世界の半分を勇者であるキミが貰ってくれないと、魔王であるボクは死んでしまいます
執筆している連載小説の文章で詰まっているので、練習がてら気分転換の短編を投稿します。
「知ってるゲーム転移」×「詰み状況回避」×「ボクっ娘」×「なんちゃって創作レトロゲー」×「あの台詞」で構成された作品となっています。
(「ナイト&ドラゴンストーリー」攻略サイトより引用)
「ナイト&ドラゴンストーリー」
・概要
198x年、○○社から発売されたロールプレイングゲーム(RPG)。通称「ナイドラ」。この項では初代ナイドラについてのみ解説する。
海外のパソコン製RPGに強く影響を受けているが、制作者の○○はマニアックな呪文設定やSF要素が多くギーク向けになりがちだった海外製RPGから離れ、「剣と魔法を使う勇者が魔王を倒して世界を救う」という、誰にでも分かりやすい王道ストーリーに仕立て上げた。そのおかげで広い層に受け入れられ、初年度でXXX万本を売り上げる空前の大ヒットとなり、近年まで続くRPGブームの礎を築く。
タイトル通り、勇者である騎士が魔王を倒すために、世界各地に存在するドラゴンに挑んで力を認められ、伝説の装備を集めていくのがストーリーの主軸となっている。
(中略)
黎明期のRPGながら既に先進的なシステムを搭載しており、マルチエンディングやクエスト単位でのシナリオ分岐などは発売当時から現在に至るまで高い評価を得ている。
これらを支える「人物評価」システムは当時の開発者からもオーパーツ扱いされており、「プログラマが天才だから出来た事。確実にハードの限界を超えた実装」と言われている(出典:「ナイト&ドラゴンストーリー開発秘話」)。
・あらすじ
ある日、世界は闇に包まれました。
「魔王」。その恐怖の象徴は、手下の魔物たちを引き連れて人間に戦いを挑んだのです。
力を持たない弱い人々は、なすすべもなく殺されていきました。
魔王の出現から一年が経った頃、人間の領土はごくわずかな土地を残すだけとなり……生き残った人々はアスラール王国の元で魔物の恐怖に怯えていました。
そんなある日、王様の元に預言者が現れます。
「闇をうちはらい、人々の希望となる光の勇者が、めざめたようでございます」
王様はただちに軍隊に命令を出し、光の勇者を探させました。
そうして見つけられたのが、魔物に襲われて壊滅した村のただ一人の生き残り――そう、あなたです。
「お願いじゃ。魔王を打ち倒し、世界を救ってほしい」
あなたは王様に認められた騎士となり、魔王を倒すための旅に出ます。
世界を救うことができるのは、もはやあなたしかいません。
あなただけの冒険が、今、始まります。
(出典:「ナイト&ドラゴンズストーリー」取扱説明書)
(中略)
・「世界の半分をお前にやろう」
このゲームを代表する台詞の一つ。世界の半分を報酬に、魔王の側に来ないかと勧誘される際のもの。
ボスの魔王と決戦する直前の会話で、必ずこの問に答える選択肢が表示される。
この質問に「はい」と答えると、ルートによって微妙な変化はあるものの、基本的にはゲームオーバーとなる。
かつては必ずゲームオーバーになる選択肢とされていたが、発売から十数年経った近年、データ解析により「特定の条件下においてこの質問にはいと答えると、専用のエンディングに移行する」という事実が判明した。ただし通常のプレイでは不可能な数値(「魔王」との人物評価が相互に高評価になっていなくてはならない)が設定されており、件のプログラマーがお遊びで入れた隠しデータであると言われている。
なお、このエンディングについて開発責任者の○○は「知らなかった」と答えている(出典:「ナイト&ドラゴンストーリー開発秘話」)。
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「魔王様、おめでとうございます」
「なにがかな」
恭しく跪いた部下のグレーターデーモンに対して、ボクは素っ気ない態度を取る。
「作戦は順調に進んでおります。人間どもの抵抗は大したものではなく、侵攻にあたっては何の問題もございません。我らの楽園をこの地に築くまで、そう時間はかからないでしょう」
「そう」
物騒なことを言う部下だが、彼を咎めることはできない。彼らに命令を下したのは、ボクではないけれど、ボクだ。
とはいえ、それは今のボクの望みではないのだけれど。
つまらなさそうなボクを見て、グレーターデーモンは訝しげな雰囲気を漂わせる。
それもそうだろう。ボクの下した命令が上首尾に終わり、その後も順調に進行中だという報告をしたのに、主であるボクの態度があまり良くないからだ。
「なにかご不満が?」
「いや……うん」
少しためらう。
しかし、彼はボクの部下だ。最悪、どうとでもなる……そう思ったボクは、ちょっとした冒険をする事にした。
「なんかさあ……ちょっと、暴力的、だよねえ。なんていうか、もうちょっと、話し合いとかそういうの、できないもんかな」
魔王の言葉ではありえない、でも、ボクの本心だ。
「それは……難しゅうございますな。彼の者どもは光の者……我ら闇の者とは表裏の存在にございます。一つのコインに、表と裏の両面を見せよと言っているような物にございますれば」
彼の言うことは正しい。光の者と闇の者は相容れない存在だ。光の者は光ある所でしか生きて行けず、闇の者は闇ある所でしか生きていけない。光の者は闇の「瘴気」に触れると侵食され、闇の者は光の「聖気」に触れると浄化されてしまう。
とはいえ。
「そりゃそうだけど、個としての強さが段違いじゃない? ボクらは瘴気に耐えられない人間と違って本気で浄化でもされない限り、光ある場所で暮らしても多少寿命が縮む程度で済むんだからさ。人間に飼われてる下位の魔物だっているんだろ? ボクらがそこそこ譲歩すれば、なんかうまいこと共存できたりしないのかなあ」
「なりません」
カッと目を見開いて、にじり寄ってくるグレーターデーモン。これでもボクやドラゴンに次ぐ実力者なので、威圧感がなかなかにすごい。というか、デカい図体で矮躯のボクにあまり近付きすぎないで欲しい。ちょっと怖いので。
「近いって!」
「失礼しました。しかし、魔王様がご無体なことを仰りますので」
「そんな大げさな」
「いいえ、大げさではございません。魔王様は御身を何だと思っておいでか。全ての魔物の根源たる貴方様が滅びれば、我ら魔物は存在できなくなること、ご存知ない訳ではありますまい」
そう、ボク――魔王は、全ての魔物の親のようなものだ。光ある世界に追いやられ、顕現すらできず世界の片隅に押し込められていた闇の子らの魂。それに、魔王の力で実体を与えたのが魔物だ。
その存在はまだ仮り初めのもの。彼らが本当の意味で実体を得るには繁殖して数世代経過し、彼らの魂そのものが混ざり合いながらこの世界に馴染む必要がある。
つまり、ボクが今死ねば、魔物は滅びる。ボクは、光という絶望に覆われた世界に闇を取り戻す、闇の子らの勇者なんだ。
「でもさあ」
ボクはため息を一つ付くと、何でもないことのように言う。
「このままだと、ボク死ぬよ?」
「なにを仰られますか」
さすがに驚いた顔のグレーターデーモン。こいつのこんな顔、初めて見たなあ。
「いや、ホント。勇者に殺される。で、魔物は滅びる」
「そのような……そのような事は、冗談でも仰られますな」
「いやいや、まじだよ、まじ」
そう、どうあがいてもボクは死ぬ。
たまたま闇が煮凝って産まれただけの魔王とは違い、勇者は光という存在そのものからの加護を得ている。
そのため殺しても死なず、何度でも蘇ってきていずれボクを殺すだろう。
唯一の彼を終わらせる方法は、彼に向かって「ある問い」を投げかけ、それにYESと答えさせる事だけど……それが出来たとしても、その続きはこうなる。
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勇者であるあなたは、愚かな選択をした。その結果あなたは闇に飲まれ、人々に害をなした。
世界は絶望に包まれるかに思えたが――新たなる勇者がそれを打ち破った。
あなたはもはや勇者ではない。真の勇者に打ち破られた裏切り者の悪魔――そう後世に名を残すこととなる。
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そう。「勇者」がバッドエンドを迎えるだけで、結局その先にあるのはボク――魔王の死だ。それだけは、絶対に避けたい。
ボクは死にたくない。こんな訳の分からない状況で、こんな日本でもないゲームみたいな世界で死ぬのは……嫌。
けれど、それだけじゃない。闇の子らは、これまでずっと虐げられてきた。世界に存在を許されず、片隅に追いやられて、その幽かな魂を寄せ合って何とか存在してきたんだ。
彼らを救ってやりたい。これはボクというより、魔王の願い……なんだと思う。
それを叶えるためにも、ボクは死ぬわけにはいかないんだ。
「だからさ、いい感じの所で和平とか……なんかうまいことできないものかな、って思ったんだよね。ボクとしては、魔物がこの地上で暮らしていければ何だっていいんだ。後の憂いをなくすために光の連中を滅ぼすってのは分からなくもないんだけど、それで突っつきすぎてボクが殺されたら、それこそ身も蓋もないじゃない」
「お戯れを……。魔王様のお力をもってすれば、人間どもなど……」
「……まあ、説得は無理だよね」
部下はボクの話を聞こうともしないが、仕方がないのかもしれない。彼は、人間が怖いんだ。
立場を逆にすればわかる。光と闇、その言葉を逆転させると、ボクの言っている内容はこうだ。
「今、世界は絶望の闇に包まれている。光の勇者たるボクが今、闇を打ち払い、魔物たちから領土を取り返しつつある。それは順調に進んでいるが……なんか、うまいこと和平して、魔物と共存したりできないかな? 全部取り返す必要なくない?」
ありえないと思うでしょ? なにせ、彼らは彼らのために、ボク達を世界から追いやった連中だ。人間からしたら、いつ襲い掛かってくるかも分からない魔物と共存なんてできないだろう。ボク達にとっては、人間がそういう存在に見えるんだ。
戦争を止めることはできない。そしてこのまま戦争を続ければ、およそ一年後に勇者が覚醒して、彼が成長しボクの前に現れた時、ボクは死ぬ。たったひとつの例外を除いて。
「つまり……ボクや魔物が生き残るには、あのふざけた結末に至るしかないって事かぁ……」
「魔王様?」
ボクの呟きにグレーターデーモンが怪訝な顔をするけど、意味は分からなかったと思う。
ボクは玉座から立ち上がって、彼に背を向けて言った。
「何でもない。……計画は順調なんだよね? ボクしばらく身を隠して気ままにやってるから、適当に進めておいてよ。止めろって言ったって聞かないだろうし」
「はあ……その、どちらへ?」
「わかんない」
行くべき場所は分かる。けど、それが正しいのかなんて分からない。
だって、そんなルートは今まで一度も通ったことがないからだ。
「勇者のボクに対する「人物評価」って、どうやって上げたらいいんだろうね?」
誰も到達しえなかった結末に、セーブもロードもせず、攻略サイトもない状態で……しかも今までとは反対の立場で、到達する。
ついこの間まで、ただのレトロゲーム好きの女子中学生だったボクには……荷が重すぎる、かもしれない。
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「ねーちゃん!! だめだ!! 戻って!!」
「ボクは大丈夫だから、キミはそこでじっとしてなさい! 絶対に出てきちゃ駄目だよ!」
ボクは少年を家に隠し、表に飛び出した。
広場の方では既に煙が上がっている。飛び交う悲鳴の中には明らかに断末魔が含まれていて……少なくないであろう命が喪われた事が分かる。
ボクは唇を噛み締めながら、喧騒の元へと走った。
「この村だけは絶対に襲うなって、あれだけ言ったのに……ッ!!」
ただのレトロゲーム好き中学生だったボクが「ナイト&ドラゴンストーリー」の魔王として目覚めてから、およそ一年が経った。
ボクはあの日フラッと魔王城を出て、ここ「トアル村」で暮らしている。
……名前に関して言いたいことはあるだろうけど、うん。昔のゲームってこんなんなんだよ。
それは置いておいて、ここは|「ナイト&ドラゴンストーリー」《ナイドラ》において極めて重要な意味を持つ場所だ。そう、魔王軍に襲撃され全滅し、勇者がただ一人生き残るのがここトアル村なんだ。
つまり、この村には勇者がいる。
例の「隠しエンディング」の条件は、勇者と魔王の「人物評価」が相互に高評価である状態で、世界の半分を条件に勇者が魔王の出した提案を受け入れること。
ボク側の勇者に対する人物評価は問題ないと思う。なにせ、彼はある意味ボクを救うことの出来る唯一の存在だし、いちレトロゲームプレイヤーとしても初代ナイドラの主人公には愛着がある。
しかし、勇者から魔王に対する人物評価については、どうやったって勇者にボクを知ってもらう必要がある。
ゲームでは、そもそも魔王に対して人物評価が変動するイベントが存在しなかった。だから例のエンディングはデータを改造しないと見られない隠しエンディング扱いされていたんだけれど……もしこの辺りがゲーム通りだったらボクは、詰んでた。
でも、状況はゲームとは違う。何が違うかと言えば、それは開始時期だ。ゲームでは勇者が王様から見送りを受けて、魔王討伐の旅に出るところから始まる。
しかし、ボクが魔王として目覚めたのはその一年前――魔王軍が人間の世界を侵略し始めたのとほぼ同時期だ。この時間を無駄にする理由はない。
ボクは勇者と僅かでも接触できれば良い、と思ってトアル村で過ごすことにした。
「魔物に住む場所を追われ、ここまで逃げてきました。ちゃんと働きますから、村に置いてもらえませんか」
村の外で出会った少年に連れられて村に入り、用意しておいた身の上話をすると、少年の両親はとても親身になって話を聞いてくれた。
文字の読み書きや計算、そして魔法が出来ると言うと、少年の面倒を見ること、奥さんの手伝い(畑仕事を含む)をすること、少年に勉強と魔法を教えることの3つを条件に家に住まわせてくれるという。ボクは一も二もなく頷いた。
一つだけこの生活に問題があるとすれば、ボクの体が少しずつ光に蝕まれている事だ。瘴気を纏えばこの問題はなくなるが、間違いなくこの村の人々を侵してしまう。
とはいえ、代償は寿命がほんの僅かに削られる程度だ。
ボク一人の身ではないとは言え、このまま蝕まれ続けた所でボクの寿命が訪れる頃には、魔物は世代交代に世代交代を重ねて完全に世界に定着している事だろう。
そもそも、こうしなければ一年後には確実な死が待っているんだ。多少の寿命なんて気にしている場合じゃない。
時折隙を見ては魔王城に戻り指揮を取っていたが、ボクにやれる事は殆どない。
彼らはボクという存在を通じて闇のエネルギーを補充しているし、万が一エサが必要になったとしても食べ物となる野生動物や、人間……も豊富に存在するので、兵站が殆ど問題にはならないのも大きい。人間を食べ物として捉えるのは、抵抗があるけど……。
ともかく実態はそんな感じなので、作戦などと銘打ってはいるけど単に「次はどの辺りを攻める」という司令を出したり、大型の魔物をどこに派遣するかを決める程度だ。
兄にやらせてもらった大規模マルチFPSの司令官モードと大差がない。
当然、何度か和平案や共存策を主張してはみたけど……全然駄目だった。誰も聞く耳を持ってくれない。
なので、ボクはこのまま村を守ろうと思う。この村が全滅しないことで勇者が生まれなければそれでよし。人々の危機に呼応して勇者が目覚めたとしても、その勇者はボクがこの村を一生懸命守っていた事を知っている。話くらいは聞いてもらえるだろう。
もしかしたら人物評価も高くなっているかもしれない。もしその状態で「例の台詞」を言うことができれば……可能性は、0じゃないんだ。
そうして一年間、ボクは村で楽しく過ごした。村人は皆いい人ばかりだったし、流れ者であるボクにとても良くしてくれた。ボクも一生懸命働いた。
勇者の年齢などは公式では設定されていない上に、主人公の設定画面で女性を選ぶこともできたため、誰が「勇者」なのかは分からない。なので、誰とも分け隔てなく接し、皆と仲良くなった。
一度、村の若者――と言ってもボクより年上だけど――に嫁に来ないかと告白されたりもしたが、まだそんな事は考えられないと言って誤魔化した。少年の教育に良くない、と言ったが、奥さんはきゃあきゃあ喜んでボクがその気になるように唆していた。
その時は話をどこからか聞いたのか、やや不機嫌な調子で少年がボクの所にやってきて話を聞きたがったりもしたっけ。
「ねーちゃん、トーマスにーちゃんの嫁になるのか?」
「ボクが? どうしてそう思ったの?」
「かあさんが言ってた。ねーちゃんも、もう大人だし……そういうのも、あるのかなって」
この世界では15歳で成人扱いだ。ボクは中学3年生だったので、ちょうど成人していた事になる。ちなみに少年は2つ下で13歳だ。
「うーん、ボクはまだそういう事は考えられない……かな。だってキミの面倒を見るのがボクの仕事でしょ? 結婚してしまったらトーマス君の家に入らなきゃいけなくなるじゃない?」
「なんだそれ、バッカだなあ。ウチに置いてもらうために仕事してんだろ。トーマスにいちゃんと結婚すれば、もうそんな心配しなくていいじゃんか」
「なんか、トーマス君のお嫁さんやってるボクを想像できないんだよね。それにキミの勉強もまだ中途半端だし、放っとけないよ。だから、ちゃんとお断りしました」
「……そんなんで、行き遅れたって知らないぞ」
そう。この世界では18にもなったら割と慌てるくらいの年齢で、20にもなって結婚していないと行き遅れ扱いだ。平均寿命が5~60程度なので仕方がないのかもしれないけれど。
少年が成人するまで面倒を見てたら、ボクも17かあ。日本基準で考えれば女子高生だから全然子供扱いだと思うけど、この世界じゃ結構際どいのかもしれない。まあ、別にいいけどね。ボク、魔王だし。第一……そこまで、この日常は続かない。
だから、こんな軽口だってつい出てしまう。
「その時は、キミに責任を取ってもらうからいいよ」
からかうようにボクが言うと、少年がバッ! とこちらを見た。怒ったのか、顔が赤い。
「はぁ!? せ……責任、って……はぁあ!?」
「なんだよー、そのリアクション。そんな露骨にヤな顔されたら、ボクだって傷つくぞ」
「い、いや、そうじゃなくて。確かに、ねーちゃんは可愛いし、優しいし、いい匂いする……じゃなくて! 責任ってなんだよ! 俺、ねーちゃんに何もしてないぞ!」
真っ赤になって否定する少年が可愛い。いけないいけない、ちょっとからかいすぎたみたいだ。
「あはは、冗談だよ。キミはかわいいなあ。ま、そんな気になったら、ボクもそのうち結婚するのかもしれないねえ。今はまだよく分からないだけだから、安心してよ」
ボクが頭を撫でると、少年は口をへの字にしてむすっとした表情になる。それがまた可愛らしくて、ボクはまた笑ってしまった。
「さ、そろそろ旦那さんが帰ってくるから、ボク達も帰ろう。奥さんの料理のお手伝いをしなきゃ」
「うん……」
立ち上がって、お尻に付いた土をぱんぱんっと払って歩き出す。
……ん? 少年が付いてきてないな、どうしたんだろう。
振り返ると、少年はボクの事をじっと見つめて立ち止まっていた。
「な、なに?」
「ね、ねーちゃん!」
「はい?」
「あの……あのさ」
少年は何かを言おうとしているが、言葉に詰まったかのようにうまく喋れないでいる。顔も俯かせてしまって、完全にテンパっている状態だ。
落ち着かせるためにボクは少年の手を握って、少し屈んで目線を合わせる。ボクは決して背が高いわけではないが、少年はまだボクより背が低い。
この年頃は、女子のほうが成長が早いんだ。少年はこれから成長期だろうし、もう2,3年したら、一気に背が伸びてボクは追い越されてしまうだろう。
彼の父親である旦那さんも、背はかなり高い。
「ゆっくりでいいよ」
「うん……あの」
暫くして落ち着いたのか、少年は力のある瞳でボクを見て、意を決したように口を開き。
「あとニ年してさ。俺が大人になって、そん時にまだ……ねーちゃんが結婚してなくて行き遅れてたら、しょうがないから、俺がもらってやるよ」
そう、口にした。
「そっか。じゃあ、待っていようかな」
少年の言葉は嬉しかった。トーマス君もそうだが、ボクみたいなちんちくりんを好いてくれるのは嬉しい。人の好意というのはなんともむず痒く、それでいて暖かな気持ちにさせてくれる物なんだなと思う。
思わず少年の頭を撫でると、少年は邪険にボクの手を払った。怒らせてしまったかな、と思ったけれど、よく見るとなんだかニヤついている気がする。気恥ずかしいのと、照れているのと、嬉しいのと、子供扱いに対する反抗心がないまぜになっている、と見た。少年は本当に可愛らしいなあ。
けれど。
(二年後……かあ。ボクやキミは、その時まで生きているのかな……)
「二年後」という言葉に、この日常が仮り初めのものである事を強く思い起こさせられ、ボクは悲しいような寂しいような……そんな気持ちに囚われてしまった。
そして、今日。
いつも通り始まったと思われたボクたちの日常は、唐突に終わりを告げた。
「ま、魔物だああぁぁっ!! すごい数の魔物が村に向かってきているぞ!!」
見張りの村人の一人が村に駆け込んできて、大声で周囲に呼びかけている。
(そんな……うそだ……!)
アスラール王国の端、山奥にあるトアル村にも、魔王との戦いにおいて人間が劣勢に立たされており、徐々に状況が悪化している事くらいは伝わっている。
とはいえ、トアル村は僻地だ。近くに軍事拠点はないし、わざわざ狙って襲撃する意味はない。
たまたま進軍ルートにあたった村が運悪く滅ぼされる事はあるかもしれないけれど、ボクは部下を通して全軍に「トアル村は襲わないように」と指令を出している。
情があるから、というだけの理由じゃない。勇者が覚醒するキーは「トアル村の全滅」だ。そもそもトアル村が全滅さえしなければ、勇者が覚醒することはないのかもしれない……そんな淡い期待も含まれる。
もちろん、別の場所から勇者が生まれる事もあるとは思う。けれど、そうなったら、その時点でゲームのシナリオからは外れているかもしれない。
打算と感情。その両方がトアル村を襲うなと言っている。ボクがそれを一生懸命説明したら、部下たちもそれだけは分かってくれた。
だから、ここが襲われる筈なんてないのに……!
慌てて飛び出すと、逃げ惑う村人の中に少年の姿を見つけた。
「何してるんだよ! はやく家の中へ!」
「ね、ね、ねーちゃん!! 魔物って……!!」
「いいから! 早く家の中に入りなさい!!」
少年を家の中に入るよう促して外からドアを閉めようとしたら、少年はボクの腕を掴んでドアが閉まらないように抵抗してきた。
「ねーちゃんは!? ねーちゃんはどうするんだよ!!」
「ボクは魔法が使えるから、魔物をやっつけてくるよ」
「そ、それなら俺だって……! ねーちゃんに教えてもらって、使えるようになったから……!」
そういって家から出ようとする少年を無理やり家に押し込め、魔法でドアを開かないようにする。ついでにドアの前に石を積み上げて、ちょっとしたバリケードにした。
「キミの魔法はまだ覚えたばっかりでしょ、魔物には通じないよ」
「そんな事……っ! くそっ、ねーちゃん、ここを開けてよ!」
少年はドアをガンガン叩くけど、ドアはびくともしない。少年ごときに破られるようじゃ、魔物を防げないからね。これで少年は大丈夫だろう。
「ねーちゃん!! だめだ!! 戻って!!」
「ボクは大丈夫だから、キミはそこでじっとしてなさい! 絶対に出てきちゃ駄目だよ!」
広場の方では既に煙が上がっている。飛び交う悲鳴の中には明らかに断末魔が含まれていて……少なくないであろう命が喪われた事が分かる。
ボクは唇を噛み締めながら、喧騒の元へと走った。
「この村だけは絶対に襲うなって、あれだけ言ったのに……ッ!!」
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ボクが広場に到着した頃には、目に見える範囲で生きている人は一人もいなかった。
勇敢に戦った村の守備隊は全滅してしまったのだろう。その間に、戦えない村人たちはどうやら何とか逃げ出せたようで……事態は最悪の一歩手前でなんとか踏みとどまっているようだった。
「お前たち……一体、何をしにここへ来たの?」
ボクは魔王の眼で容赦なく魔物だちを睨みつける。
「へっへっへ……何ってそりゃ、お前たち人間をぶっ殺すためだよ」
豚頭がボクに言葉を投げかける。あれ? ボクに気付いていない? 気付くどころか、ボクの事を人間だと思ってる。大丈夫かこいつ?
「この村を攻めるなと魔王直々の命令を出したのに、それに従わなかったのかな?」
魔王の眼で思いっきりガンを飛ばしてやっても、どこ吹く風だ。まあ、瘴気を纏っていないから見た目だけなんだけど、普通気付くと思う、これ。
「あぁ? なんだそりゃ。俺達は目の前の蛆虫どもを潰しに来ただけだ」
全然気付いてない。どういう事だろう? 魔物であればボクと経路が繋がっていて、そこから闇のエネルギーが供給されている。それもあってボクを見れば一目で魔王だって気付く筈なのに、どういう訳か、目の前の豚頭はボクに気付かないらしい。
「魔王様と言えば、親父がなんか言ってなかったか?」
別の豚頭が声をかける。
「なんか言ってたか? 俺ぃらは覚えてねえなァ」
「……待って。今。親父って言った?」
「あ? 何勝手に会話に割り込んできてんだぁ、蛆虫の分際でよォ」
ボクの頭に電撃のような閃きが走った。そうか……こいつらは第一世代の魔物じゃない。おそらく成長の早い彼らの種族は、この一年で既に何世代か交配を重ねて、この地上に"馴染んだ"んだ。
ボクとの繋がりは薄くなるから経路は切れ、エネルギーの供給は受けられなくなっても、エサはいくらでもあっただろうから彼らは生きていけていた。
(ボクは……バカか……!)
そういった彼らの事を把握していなかったのは、ボクの落ち度だ。
一年やそこらでボクとの経路が切れるほど世代を重ねる魔物がいるとは思わなかった。
けれど、もっとちゃんと魔王城に詰めて、命令が行き届いていない事に気付けば、彼らのような存在にも気づけたのかもしれない。
そういう連中に第一世代の指揮官を付ける、といった対策はできたはずだ。それをしなかったのはボクだ。
だけど。
「ねえ。ボクがお前たちのために、どれだけ苦労してるか、わかってる?」
ボク自身のバカさ加減にも腹が立つ。
だからといって、バカな事をしでかした豚頭達には何も思わないのかと言えば……正直、メチャクチャ頭に来ていた。
「ああ?」
「ボクが魔物たちの事を、どれだけ一生懸命考えて、どれだけ頑張って救おうとしてるか、わかってる……?」
ボクの体から瘴気が吹き出す。
そのあまりの濃度に、豚頭たちはようやく誰を怒らせているのか理解したらしいけど……それは、あまりにも遅かった。
「あ……あ……え……!? それは……?」
「お前たちのために。魔王たるボクがどれだけ細い糸を手繰り寄せようとしているか。その努力を、お前たちが今踏みにじった事、わかる……?」
「あ……が……ごぁ……っ」
ボクにふざけた口をきいていた豚頭が、ボクの濃密な瘴気に侵食されて黒く染まり、ぼろぼろと崩れ落ちる。
それを見た他の豚頭達は悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、ボクの瘴気は意思を持った大蛇のように蠢きながら豚頭達を次々に飲み込んでいく。
「お前たちのような悪い子は、お仕置きだよ……もう一回、魂からやりなおしてもらうから」
瘴気の渦が過ぎ去った後には、何も残っていなかった。彼らの魂はボクに呑み込まれ、新たな魔物として産まれ変わる。本来であればボクの手を離れ、世界に定着し始めた闇の子らという存在は喜ばしいものなんだけれど……それが魔物全体を脅かすというのであれば、ボクは容赦しない。
魔物の脅威は去った。しかし、この地は少なからずボクや魔物たちによる瘴気の影響を受けてしまっただろうし、死者の数だって少なくはない。
ぼろ雑巾のように打ち捨てられている守備隊の遺体の中に、ボクに「嫁に来ないか」と言ってくれたトーマス君の姿を見つけて、ボクはいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
「ごめんなさい……」
目を閉じて、彼に詫びる。なんの慰めにも、弔いにもならないのは分かっているけど、そうせずにはいられなかった。
「ねーちゃん……?」
「……っ!?」
その時、聞こえるはずのない声がした。
振り向くと、家に閉じ込めていたはずの少年が木剣を手にして、そこに立っていた。
「な、なあ、ねーちゃん……大丈夫、なのかよ……? それに、さっきの……あれ、なんなんだよ……」
震える声で少年はボクに問いかけてくる。全て、見られていたようだ。
「き、キミは……どうやって、家から出たんだ」
ボクがあの家に施したのは、腐っても魔王の封印だ。さすがに瘴気をふんだんに使った全力の封印には程遠いが、そこいらの人間に破れるものじゃない。
「……ねーちゃんが出てった後、すげーイヤな感じがしたんだ。それで、とにかくここから出たいって思って……そしたら、家の中が真っ白に光って、気がついたら、ドアが開いてたから……」
「そっ……か」
そっか。
少年、キミが、そうだったんだ。
「ねーちゃん……さっきの、何だったんだよ。すげー、イヤな感じがした……それに、さっきの眼、ねーちゃん、ヒトじゃ、ないのか? それに、魔王……って」
「うん、そうだよ。ボクは……魔王。人間の敵の、親玉だ」
ボクはにっこり笑って頷いた。あーあ、何もかも終わってしまった。よりによって光の勇者が住んでいる村を魔物が襲った直後に、魔王バレするなんてね。
人物評価もなにもあったもんじゃない。これまでの努力は、パアだ。
なんだか妙にスッキリした気持ちになってしまったボクは、少年に自分の罪を告白し始めた。
「ごめんね。こんなはずじゃ、なかったんだ。ボクは、こんなつもりじゃなかった」
「ねーちゃん……?」
「ボクは、ただ、みんなに生きていて欲しかっただけなんだ。闇の子らも、この村の人達にも、もちろんキミにも」
そう、ボクは誰かを殺したかった訳じゃない。ボクは闇の勇者だから、光の世界に虐げられ続けた闇の子らを救わなきゃいけなかった。
「ボクは、闇の子らを救う事ができれば良かった。人間を殺したかった訳じゃないんだよ。もし世界の一部をボクらの国と認めてくれて、お互いに戦争をしないって約束をして、その中で暮らしていければ……それで良いじゃないか、って思った」
「ねーちゃん、何言ってるんだよ……!?」
「だけど、キミ達の村のすぐ近くに、もしゴブリンが巣を作ったとしたら……話し合って、お互いに関わらないでいましょう、って取り決めを作ったとしても……キミ達は安心して毎日寝ていられるかい?
もし村の子供が姿を消したら、人間はどう思うだろう? それが人知れず起きた事故だったとしても」
「……」
「だけどね、それはゴブリンから見ても同じなんだよ。ある日ゴブリンが帰ってこなかったら? ゴブリンは弱い魔物だから、他の魔物にやられる事だってあるだろう。けれど、人間の集落の近くで、人知れずゴブリンが減っていったら?
……光の子と闇の子がコインの裏表っていうのは、そういう事なんだ。ボクには、止められない」
少年はうつむいたまま、拳をぎゅっと握りしめて小さく震えている。怒っているのだろうか。彼には、ボクの言い分なんてただの言い訳にしか聞こえないのかもしれない。それでも、ボクは……彼に、話を聞いてもらいたかった。
「それでも、ボクは……ボクの目の届く部分くらいは、どうにかしたかった。確かにこの村に来たのは別の目的もあったけれど、ボクは……この村が、この村のみんなが、好きだった。
世界が闇に飲まれ、ボクたちの世界になったとしても……ボクたちがそうであったように、光の子らは決して絶滅したりはしない。魔物に怯えることにはなるかもしれないけれど、村を守りながら、その中で暮らしていくことはできると思った。
もし、世界が闇の子らのものになったとしても……キミたちには、そうやって生きていって欲しいと、思った」
「……俺、よくわかんねえ」
少年が俯いたまま、絞り出すような声で言う。
「けど、ねーちゃんは、俺らが嫌いじゃなかったんだろ。じゃあ、なんで魔物が、村に来たんだよ」
「それは、ボクのミスなんだ」
「ミス……?」
「ボクは、この村は襲うなと命令してた。他にも、人間たちが最低限生きていくために必要ないくつかの街も。でも、それが守られなかった。
ボクが、ずっと魔王城にいなかったから。この村にずっといたから、ああやって命令を無視する連中がいるのに気づけなかった。だから……守備隊のみんなは死んだ。ボクのせいだ」
「……違うだろ! 命令を無視した奴らが悪いに決まってんだろ!! ねーちゃんは……!」
「違わない!! ボクがみんなを殺したんだよ!! トーマス君だって……あんな風に……こんなボクに、優しくしてくれたのに……」
気がついたら、ボクの眼からはぽろぽろと涙が溢れていた。
「何が魔王だよ……っ、ボクにはなんにもできない……。ヒトを殺す事もできない、助ける事もできない。闇の子らを止めることも、救うこともできない!
なのに消えることだってできないんだ……。ボクがいなくなったら、闇の子らはまた光という絶望に覆われた世界の片隅で、怯えながら永い時間を過ごさなきゃいけなくなるんだ! 結局ボクは、闇の勇者として、光の子らにボクらが受けた仕打ちを押し付けるしかないんだ……!」
「ねーちゃん……」
ひとしきり喚いたら、少しだけ感情が落ち着いてきた。ボクはごしごしと涙をこすりながら、目を瞑る。ボクを真っ直ぐに見つめる瞳を見てしまうと、慰めてくれるんじゃないかって期待してしまうからだ。
ああ、ボクは本当にズルい女だな、こんな時だけ、女らしく見えるような態度を取って同情を誘っている。そんな自己嫌悪で、余計に少年の顔を見ることができない。少年も、ボクの事をさぞかし軽蔑している事だろう。
「キミは……いや、もう馴れ馴れしくキミなんて呼べないな。光の勇者。あなたは、近い将来、ボクを殺すだろうね。ボクではあなたに歯が立たない。あなたが勇者として目覚めた時点で、ボクはもう終わったようなものなんだ。だってあなたは、人間がこのまま魔物に滅ぼされるのを黙って見てたりはしないでしょ?」
「俺……お、俺は……」
「それでいいんだよ。ボクたちだって、同じ理由で立ち上がった。さっきも言ったけど、ボクたちはコインの表と裏なんだ。同時に存在することはできない。あなたが人々を見捨てられないように、ボクも闇の子らを見捨てることはできない。だからボクは、最後まで魔王でいようと思う。敗けるって分かっていても、それがボクの責任だと思うから」
「ま、待ってくれよ! ねーちゃんが魔王で、お、俺がその……勇者だっていうなら、俺とねーちゃんが戦わなきゃ済む話じゃんか! そうしたら、」
「あなたは、人々を裏切るのかな? ヒトと魔物の強さは違いすぎる。放っておけば世界は闇に飲まれるだろうね。今の世界がいい例だよ。ボクはほとんど魔物に指示を出していない。それなのに人間は追い詰められている。それを見過ごすのは……もはや、人間に対する裏切りだ。勇者の加護も失うだろうね」
「……っ」
「……いいんだ。これは分かっていたことなんだから。もしかすると、って思ってはいたんだけどね。……うん、しょうがないよ。それに、どうせ殺されるなら、……キミがいい」
「ねーちゃん……なあ、俺っ……!」
なおも何かを言おうとしている少年――勇者の言葉を遮って、ボクは転移魔法を発動する。瘴気がボクの体を包み、少しずつこの場所から消えていく。
「さよならだ。魔王城で待っているよ」
「ねーちゃん!! 待ってって!! 俺、ねーちゃんの事――」
それ以上は聞きたくなかったから、ボクは転移魔法の完成を加速させてその場から消える。
だって、ボクは彼に酷いことをした。守ることもできず、その上見苦しく言い訳までして、泣いて同情を引くなんて浅ましい真似をして、終いには突き放した。さぞかし嫌われてしまった事だと思う。
逃げ出したのは、大好きだった少年から――罵られるのだけは、耐えられないと思ったから。
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「よく来たね。一応挨拶しておこう。ボクが魔王だ」
「ああ。……あれから、一年も経つのか」
「そうだね。ボクは待ってたんだよ、あなたがここに現れることを」
「ねーちゃんは変わらないな」
「あなたは見違えたね。背もすごく伸びた」
魔王の間。本来ならば人間がここまで来ることの出来ない、城の地下深くに存在する玉座の前に、彼――光の勇者――は立っていた。
「まさか、半年ちょっとでドラゴンを倒すとは」
「大変だったんだよ、ホント。伝説の盾がなきゃあと100回は余計にくたばってた」
「何回死んでるんだ、あなたは……」
「わかんね。途中から数えるのやめた。聖霊様も、途中からなんか雑になってたよ」
「まったく……」
彼がここに居るということは、地上を任せた部下や、要所を固めた幹部達は全員やられてしまったという事。それなのに彼は疲れた様子も見せない。鎧も汚れておらず、それは彼が相当な実力を身に着け、一方的に幹部たちを屠った事を示している。
彼の活躍で重要な拠点をことごとく奪われ、人間が領土を盛り返してきているのも頷ける。
幹部連中でこの有様なのだから、普通の魔物達が束になっても彼に傷一つつけられないのは間違いない。
そして……ボクでは彼に勝てない事も、はっきりと分かる。
「ねえ、あなたはここに来るまでに、何を見てきたのかな?」
「色々だよ。見たことのない動物もいたし、人に騙されたりもした。すっげえ綺麗な景色も見たし、地獄みたいな光景も目にしたよ」
「そう」
「自分で聞いといて興味なしかよー……」
「そんな事ない。立派になったな、って思っただけ」
「……ああ」
一年足らずだったけれど、弟のように面倒を見た少年。彼は今や立派な勇者となって、魔王であるボクの前に堂々と立っている。
そう、彼は立派な勇者だ。情に流されること無く、自らの使命を果たすだろう。すなわち、ボクを殺すだろう……という事。
「さて、始めようか。でもその前に、一応聞いておきたい事があるんだ」
「何だ?」
息を吸う。吐く。整える。
まさか、人生――今は人ではないけれど――で、この台詞を真面目に言うことになるとは思わなかった。
なんかもう、どうでもいいや、という諦めもあり、妙なテンションになる。これを言って死ねるのは、もしかしたら幸せな事なのかもしれない。ゲーマー冥利に尽きるのでは、とか思ってみたり。
おっと、彼がボクの言葉を待っている。さあ、言ってやるぞ。
「もし、ボクの味方になってくれたら、世界の半分をキミにあげよう。
どうだろう、ボクの味方にならないかな?」
言った。
言ってやった。
ああ、なんかもう満足だ。これでボクは死ぬけれど、まあ……これでいい。
「断る」
ああ、そうだ。キミは立派な勇者だから、それでいい。
ボクは闇の子らを救えなかった。ボクの中の「魔王」に詫びる。けれど、ボクは頑張ったよ? 99%無理ゲーだった中、最後の1%を手繰り寄せるべく、セーブもロードもない中で結構いいところまで行ったと思う。
死ぬのは怖いけれど、ボクは日本で一度、死んでいる。この世界は死の間際に見た夢のようなものだ。
(うん。楽しかったな……)
ゲームには負けたけれど。
勇者が成長していくのを見る事ができた。
魔法を使うこともできた。
沢山の魔物たちと触れ合うことができた。
そして、「あの台詞」も言うことが出来た。
「共に支配者になる気はない、か。そっか。分かった」
ゆらり、と玉座から立ち上がる。
竜の錫杖を構えて、彼に向ける。
さあ、最後の口上を述べよう。ラスボスらしく、カッコよく、堂々と――
「ボクを魔王と知りながら抗うか、人間め。その愚かさ、その身をもって思い知るが良――」
「あー、ねーちゃん、ちょっと待った。ストップ。」
「え?」
止められた。ボクの決め台詞が……。
「なんだよ。ボクの最後の台詞なんだよ、邪魔しないで」
「最後ってなんだよ、いいからちょっとまって俺の話聞いてよ」
ボクの決め台詞を遮ってまでする話なんだろうか。しょうもない話だったら、ひっぱたいてやろうと決めてボクは黙る。
「あー……なんだ。ねーちゃんの仲間にはならない」
「うん、だから、その愚かさを思い知」
「待てって。違うんだよ。その、俺さ、こないだ誕生日だったんだ」
「え、そうなんだ。おめでとう」
ぱちぱちぱち。拍手で祝う。
そうか、もうそんな時期なんだ。最近はやる気も出なくて、ずっと城の地下に引き篭っていたから分からなかった。
「そんで、さ……俺、15になったんだよ。成人した」
「そうか、そうだね。立派になったから、奥さんや旦那さんも喜んでいるよ」
「ねーちゃんは?」
「そうだね、ボクも嬉しいよ」
「そっか……」
ポリポリ頭を掻くのは、彼が照れている時の癖だ。そういう所は、少年の頃からちっとも変わらないな。
「なあ、ねーちゃん……ねーちゃんは、昔の約束、覚えてる?」
「約束? 何だったかな……?」
何だろう。何か約束していたかな。
記憶を浚うも、心当たりがないので首を傾げるほかない。
「あれだよ、ほら……何だよ、覚えてねーのかよ! 俺言ったじゃん! 俺が大人になった時にねーちゃんが行き遅れてたら貰ってやるって!」
「ああ、そういえばそんな事が……へ?」
そういえばそんな事もあった。
けど、彼は何故、今急にそんな事を言いだしたんだろう?
ハテナマークを大量に浮かべるボクに、彼はしびれを切らしたかのように叫んだ。
「だから、仲間とかそんなんじゃなくて、ねーちゃんを嫁に貰うって言ってんだよ! ついでに世界の半分も貰うからな!」
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「魔王と勇者は、世界を半分ずつに分け、魔物と人間がそれぞれ暮らしていけるような世界を作りました。」
「長い時が過ぎ、次第に人間と魔物が打ち解けた頃、世界は再び一つに戻りました。その世界では、人と魔物が仲良く暮らしていました。」
「あなたは世界だけではなく、魔物や、魔王までも救った本物の救世主です!」
(「ナイト&ドラゴンストーリー」攻略サイト 隠しエンディングの項目より引用)
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お読み頂き、ありがとうございました。