フォックス、勝利感に酔う
「ロカカっ! やめなさいっ! ロカカ!」
シルヴァンシャーは、ロカカを背後から追いかけるなり、むんずとその襟元を引っ張った。
「なにをする! アイリが、アイリが殺されるんだぞ!」
血走った目でロカカがわめくと、シルヴァンシャーは強い圧力を感じさせる目で、かれの肩に手を置いた。
「よく注意して聞きなさい」
シルヴァンシャーは、青い眸をじっとこらし、ロカカを見つめ続けている。
「なにか、忘れていることがあるでしょう」
「な、なにを?」
ロカカは、シルヴァンシャーのすさまじい力に圧倒されながら、少し口ごもりかけていた。なんとかしてその握力から逃れようとするのだが、どうすることもできない。アイリは、自分の服に星虫が貼りつくのを感じた。なにやってるのよ、とアイリは思った。水鉄砲よ! あれを使って、星虫をやっつけて!
しかしフォックスがそばにいるので、その究極の兵器についてヒントを出すことはできなかった。へたをしたらアイツに水鉄砲を、とられてしまうかもしれない。
アイリは身をくねらせて、必死で星虫を払いのけようとしている。手で触れたら噛みつかれるので、服を脱ぎ始めていた。
フォックスが、ごくりと唾を飲み込む音がした。
―――スケベ!
身体中が火のように熱くなってきた。白い素肌があらわになるにつれ、ロカカのほうまでが目を丸くして、凍りついたようにこちらを見ているのである。
「ロカカの、バカ! その手の中のものは、飾りなの!?」
アイリは叫んだ。ロカカは、ハッと我に返って手の中のものに気づいた。
水鉄砲。
フォックスが、ほほお、と口をゆがめた。
「考えるのです! フォックスが、なぜ、星虫の影響を受けていないのかを! ニッカ村で、おばばからなにか、聞かされたことはないんですか?!」
シルヴァンシャーが、切迫した声で言った。
おばばから聞かされたこと……?
ロカカは、水鉄砲を見つめた。初めて見るのに、初めてではない感触。操作のしかたもわからないのに、なぜか手に馴染んでいるその究極の兵器を。
かれは、おもむろにシルヴァンシャーに問いかけた。
「この武器の、噴射法を教えてくれ!」
アイリは、自分のからだに貼りついてくる昆虫を、恐怖の目で見つめている。血を吸われ、肉を食われて殺されるのも、時間の問題だ……。
フォックスは、星虫の入った袋をたたきつけて、くっくっくと笑っている。
「ムダムダ! こいつらは、特殊な香油が嫌いなんだ。おまえらは、その香油を持っていないだろう。おれさまがおまえらの代わりに勇者になってやるから、あきらめるんだな!」
ロカカは、アイリに水鉄砲を向けた。
「ちょっと、なにするの……?」
真っ青になったアイリに向けて、ロカカは自分の短剣の柄についているなにかを取り出し、それを鉄砲に詰め込むと、アイリめがけてぶっ放した。
どひゃー!
水鉄砲から、大きな液体状のものが噴射された。それがアイリの身体につくと、星虫は面白いようにコロコロと倒れ、死んでいった。
「シルヴァンシャー、ありがとう」
ロカカは、息を切らし、胸を弾ませて言った。
「おかげでアイリが助かった」
「な……、どういうことだ?!」
フォックスは、星虫の入っていた袋をひっくり返して、さらに攻撃しようとしたが、その袋めがけて水鉄砲が噴射されると、星虫は全滅してしまっていた。
この世を滅ぼす恐ろしい虫までも、この究極の兵器は滅ぼしてしまう!
アイリは、身を震わせた。そんな恐ろしい武器を扱う自信は、アイリにはない。しかしロカカは平然としている。
「この短剣の柄のなかには、虫が嫌う薬草がはいってる」
ロカカは、説明した。
「おばばが、万が一の時に使えと言ってくれたんだ。フォックス、おまえの陰謀は潰えたぞ」
フォックスは、剣を振りかざした。
「おまえごときが、偉そうなんだよ!」
ぴしゃり。
剣がフォックスの手元から飛んでいった。魔物のギャオスが、石を投げつけたのである。
ギャオスに感謝の眼を向けると、アイリは、再び衣装を着ながら、
「遅いわよ」
文句を言いつつ、一行に合流した。
「これでもやれるだけのことは、やったつもりだけどな」
ロカカは、カッコつけている。
フォックスは、馬の上で唇を噛んでいた。多勢に無勢、しかも相手は究極の兵器を持っている。認めたくはないが、相手のほうが有利である。
憎い。
フォックスは、ロカカを殺しそうな目つきでにらみつけている。
「おまえさえ、いなければ、自分が勇者だったのだ」
かれは、叫んだ。
「おれこそは勇者になるべくして、生まれてきたのだ!」
ロカカをやたらと敵視しているのは、べつにアイリちゃんを奪われたからではない。けっしてない。と、フォックスは自分に言い聞かせている。女がなんだってんだ。気分屋で、明るくて、頭がいい子だからって、旅に向いてるとは限らない。ロカカにくっついてるから気にくわないわけじゃない。アイリが振り向いてくれないから、ロカカが気に入らないわけじゃないんだ。
アイリは、ロカカの背後にまわって、用心深い目でフォックスを見つめた。たしかにフォックスとは、むかし仲良く話をしたこともある。いっしょにおばばのところで遊んだこともある。しかし、自分を殺そうとするなんて、信じられない。
いつも守ってくれるロカカとは、大違いだ。
「フォックスなんて、だいきらい!」
アイリは、吐き捨てるように言った。
ロカカは、思わずまともにアイリを見つめた。穴だらけの黒ローブを着たアイリは、みょうに色気がある。たしかに、命の危機に直面させられて、だいきらいにもなるだろう。だが、泥棒にも三分の理、向こうにだって言い分はあるはずだ。
「あんまり言ってやるなよ。カドは立てない方がいいと思うよ?」
ロカカがおだやかに言うと、アイリは、キッとにらみつけた。
「なによ。あたしが死にかけたのに、そんなことしか言えないの?」
「いや、そうじゃねーけどさぁ」
「あなた、ほんとはあたしが足手まといだと思ってるんでしょう。水鉄砲も手に入ったし、あたしの出る幕なんてないもんね。そうよ、あたしなんていないほうがいいのよ。ロカカもフォックスも、おなじぐらいきらいだわ!」
激しい口論になってきた。フォックスは、目を丸くしているし、シルヴァンシャーはお手上げの格好だ。ギャオスは二人のあいだに割って入り、
「まあまあ、同じ魔王を倒す仲間どうし、争っても相手が喜ぶだけですよ。ここはひとつ、魔王を倒すまでは、手を組む、ということで」
フォックスの顔が、醜くゆがんだ。
「おまえらと、手を組む理由などない!」
言うなり、彼は馬を駆ると、マーリ村めがけて走り始めた。
「……バカねえ。マーリ村の転送魔法は、真の勇者にのみ働くのに……」
シルヴァンシャーは、つぶやいた。
「それにしても、魔王は焦ってるのね。つぎつぎと、おそろしい武器を繰り出してくる。はやく魔王を封じなければ、全力で来られたら、わたくしたちも全滅してしまうかもしれない」
「―――この水鉄砲さえあれば、そんなことにはならないさ!」
ロカカは、脳天気に叫んだ。
アイリは、ひそかに考えた。
魔法大戦で使われた爆裂魔法―――。あれが、もし、魔王側にわたっていたら?
たかが鉄砲で、対抗できるのだろうか?
そして、なぜ、神が魔物として魔法大全に登録されているのか。
さまざまな 魔物が、この世界に存在する理由はなにか?
シルヴァンシャーに聞いてみたい気もしたが、あの駄女神では、まともな答えが返ってくるとは思えなかった。
こうしてマーリ村にたどりついた一行は、フォックスが神殿の扉をガンガン叩いているところに出くわした。
「開けろ! おれは勇者だぞ! おれを拒否することは、世界が滅びることだぞ!」
そんなふうに言っている。
むしろ、フォックスが諸悪の根源のように、アイリには思えるのだが、ロカカはそうは思わなかったようだ。気の毒そうな表情で、
「かわいそうに、自分が選ばれなかったのがよほどショックだったんだな」
なんて言っている。ノンキなのもほどがある。ロカカなんて、だいきらいだ。
でも、相手の立場を考えられるロカカって、意外と器がでかいのかも。
いえいえ、あの脳天気な根性論男が、そんなスキルを持っているはずがないんだわ。相手の言うことをいちいち聞いていたら、倒されちゃうんだから。
―――ギャオスは、味方についてくれたっけ。
相手の意見を認めることで、味方が増えたのも事実であった。もちろん勘違いや煙幕も入っているが、彼自身が大きな人物でなければ、ギャオスだってそんなに簡単にだまされたりしなかっただろう。
いまも、ロカカはフォックスに、いろいろなことばを投げて、慰めを与えている。おまえの無念はわかるが、神さまのやることは人間にはわからないんだとか、魔物を倒せる水鉄砲を使えるのは自分だけなんだから、あきらめろとか。
フォックスは、憎々しい目でそれを聞いている。言いくるめられるものか、という構えをみせてはいるが、事実、自分が神殿に入れないのは認めざるをえない。もし、ロカカをいま、殺して水鉄砲をうばっても、神殿には入れないだろう。自分が選ばれていないことを、フォックスは実感しつつあった。
それはそれでさびしいが、一方で、ロカカのことばの端々に見受けられる思いやりを感じ、ちょっとばかり、胸が痛くなってくるフォックスである。
自分のことばかり、考えてきた。
しかし、ロカカは、世界のことを考えている。
だからこそ、魔王を退治しようとがんばってるのだ。
自分の小ささを感じて、急に恥ずかしくなってきた。
「わーったよ! あんたは選ばれてる。おれは違う。どうしてそうなのかはわからんが、世の中には運のいいやつわるいやつっているもんな。おれは、勇者をあきらめるよ。その代わり、必ず魔王を倒してくれ!」
フォックスは、負けを認めて神殿の扉を譲った。
ロカカがそれに触れると、ぎいっと扉が開いた。
「アイリ、ギャオス、シルヴァンシャー。行こう」
ロカカは、背後を振り返って言った。
神殿のなかに消えていく一行を眺めながら、フォックスは長いため息をついた。
選ばれなかったのは残念だが、ロカカなら、魔王と対決するに値する人間的な器があるような気がする。
根性論男で、舌先三寸のバカ男のくせに、優しくて、思いやりのあるところもあるロカカ。
「―――おれとは大違いだ」
フォックスは、背を向けた。
そして、馬に乗ると、ニック村へと向かって行った。
故郷で、おばばに、勝手に星虫を持ち出したことを、謝罪しなければならない。
どんな罰も受けるつもりだった。
神殿では、シルヴァンシャーを見た神官が、
「これはこれは、異世界管理神さま。このようなむさ苦しいところへ、よくまいられました」
と、一礼した。
「挨拶はいいから、早く魔王と対決しましょう」
シルヴァンシャーが言うと、神官は、ギャオスをチラ見して、
「コイツも連れて行くんですか?」
と、問いかけた。
「ダメなの?」
シルヴァンシャーは、少しショックを受けたようだった。一人でも味方が欲しいところなのに、拒否されたら戦力がそがれる。
「いいんですよ。どうせおいらは魔族だから」
ギャオスは、少しさびしそうだ。
「いざとなったら、裏切るかもしれませんよ?」
神官は、疑い深そうだ。ロカカは、さっと顔色を変えた。いままでいろんな経験を積んできて、ギャオスがどんなに頼れるか、実感していたからである。
「裏切る? 根拠はなんだ? ことと次第によっては……」
短剣に手をかけるロカカを制して、シルヴァンシャーが、神官に言った。
「このギャオスは、魔族の中でも聖化され、選ばれた存在なのです。その証拠に、この転送魔法の間に入れたでしょう? フォックスとは、違うんですから」
「まあ、それは一理ありますな」
神官は、仕方なさそうにうなずいた。
「どうなっても、知りませんからね? では、魔王の城へと、転送させていただきます」
一同は、魔方陣の中に入った。ぎゅんぎゅんと、音が響き渡り、魔方陣が光る。
「転送!」神官は、叫んだ。