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暗闇に太陽  作者: ゲーカー
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プロローグ


JR品川駅についた僕は、江南口に向かって歩き出した。色々な路線が絡み合っているこの駅は、沢山の人で溢れかえっていて歩きずらいけれど、逆にその方が知り合いに気付かれる事がないから安心出来た。

 あの事件以来、僕は次第に自分の存在価値が分からなくなってきて、今ではこんな考え方が当たり前になってしまっている。

そんな僕の目的地は、江南口から出て徒歩三分ほどで着く、ペットショップ。

その店の自動ドアをくぐり、まずは奥にある魚のコーナーに向かう。そこには、大小の水槽が沢山並べてあって、淡水魚、海水魚、熱帯魚とコーナーが分けられていて、それ以外にも、トカゲやヘビ、カメやカエル等、他の店では見る事の出来ない、珍しい種類の動物が展示してある。

ここで、動物達を見たり触れ合っている時は、今の最低で最悪な現状を忘れられる。

沢山の熱帯魚が泳ぐ水槽の前で中腰になり、うっとりとした目で眺めていた僕の真後ろで、ガラスが割れたような、とても大きな音がした。

 僕は、その音に驚いて、肩を竦め目を閉じた。

そっと振り向くと、その店のユニフォームを着た女性の店員が床に屈み込み、割れた水槽のガラスの破片を拾い集めている。

 僕が振り向いたのに気付いたのか、彼女はすっと立ち上がりお辞儀をしながら、か細い声で言った。

「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

そう言われた僕は、返事をする事も忘れ、ただ立ち尽くして彼女を見つめていた。

彼女の身長は、僕の肩よりも少しだけ高いように見えるから、百六十センチくらいだろう。華奢な体つきは女性らしく、肩先まである栗色の艶やかな髪は、サラサラのストレート。水色の縁があるメガネをかけていて、サイズが少し大きいのか、それとも顔が小さいのかは、パッと見では分からないけれど、顎のラインがシャープな顔つきにかなりフィットしている。

目尻にかけてほんの少しだけ緩やかな下降ラインを描いているその瞳は、自分の失態により涙で潤んでいるようで、今にも吸い込まれそうなほど魅力的に煌いていた。

あの事件以来、人と接する事が日を追うごとに少なくなっていった僕にとって、こんなにも心を動かされる対面は何年振りだろう。

いや、初めてだと思う。てか、これって一目惚れってやつじゃないか?

 あ、そうだ! 返事しなきゃ。

「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

僕の口から発せられた声は、目の前にいる彼女の声で、同じ台詞を繰り返していた。

やっぱり……まだ僕の病気は治っていないんだ。

「え…………?」

 彼女は、予想だにしない突然のモノマネに、キョトンとした表情を浮かべている。

当然、すぐに彼女は警戒のこもった眼差しを、僕に向けるはずだ。

心の中で、このお客さんは、少しイタイ子なんだな、とかなんとか思いながら。

『大丈夫ですか?』と聞かれて、何も問題なければ、『大丈夫です』と、答えるのが一般的。

何か問題があれば、『少しガラスの破片が……』とか、『服に水が……』とか。

それを、モノマネで同じ台詞を言い返す奴が、ここにいる。

完全にキモ客ですね、はい。

――あぁ、なんて人生は残酷なのだ。

そう思いながら、目線を落とした僕の耳に、聞こえてきたのは彼女の笑い声。

「モノマネ上手いですね。この場面でそうくるか! って感じで笑っちゃいました。おかげで、失敗した嫌な気持ちが何処かへ飛んでっちゃいました!」

そう言って、彼女は目線を僕に向けたまま、ふわっと微笑みを浮かべる。

その瞬間、彼女が口に出さない言葉が、頭の中に流れ込んできた。

 え……うそだろ? 


彼女は、今日の夜に自殺をするつもりでいる!

 

割れたガラスの破片を拾い集めた彼女は、「失礼しました」と言い残して、僕の目の前からいなくなった。

 放心状態の僕は、彼女が入って行ったドアを、ただ茫然と見つめていた。

どれだけの時間を立ち尽くし、ドアを凝視していたのかはわからないけれど、周りのお客さんが変な目で僕を見ているのに気付いて、慌てて店を飛び出した。

僕の心臓は破裂してしまうのじゃないかと思うほどに、バクバクと音を立てて、すごい速さで動いている。品川駅までのほんの少しの距離がやけに長く感じられた。

周りに沢山のビルが立ち並んでいる風景が、現実のような現実ではないような。

空は曇っていて気温はかなり低いのに、その温度を体が感じているのかどうかも良く分からない。

とにもかくにも、こんな感情を生まれてから一度も味わった事のない僕は、何をどう対処すれば良いのかさっぱり分からない。

久しぶりに、頭の中に流れ込んできた相手の心の言葉が、

『今日の夜に自殺する』だなんて。

「いったいどうしたらいいんだ……」

どんよりと曇った空を見上げて、僕はそう呟いた


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