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暗闇に太陽  作者: ゲーカー
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第一章 病気

 今から約六年前。小学校四年生になりたての頃、僕はこの病気に気付いた。この時は、まさか僕の人生が、この病気のお陰で百八十度変わる事になるなんて、思ってもみなかったけれど。

学校帰りに、近所の友達数人と河原で遊んでいる時、草村から一匹のヘビが現れた。

 僕は、驚くと目を閉じる癖がある。

閉じた目を開くと、目の前にニヤケ顔の友達が一人立っていた。

「ヘビなんかで、ビビるなよ!」

彼がそう言うと、周りのみんなは僕を指差してどっと笑った。

やばい、ビビりだと思われるのは嫌だ、僕はそう思っていた。

何故かと言うと、幼い頃の上下関係は、こんな些細な事で決まってしまうからだ。

ビビったんじゃない、つまずいたんだ! 

スクッと立ち上がった僕は、そう言った。

つもりだった、のだが。

「ヘビなんかで、ビビるなよ!」

と、僕は言っていた。それは、不思議な感覚だった。何故かと言うと、口から出た言葉は僕の声じゃなかったし、喋ったつもりの言葉とは全く違う内容だったから。

小首を傾げながら考え込んでいると、周りから声が上がった。

「すげぇ! そっくりだ!」

僕は、そう言われて気付いた。口から出た声は、ヘビの出現に驚いた僕を、からかった友達の声とそっくりだった事を。

「に、似てねぇよ!」と、口を尖らせた彼。

「に、似てねぇよ!」と、僕。

まただ。頭で考えた言葉は、全く違う言葉と声で、口から発せられた。周りの友達は腹を抱えて、すげぇ超似てる、と大声で笑い転げている。

「マネすんなよ!」と、彼は不服そうな表情を見せた。

「マネすんなよ!」と、僕。

そう言うと同時にどっと笑いが起きて、マネされた彼も僕も、みんな一緒になって、河原に響き渡るほどの声を上げて大笑いした。

「銀ちゃん、いつのまにそんなモノマネが出来るようになったの?」と、彼。

「……今かな?」と、僕。

あれ? 自分の声が出た。

この現象を、不思議だとは思っていたけれど、まだ幼かった僕は、特に何も考える事なく、薄暗くなった街並みを抜けて、自宅へと戻って行った。

 

次の日、四時間目の授業中に、僕の意識は現実と夢の中を行き来していた。その割合が、夢の中に傾きかけた時。

「こら、金田銀一郎! なに寝てんだ!」

と、教室に響き渡るほどの大音量で先生が怒鳴った。その声に驚いて、僕は飛び起きる。目を開いた時には、教壇にいたはずの先生が、僕の目前で腰に手をあて仁王立ち。

「俺の授業中にいねむりするとは、おまえ大物になるかも知れんな?」

と言って、ニヤリ。

すみませんでした、そう言った。

つもりだった、が。

「俺の授業中にいねむりするとは、おまえ大物になるかも知れんな?」

と、僕は言っていた。

やば、またモノマネになってる……。

そう思ったと同時に、クラス中が大爆笑の渦に巻き込まれた。先生は、その大歓声に驚いてキョロキョロと辺りを見まわしている。

「すげぇ! 銀ちゃん、先生のモノマネも出来るんだ!」

 と、昨日僕にモノマネされたカズ君が言った。

「なんだ、金田はモノマネが得意なのか? しかし、俺の声はもっとシブイだろ。なぁ、みんな!」

先生は、そう言って周りを見回したが、誰一人として同意する生徒はいない。

さすがに、先生相手にモノマネをするのは、いくら子供の戯れとは言えよろしくない。

もう二度といねむりしません、そう言った。

つもりだった、が。

「なんだ、金田はモノマネが得意なのか? しかし、俺の声はもっとシブイだろ。なぁ、みんな!」

まるで、夏祭りの夜のように、クラスのみんなは大盛り上がりだ。いつの間にか先生を含め、僕を除いた全ての人が楽しそうに笑っていた。

「まぁ、いい。もういねむりするんじゃないぞ!」

と、先生は僕に一睨みして教壇に戻り、授業を再開した。

 

授業が終わると同時に、好奇心と物珍しさを浮かべた、ほぼ全員と言っても過言ではないクラスメイトたちが、僕の周囲に集まって来た。

「なぁ、銀ちゃん。もう一度、先生のモノマネやってよ!」

そう言われたが、やり方が分からない。モノマネをしていると言うよりも、勝手にモノマネになっているのだから。しかし、そんな理由では収まりがつかなそうな雰囲気が、僕の周りに充満している。

僕は、仕方なく発声練習をしてみた。

周りから、息を飲む音が聞こえる。それくらいの静けさの中で、もう一度発生練習をする。まるで、闇夜に浮かぶ猫目のように、キラキラと輝く無数の瞳が、全て僕に向けられている。

――まいったな。とても出来そうにないや。

そう思った時に、輪の後ろで椅子に登り、僕を見ていたこうちゃんが、足を滑らせて大きな音と共に床に落ちてしまった。

あまりに大きな音だったから、僕は驚いて目を閉じた。

目を開けると、転んだこうちゃんが、苦笑いしながら床から起き上がって、

「いやぁ、びっくりした! いてて、ひじ擦り剥いちゃったよ」と、言った。

擦り剥いた肘には、ほんの少しだけれど、血がにじんでいる。

うわぁ、痛そうだな、大丈夫かな……と、僕は思ったから、

『こうちゃん、大丈夫?』そう、言った。

つもりだった、が。

「いやぁ、びっくりした! いてて、ひじ擦り剥いちゃったよ」

まるで、夜空に大きな花火が上がった時のように、僕の周りで大歓声が沸き起こった。

「すご――い! そっくりだ!」

一人の女子が、顔を輝かせてそう言った。周りのみんなも口を揃えて、

「似てるよね!」と言う。

「銀ちゃん、俺のモノマネはいいよ! 先生のモノマネやってよ……」

バツの悪そうな顔で、擦り剥いた肘に手をあて、こうちゃんは口を尖らせている。

「銀ちゃん、俺のモノマネはいいよ! 先生のモノマネやってよ……」と、僕。

連続で上がった大花火に、教室中は大歓声に包まれた。何が起きているんだ? と、隣のクラスの同級生も大勢見物に来て、さらに人だかりが増す。

 ――ひどいや、銀ちゃん。俺を笑い物にして……。

「ごめん、こうちゃん。笑い物にするつもりはなかったんだ」

……あれ? 

この時、僕は違和感を感じていた。

何故なら、こうちゃんは何も喋っていない。

なんで僕は、こうちゃんの気持ちが分かったんだろう?

「ねぇ、もう一回やってよ!」

後から後から、違うクラスの同級生が輪に加わり、まだ見ぬ僕のモノマネを見たがっていたが、ちょうど休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったので、まるでクモの子を散らすように、周りから人だかりは消えて行った。

こうして、たまに出る僕のモノマネは、みんなを魅了し瞬く間に人気者になっていった。この時の僕は、驚いた時にだけ出来る、約三分間のモノマネと、その間に頭に流れ込む、相手の口に出さない言葉に対して、こう思っていた。

これは一種の特殊能力なのじゃないのか?

自分は選ばれた人間なのではないか?

そのうち、違う特殊能力を持った人間と協力して、地球を守るとか?

と、特に深い疑問を持つ事もなく、僕は、完全に調子に乗っていた。

そう、人気者になった僕は、完璧に波に乗っていた。

その波が、人に危害を与える津波になるとは、この時点では思いもしなかった。

 

 二学期が始まったある日の事だった。クラスの女子一人が、机に顔を伏せ肩を震わせ泣いていた。その周りには数人の女子が眉をひそめて声を掛けている。

それを見た僕は、静かに彼女の元へ歩み寄って行った。

「どうしたの? もし良かったら、僕に相談してみてよ」

ちょうどその時に、僕の後方で何かが破裂したような、そんな大きな音がした。

その音に驚いた僕は、両手をギュッと握り締めて目を閉じた。目を開けると、彼女は机に伏せていた顔を上げていた。その表情には、敵意が浮かんでいる。

「銀ちゃんに相談したって、どうしようもないんだから、ほっといてよ!」

普段、温和な彼女からは到底想像出来ない、鋭いトゲのある言葉だ。さっきの音が、彼女の神経を苛立たせたのかもしれない。

目を真っ赤にした彼女は、大粒の涙を流してキッと僕を睨んでいる。

僕は、出過ぎた真似をしてしまった事に気付き、

『ごめん……』そう、言った。

 つもりだった、が!

「銀ちゃんに相談したって、どうしようもないんだから、ほっといてよ!」

と、彼女のモノマネ。

その言葉で、教室の空気は瞬間冷凍、フリーズドライ方式。僕の背中に、嫌な汗が流れ落ちて行く。

まさにこれは、『出過ぎたマネ』だ。

……上手い事言ってる場合か! すぐに謝らなきゃ。

「なんなのよ! 泣いている私のモノマネなんかして、からかうなんて銀ちゃん酷い!」

からかってるんじゃないんだ、本当にごめん、そう言ったつもりだったが、またも僕の口からは、彼女の声で同じ言葉が繰り返される。

……かなり、まずい。

これがこの前、父さんが言っていた、『火に油を注ぐ』ってやつだ。彼女の怒りの炎は、完全に燃え盛っている。

「ちょっと、銀ちゃん。いくらなんでも、この状況で加奈子のモノマネするのは、ちょっと酷いんじゃないの?」

と、周りにいた女子たちが眉間にしわを寄せて、まるで親の敵でも見るような眼差しで僕を睨んでいる。こうなってしまうと、女子は生まれ持った本能の一部のように一致団結していく。

一人、また一人と女子が立ち上がり、泣いている彼女の周りに集まって行き、みるみるうちに巨大な憎悪の塊となり、立ち竦む僕に非難の声が、これでもかと浴びせられる。

どうやら、男子には女子のような本能は持ち合わせていないようで、『触らぬ女子に祟りなし』と、傍観者を決め込み、視線さえも向けてはこない。

――どうしよう……どうしたらいいんだ。

動揺が極限状態に達した時に、彼女の口に出さない言葉が僕の頭に流れ込んできた。

……ん? そうか、達也くんに振られたのか!

「違うんだ! からかっている訳じゃなくて、達也君に振られてしまった彼女を慰めたかっただけなんだ!」

よし、自分の言葉が喋れるようになったぞ! 

――いや……まてよ……。

目の前で、僕を睨み続けていた彼女の瞳が、カッと見開かれたかと思うと、顔の右半分が、『くしゃ』っとなった。今度は、左半分が『くしゃ』っとなった。

なんだか、テレビ番組で見た、スローモーションの世界を見ているような感覚だった。

顔の全てが『くしゃくしゃ』になった彼女は、素早くその顔を両手で覆い、隣のクラスを飛び越えて、その隣のクラスにさえも聞こえるほどの大音量で泣き出してしまった。

クラス全体がざわついている。そのざわついたみんなの視線は、クラスの隅にいた達也君に向けられていた。

達也君は、その視線に気付き俯いたまま、まるで神様にお祈りをしているかのように、ギュッと口を結び目を閉じている。

……これは、『まずい』を通り越して、遥か彼方に置き去りにしている。

僕は気が動転してて、うっかり彼女の心の声を口に出してしまった。

それも、絶対に触れてはいけないデリケートな部分。それを、あろう事か声を大にして公表してしまったのだ。 

そう気付いた時にはもう手遅れだった。その日から僕は、人気者のチャンプからゴロゴロと坂道を転げ落ち、いや、垂直に落下して、『全女子の敵』に、なってしまった。

その話は、すぐに全学年の女子に飛び火して、誰一人として僕に話しかける事はなくなった。それだけならまだしも、僕と話をした男子までもが、女子からの集中砲火を浴びて、全員が僕を敬遠するようになってしまい、一週間もすると一日の内に、たった一言さえも言葉を発しない日が続くようになっていた。

前にも同じような感じで、他の男子も女子達から的にされた事はあったんだけれど、たいていは十日もすれば、いつの間にか元に戻っていた。

しかし、今回はどうやら根が深いみたいで、十日を過ぎても、一ヶ月を過ぎても、僕の『全女子の敵解除』の、兆しさえも伝わってはこない。

そうなってくると、周りのみんなは僕と話さない事が日常になってきて、まるで僕の存在があってはならないような、そんな空気がクラス中に、いや、大袈裟かもしれないが、学校中に満ちている気がしてくる。

ここまでみんなに無視され続けると、僕はこの世に存在してはいけなかったのじゃないか、とさえ思えてきた。

家に帰っても、一人っ子の僕は両親としか話せない。元々、そんなに会話の多い家庭じゃなかったから、言葉を忘れない為にも、ゴールデンレトリーバの『チロ』と、三毛猫の『ミケ』セキセイインコの『ピンチ』に話しかけていた。

チロとミケは言葉を喋れないけれど、ピンチは言葉を喋れる。

ただ、『おはよう』と、『ごはん』しか、喋れないから会話は成り立たないけれど。

動物好きの僕には、まだまだ沢山ペットはいるけれど、話しかけたら多少の表情や仕草を返してくれる、その三匹に話しかけていたが、やはり会話をしている気にはならないから、僕の気分は滅入ってくる。

 ほんの一ヶ月前まではクラスの、いや学年の、いや、学校中の人気者だった僕が、よもや話す相手がペットしかいなくなるなんて思っても見なかった。

いつか、父さんがテレビのニュースを見ながら言っていた、

「人生なにが起きるかわからんなぁ」

と言う台詞が、今ならはっきりと理解出来る。

もう少し、もうしばらく、冬休みが終わったら、この状況は元に戻るはずだ、と根拠のない思いを胸に抱いていたのだけれど、学年が変わっても、小学校を卒業しても、その状況は変わらなかった。

あの事件以来僕は、『特殊能力?』の特徴を思いだして、紙に書き出し研究して、それを理解し封印していた。

まず、僕の病気は驚く事から始まるみたいだ。そして、目を閉じてしまう。閉じないように出来ないものかと訓練してみたのだけれど、これは反射行動なので、コントロールするのは無理だった。

当然閉じた目は、これまた反射行動により、瞬時に開かれる事になる。

その開かれた目に、最初に映った人の口から出た言葉が、僕が何かを喋ると約三分間だけ、『同じ声で同じ台詞が発声される』事になるようだ。

さらに、その間の相手が口に出さない言葉までもが、頭の中に流れ込んでくる。

この能力を封印する為に、僕は驚いた直後から三分間だけ、何も喋らない事にした。これでモノマネは口から出ない。相手の気持ちが流れ込んできても、それを口にしなければ何も問題は起きない。

ただ、この対策には難点がある。

いつ驚くかわからないのだから、出来るだけ言葉を発しないように心掛けていたので、仮に話しかけようと思ってくれていた友達がいたとしても、俯いて無口になった僕には話しかけずらかったと思う。

まぁ、そうじゃなかったとしても、僕と話す事で、『同じ目に遭わされるかもしれない』と言う恐怖から、話しかける人はいなかったと思うけれど。

僕の住んでいる所は、小学校から中学校に上がっても生徒は変わらないから、私立も考えたんだけれど、僕は勉強が苦手だし、この特殊能力が無くならない限り、いくら学校を変えても同じだと思った。

病院に行って見てもらう事も考えたけれど、そうなると親にも話さないといけなくなるし、なんだかややこしくなるような気がして、自然に消えてなくなる事に望みを託した。

どうやら両親は、先生から僕の異変を聞かされていたみたいだけれど、思春期特有の物だと思ったのか、そっとしとく事を最良としたようだ。

僕は次第に、登校するのが苦痛になっていき、中学校に入学してからはあまり学校に行かなくなった。

そんな僕を両親は心配していたけれど、無理やり学校に行かす事はなかったし、病院に連れて行かれる事もなかった。

それでも、なんとか中学卒業にこぎつけたけど、高校に進学する勇気がなかった僕は、気付けば立派な根暗引きこもりニートに成長していた。


ある日、そんな僕に父さんは言った。

「銀一郎、人生は長い。高校も来年受験することだって出来る。こうして、自分を見つめる時期がある事も、逆に良い事かも知れないよ。だから焦る必要はない。ゆっくり自分を見つめ直しなさい」と。

母さんは、その横で、「そうね、そうね」と、しきりに頷いている。

 学校に行っている間は、驚くたびに最初に見た人物の心の言葉が流れ込んでいたから、病気が治っていない事を確認出来ていたけれど、中学を卒業して完全に引きこもるようになってからは、自宅にいると驚く事が殆どなかったから、病気が治っているのかどうか分からなかった。

でも、これだけ長く殻に閉じこもって生活していたら、病気が治ったからと言って、すぐ現実社会にデビューする事は、とても勇気のいる事だと思えたし、逆に治っていなければ、酷く落ち込む事になる。だから僕は、正直言ってそれを確かめる事を恐れていた。

そんな引きこもりの僕にも、月に一度だけ外出する日がある。

その目的はペットフードを買う事で、目的地はJR品川駅の近くにある大きなペットショップだ。

毎回一ヶ月分のペットフードを買うから、次の月も同じ日に出掛けて行く。

自宅にいる僕は、三度の食事にも有り付けるし、毎月おこずかいとして三万円もらっていたから、ペットフードはそのお金で買う事が出来た。

外出日以外は、一日の全てを自分の部屋とペットの部屋で過ごし、自分の部屋にいる時は、テレビを見たりゲームをしたり動物のDVDを見て過ごす。

それに飽きたら、ペットの部屋で動物に囲まれて過ごし、それにも飽きたらミケやチロと遊ぶ。そして、眠くなったら寝る。

そうして僕は、なんの変化もない退屈な日々を、特に退屈だと思う事もなく、だらだらと過ごしていた。


僕は、一二月一四日の誕生日を迎えて一七歳になった。両親からのプレゼントは、僕が前から欲しがっていた、動物生態系の通信販売限定DVDだった。

全部で二十巻あり値段は十万円位したはずだ。

お手伝いの佳代子さんからは、古くなっていたチロの首輪にと、新しい首輪を買って来てくれていた。

佳代子さんは近所に住む、一人暮らしのおばちゃんだ。中学校に入学してから、学校に行かない事が多くなったので、一人で自宅にいる僕を両親が心配して、週に三度来てもらうようにお願いしたみたいだ。

僕を含めた四人で食卓を囲み、豪華で美味しいご飯と、大きなケーキ、欲しかったプレゼントをもらい、僕は終始ご満悦状態だった。

その時、父さんが一つ咳払いをして話し出した。

「銀一郎、中学を出てからもう半年以上経っているだろ。焦らせる気はないが、自分を見つめる期間としては十分な期間だったと思うのだが……何か自分の将来について多少の結論というか、道筋みたいな物は浮かんできたか?」

母さんは、父さんの横で、じっと僕を見つめて沈黙を守っている。佳代子さんは、雰囲気を察して、

「そろそろ、私はおいとましますね。御馳走様でした」

と、言葉を残して部屋を出て行った。

 僕は言葉に詰まった。この期間何も考えなかった訳ではないが、考える事や病気の現状を確かめる事を恐れて、先延ばしにしてきたのは確かだ。黙りこんで、俯いた僕を見ていた母さんが、痺れを切らしたように言った。

「お父さん、銀一郎も色々と考えていて、まだ考えがまとまってないのよ。だから、もうしばらく様子を見てあげましょう。ねぇ、銀一郎。そうでしょ?」

「……うん」

僕は俯いたまま、そう言った。そう言うしかなかった。顔を上げると両親の不安や心配や憐れみや、色々な物が混じった表情を見る事になって心が痛みそうだったし、病気の事を話すのも今さらな気がしたからだ。

「まぁ、さっきも言ったように焦らせる気はないんだ。考えがまとまったら父さんと母さんに話しなさい」

優しい口調で父さんにそう言われ、なんだか情けない気分で心が一杯になって、僕はただ頷いて、自分の部屋に戻って行った。

 確かに、父さんの言う通りだ。働かなくてもお金に困らない状況だし、両親もうるさく言わないから、あまり深く考えずに今日まできたけれど、もう真剣に考えなくちゃいけない。

でも、まだ病気が治っていなかったら、そう思うと確かめる勇気が湧いてこない。

社会に出ても、また病気のせいで、自分の存在が消滅してしまったかのような、そんな扱いを受けるのが怖い……でも、いつまでもこうしてはいられない。

布団にもぐり込んだ僕は、これからの事を考えると、言いようのない不安に襲われ、なかなか寝付けずにいた。


 次の日は、一ヶ月ぶりの外出日だった。昨日の件もあって気分は優れなかったが、ペットフードも底をついているし、行って動物たちを見ることで心も多少は癒される気がして、僕は外出の用意を始めた。

外界には四季があるけれど、ほとんど家に閉じこもっている僕には、夏はエアコンで快適だし、冬は暖房で温かい。だから四季を感じる事は視覚からの情報に限られていた。

薄着で玄関のドアを開けると、恐ろしいほどの冷気が、すごい勢いで室内に向かって流れ込んでくる。空は一面、灰色で埋め尽くされていて、今にも雪が降り出しそうな天候に見えた。

「こんな薄着じゃ風邪引いちゃうよ!」

僕は、すぐに玄関のドアを閉めて部屋に戻り、これでもかと言わんばかりに重ね着をして、ズボンなんかは三枚も履いた。かなり動きずらかったけれど、寒いよりはましだと思って、お洒落ではない重ね着をした僕は、大き目のニット帽を深く被り、風邪を引いている訳でも、花粉症な訳でもないけれど、口にはマスクを付けて、玄関のドアを再度開けた。

よし、寒くないぞ。

僕は、坂道を転ばないようにゆっくりと降りて、大森駅に向かって歩いて行く。何人もの人とすれ違ったけれど、深々と帽子を被りマスクをしている僕には誰も気付かない。

気付かれないようにそうしているのだけれど、なんだか僕と言う存在は、すで外界から排除されてしまっているような、そんな錯覚にさえ陥る。

このままじゃいけない……でも、どうしようもない。

でも、どうにかしないといけない……でも、どうしたらいいのか分からない。

片足が壊れたロボットのように、僕の思考回路は同じ所をぐるぐる回っているだけだった。


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