交換小説
終電過ぎにしては、中央線のホームは賑やかであった。電車を逃したであろうサラリーマンが人目を憚らずタバコをふかし、茶髪でショートカットのOLがおそらく恋人であろう相手に電話をしている。俺はそれをぼんやりとした視界で見上げている。時刻は1:00をちょうど回った。ホームの床は真夏の暑さの中で気持ちのいい冷たさを与えてくれる。駅員が近づいてくるが、起き上がれそうにはない。
今日が人生で最悪な日であることは間違いないだろう。「ごめんなさい」と短く告げられた時の俺の顔は、口をあんぐりとあげたムンクの『叫び』さながらであった。冴子には学生時代から想いを寄せていた。大学を卒業すると同時に疎遠になってしまったのだが、先日、元サークルの飲み会で再会した。2年ぶりにあった彼女は女学生の頃となに1つ変わらぬ笑顔を俺に向けてくれた。今思ってみると、それは誰に対しても向けられる笑顔であったのだろう。なにしろ、彼女はサークルきっての看板女優であったのだから。
学生時代の俺は、それはもう筆舌に尽くしがたい演劇オタクだった。白、黒、赤あらゆるテントを回っては、勉強などそっちのけで観劇に耽った。
そんなことで俺は友人もあまり多い方ではなかった。
そんな時、学園祭でふと演劇サークルに立ち寄ってみた。所詮は学生の戯れと敬遠していた俺だが、学生特有の退屈が俺に気まぐれを与えた。
間接照明のかすかな明かり以外見えない箱の中に突然スポットライトが刺す。そこに彼女が立っていた。
「お客さん!もう困りますよ!」
俺は不意に肩を担がれひとときの郷愁から引き戻された。
「はは、す、すいません」
俺はなんとか自分の足で立ち上がる。
「もう西口は通り抜けできませんから、東口から出てくださいね。」
駅員は、俺にそう言うと早足で去っていった。
駅から出るとすぐにタクシーを拾った。目的地を伝えた俺の意識はそこで途切れた。