は、銃をしまい込んで一件の家の壁際で立ち止り、左手に持っていたビニール袋に右手を差し込んだ。
引き出した手の中には、ピンポン玉ほどの肉の塊が顔を覗かせていた。
「す、すみれさん、ビニール袋から……に、肉を取り出して壁の中に投げ込みました」
僕は、何度も何度も、今度は意識的にシャッターボタンを押し続けた。
「これで証拠は揃ったわ。次はあいつに悔い改めさせるわよ。出来るだけ、私の近くに犯人が来るように仕向けて」
彼女は、ポケットからスタンガンを取り出し、スイッチを入れる。
僕は勢い良く立ち上がった。
もう体は震えていない。自信がなくて、勇気がなくて、引きこもっていた僕は、失われていた時間を取り戻したのだ!
「おい! こっちを見ろ!」
僕に背を向けていた男は、やけにゆっくりと振り返った。
そして、一歩また一歩と、こちらへ向かって歩いて来る。
街灯が、男を後ろから照らしているから、表情は全く見えない。僕は、茂みの中から出て、彼女が飛び出しやすい位置に移動した。
その男は公園の入り口で立ち止る。
その時、街灯の弱い明かりが男の顔を浮かび上がらせた。
その男は、口角を吊り上げて不敵に笑っていた。
「おまえ、見覚えがあるな。確か、クソ犬連れてたガキだな。そのクソガキが俺になんの用だ?」
「この付近での、動物虐待事件の犯人はあなたですね。このカメラに証拠を残しました」そう言って、右手で持っていたカメラを顔の辺りまで持ち上げた。
「ほう。それは御苦労さん。で、いったい何の罪になるんだ?」
何故だか分からないが、男の不敵な笑みは消えない。
……なんでだろう。驚く訳でもないし、焦る様子もない。
「罪名までは分からないけど、農薬の入った肉を他人の飼い犬に食べさせる行為は、必ず罪に問われるはずだ! それに空気銃で、なんの罪もない猫達を傷つけた!」
僕は、チラリと茂みの中に潜んでいる彼女に視線を送った。スタンガンを手に持ち、息を殺したまま、男をじっと睨んでいる。
「ククク……おまえは、俺が今投げ込んだ肉に、農薬が入っている事を調べてみたのか? もしも入っていなかったら、それは罪に問われると思うか? そして、野良猫を何匹も殺したのならまだしも、たんに虐めただけの罪は、逮捕されるほど重い罪だと思うか?」
男は嘲笑を浮かべた。
……もしかして僕達が罠に嵌められたのか?
「金持ちのクソばばぁどもや、若い男女の二人組が、俺の事を嗅ぎ回っているって情報が耳に入ってきてな。面倒だから、俺の方から出向いてやったんだよ。もう一人の女はそこの茂みの中か? クソガキどもの考えなんか単純だからな。そろそろ出て来たらどうだ?」
茂みの中から、すみれさんがゆっくりと立ち上がり、コートの裾を手で払った。スタンガンはポケットに戻したようだ。
「フンッ、確かにあんたがさっき投げ入れた肉には農薬は入っていないんでしょうね。それならば、なんの罪にも問われない。ただし、私達を誘き出す為にその行為を行ってしまったのは失敗じゃないかしら? あんたの父親と被害者の方達の間に確執が出来ている事実と、この写真をセットで警察に渡せばどうなるかしらね? どうせ、あんたの単独行動なんでしょ? 御両親に迷惑を掛ける事にならないかしら?」
すみれさんは、両腕を組み自信有り気にそう言って、右眉をピクリと上げた。
僕は、尊敬の眼差しで彼女を見つめた。
僕なんかでは、とても想像出来なかった発言だ。この警告に動揺を見せるかと思われた男は、何故か一切表情が変わる事はなかった。
その、氷のような微笑に、心の中の不安が一気に増大した。
「なるほどな。そのクソガキよりは頭が回るようだな。人より良く食べる分、頭にも栄養が行っているって事だ。じゃあ、そのカメラは頂かなくちゃな」
そう言って、一歩踏み出した。
「フンッ、ムカつく余計な箇所があるけど、あんたより賢いのは確かね。その賢い私が、この展開を想定していないと思う?」
すっとポケットに右手をすべり込ませて、スタンガンを取り出した。バチバチとすごい音を立てて、青白い稲妻がほとばしる。
しかし、男の表情が変わる事はない。
まるで、この展開までをも想像していたように……。
一時の静寂が訪れた。誰も動かない。誰も喋らない。まるで時が止まってしまったかのように。
急に、男が笑い声を上げた。
「ククク……ク、ハハハ! わざとお前らの罠に嵌まりに来てやった俺が、のこのこと一人でやって来ると思うのか? そこまでは想定出来なかったか? おデブちゃん?」
暗闇に包まれていた路地から人影が現れる。
一人、また一人、犯人の後ろに三人の男が現れた。
一人の男は、スキンヘッドの顔に無数のピアスを付けて、金属バットを右手に持ち肩にかかげている。
一人の男は、金髪の長く伸びた髪を後ろで括っていて、右手の指に鉄のような物をはめている。
最後の一人は、ゆうに百キロは超えている巨体をゆらゆらとゆらしていて、口から出されている舌は、ヘビのように先が二つに割れていた。
「……す、すみ……れ、さん……」
「フンッ、確かに、あんたの言う通りこの状況は想定していなかったわ。でも、そこから一歩でも近寄ったら大声を出すわよ。私は腹式呼吸を習っているから、町内中に響き渡る声を出せるわ。そしたら、あんたに婦女暴行未遂もプレゼント出来るわね」
強気な発言をしたものの、彼女の体は小刻みに震えていた。
犯人は、ポケットから銃を引き抜き、彼女に鈍い光を放つ銃口を向けた。
「さて、ここで問題です。この銃はさっき野良猫を撃った空気銃でしょうか?」
後ろにいる三人の男がニヤニヤと笑っている。巨漢の男が、二つに割れた舌先をチロチロと動かした。
「なぁ、武田、あの女俺にくれよ。殺っちまった後でもいいからよ」
「あぁ、好きにしたらいいさ。おまえの好きにな」
「フンッ、本物の訳ないでしょうが。仲間を三人も呼んどいて、さらに本物の拳銃を持って来るなんて可能性は限りなくゼロに近いわよ」
そう強がっているが、銃口を向けられている彼女の体は、震えが次第に大きくなっていった。
『パスッ!』
銃口から煙が上がっていた。
彼女の足元からも煙が上がっている。
「サイレンサーって知っているか? 銃の音を消すやつだ。残念だったな、可能性はゼロではなかったようだ。試してみるか? お前の自慢の大声が出るのが先か、俺の撃つ弾がお前に当たるのが先か」
彼女は顔面を蒼白にして、その場にへたり込んでしまった。
「そうだな、女は予約が入っているから……」
急に銃口を向けられた僕は、それに驚いて目を閉じた。
これが、悪い夢であってくれ!
そうであってくれたらなら僕は神に誓う。目が覚めたら同じ行動は絶対にしない!
必ず彼女を引き止めて、捜査を打ち切りにする!
必ず、確実に、絶対に、そうします!
ゆっくりと、閉じた目を開いてみたけれど、やはりそこは自分の部屋ではなくて、目を閉じる前と同じ公園で、目を閉じる前と同じように銃口は僕に向けられていて、その男はニヤニヤとうすら笑いを浮かべていた。
やはり、これは現実なのだ……。
ん? そうか、僕は今驚いたんだ!
「すみれさん! あいつの弾はさっきの一発で終わりだ! もう弾は残っていない!」
僕はありったけの力を絞って大声を出した。僕の声を聞いた彼女は、すぐに立ち上がり、スゥっと大きく息を吸い込んで、本当に町内に響き渡るほどの、それはそれはバカでかい悲鳴を上げた。
「て、てめぇら!」
男達が、一斉に僕達に向かって走り出した。
それと同時に、後方から男の野太い声が響き渡った。
「そこまでだ! お前ら止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
振り向くと、背後から警官が三人現れて銃を構えていた。
さらにその後ろには、じっと僕を見つめている父さんがいた。
男達は警官に取り押さえられて、遅れてやってきたパトカーに乗せられて行った。体の骨が無くなってしまったように、彼女が崩れかけるのに気付いて、僕は彼女を支えた。
でも、僕の足はガクガクと震えていて、彼女を支えているのがやっとだった。
「……お、お姉ちゃんに続いて、私まであんたに命を救われちゃったね」
僕を安心させる為か、彼女は笑顔を見せたつもりだろうけれど、とても笑顔と呼べる表情ではない。
すぐに父さんが僕達の元へ駆け寄って来たが、僕は顔を上げる事が出来なかった。
その直後、僕の頬に衝撃が走った。
一瞬の出来事に、それが何なのかを理解する事が出来ない。
すぐに頬が熱を持ってきて、僕は父さんにぶたれたのだと理解した。
「何故約束を守らなかったのだ!」
父さんは泣いていた。幼い頃に、一度だけ父さんにぶたれた事があった。その時に父さんに言われた事を思い出した。
「銀一郎、ぶたれたお前も痛いかも知れないが、愛する我が子をぶつ、父さんの心も痛いんだぞ」そう言っていた。
その時は理解出来なかったけれど、今なら理解できる。僕の浅はかな考えと行動で、両親を死ぬほど心配させてしまったんだ。
「……ごめんなさい」
僕は奥歯を噛みしめて涙をこらえた。僕に支えられていた彼女も、涙をこらえているようだった。
「しかし、無事で良かった。さぁ、家に帰ろう。母さんとお姉さんが二人を心配して待っているぞ」
父さんの車に乗り込み、街灯に照らされた路地を自宅へと向かった。
玄関の前に、不安で押しつぶされそうな表情を浮かべて、二人は佇んでいた。
僕達は、車の後部座席から降りて二人の元へ向かう。
隣にいたすみれさんは、我慢していた涙が溢れ出してきて、美冬さんの元へ駆け寄るなり、その胸の中で子供のように泣いていた。
美冬さんは、何も言わずに優しく抱き締めてあげている。
僕は、ハンカチで目元を抑え泣いている母さんの前まで行き、
「心配させてごめんなさい」
と頭を下げた。母さんは、美冬さんと同じで、何も言わずに僕を優しく抱き締めた。