星の虫が降る地にて
青息吐息のつづきです。設定力と説得力がないのがつらいTT
さて、なんとか闇のシジマ使いを倒したロカカたちでしたが、そんな一行を半分うらやみ、半分やっかむフォックスが後を追いかけてきます。ギャオス、どんどん主役を食ってる気がする……
○星の虫が降る地にて
冒険者フォックスは、馬を駆っていた。
危険が迫っているという報せは、すでにニッカ村に来ていた。どうやって報告が来たかというと、おばばにシルヴァンシャーが魔具の魔法の手鏡で報せたのである。こういうとき、神というのは都合がいいものだなと冒険者フォックスは思っていた。
闇のシジマ使いが、現れた。
いま、勇者ロカカと魔法使いのアイリが戦っている。
しかも、魔族のギャオスまで味方につけてしまった。
シジマ使いを倒すのは時間の問題だが、念のために防御の魔法を強化してほしい。
手っ取り早くいえば、それだけの報告だが、おばばはすぐに対応した。
防御の魔法ぐらいは、賢者でも使えるのである。でなければ、魔物のいる森の近くの村に住むわけがない。これでも村では必要な人材だと自負している。
おばばが計算を間違えたのは、村人がぜんいん温和しくしているわけではない、と言うことであった。つまり、フォックスがロカカたちのあとを追うとは思わなかったことである。
フォックスは、短い青い髪の少年で、目は鋭く、冒険者によくあるチュニックと短パンをはいている。弓矢の扱いは超一流。あの魔物の森に住む森の民であるエルフでさえ、一目を置いている。彼にとってロカカの評判は、聞けば聞くほど悔しいものであった。
村人たちは、ロカカの根性とアイリの勇気を讃えて、こんなふうに噂していたのである。
「すげーよなー。さすが元勇者の息子だけはある。魔族を味方にするなんて、考えたこともなかったべ」
「んだんだ。もともと、言いくるめはあいつの才能だで、そういうこともあるとは思う撮ったけど、ギャオスってなんだべかな。名前からして、強そうだども」
「ロカカなら、いろんな魔族とチームを組んで、魔王を倒してくれるだ。あの恐ろしい魔法大戦からこっち、ろくに作物が育たなかったし、育っても魔物に喰われたでなー。今度こそ、ヤツを倒して、畑の作物を、魔物に喰われないようにしてもらいたいもんだて」
ロカカに期待するところは、大きい。
だが、フォックスは、そんな噂を聞けば聞くほど、あんななよなよした、根性論だけの、口先ばかりの子供が、なぜ自分よりも尊重されるのかと思って、奥歯をぎりぎり言わせていたのである。
魔物がマーリ村への道に現れたのなら。
ロカカより先に、倒せばいい。
俺こそ本物だと、皆に認めてもらうのだ。
というわけで、シルヴァンシャーに盗まれ、現地の魔物の手から逃れてきた馬を取り戻して、フォックスは、後を追って走っているというわけである。
馬の方も心得たもので、おびえたりたじろいだりしていない。
魔物から逃げたのも、単にご主人さまのところへ戻ってきただけのこと、ご主人さまは激しい戦闘のあとは砂糖をくれる。
そんなご褒美がほしいだけのことだった。
馬はさほど頭はよくないが、ご主人さまが通常の魔物よりずっと強いぐらいのことは理解しているのである。
馬は、ひたすら、マーリ村へ駆けていく。
ロカカに追いつくのも、時間の問題であった。
ひょろひょろ、と火の玉が出尽くされると、ロカカは、がっくりと膝を落とした。
「うわー。つかれた……」
すでに敵は、ぷすぷすと燃え尽きており、灰すらも残っていない。残っているのは、焼け焦げたあとと影だけだ。
「すげー武器だな。これ」
水鉄砲を眺め、感想をひとこと語るロカカ。
「なんだか怖い」
アイリは、少し怯えている。ムリもない。初歩魔法しか使えない彼女にとって、この究極の兵器は、ドラゴンをも倒しかねない、とんでもない武器だからだ。なんでもできるとなったら、ひとは増長して、欲望のままに突っ走りかねない。
―――いいかい、アイリ。
おばばの警告が、脳裏をかすめる。
―――七十年前の魔法大戦で使われた爆裂魔法は、世界を変えてしまった。その魔法を封印し、禁止し、知識を消去するために、われわれ賢者がどんな犠牲を払ったか……。安易に魔法を使ってはならないよ。
もしかしたら、この水鉄砲も、爆裂魔法と関係があるのだろうか。禁止され、封印され、知識を消去された武器と、なにか関係があるのだろうか。
あるいは―――。
魔族を研究し、その生態を報告させるという、魔法大学の試験科目と、なにか関係があるのだろうか。
アイリは、いままで考えもしなかったことを考え始めていた。
魔王が最初に現れたのは、わずか百年前だと聞いている。その対処に魔法使いたちは追われ、魔法で対抗し、その強大な力の前に屈して倒れた。
七十年前、コンビの勇者と魔法使いが現れて、魔王を封印したのだと聞いていた。そのころの話は恐怖の魔物たちの強襲や、それに対抗するための爆裂魔法など、わずかに生き残った人々から聞かされて知っている。村の長老の昔話(年に一度の祭りには、必ずこれを聞かされて、子どもたちはうんざりしていた)にも、その話があった。
もし、ここになにか、重要な、人間側に知らされていない真実が隠されているとしたら―――?
もし、ここに、見落とした事実があるのなら、魔王を倒すどころか、こっちがやられかねない。情報が不足するということは、即死を意味するのじゃぞ、とおばばがこわいかおで言っていた。アイリはゾクッとして、身体が総毛だつのを感じた。
自分はどうなっても、ロカカは助けなければ。
脳天気で、根性論と口先ばかりで生きてきたロカカ。いま、かれは強大な力を手に入れている。誤って使えば、世界を滅ぼしかねない恐るべき力を。
魔王を倒すアイテム。
なぜ、いま、ここで渡されるのだろう。
シルヴァンシャーをチラ見した。美しく、神聖で、たおやかで、ちょっと駄女神なところがお茶目で。
胸がムカムカしてきた。
あんなアイテムでロカカの気を引こうなんて、神さまのやることじゃないわ。ロカカもロカカよ。ちょっと敵を倒しただけで威張っちゃって。
アイリは、お姫さまだっこをしてくれていた(そしていまは水鉄砲を眺めて感心しきっている)ロカカに目をやった。
焦げ臭い、厭な匂い。水鉄砲からも、漂っている。
「早くここを出ましょうや」
ギャオスは、二人のあいだの微妙な心模様も知らず、のんきな口調で話しかけてきた。
「マーリ村では、転送魔法が使える神殿があります。そこから魔王の城へと、転送させていただきましょう」
シルヴァンシャーは、先に立って歩き始めた。
ギャオスは、ヘコヘコと両手の目を細め、卑屈な調子でシルヴァンシャーに、
「マーリ村で、ご紹介をしていただだけませんかねえ? おれは味方で、魔王にひと泡吹かせるためにこの旅に参加したって」
「―――なぜわたくしが、そのようなことをせねばならないのですか?」
心底ふしぎそうに、シルヴァンシャーは訊ね返した。
「あなたが、自分で選んだことでしょう。わたくしが強制したわけじゃ、ありませんことよ?」
がーん。
目の前が真っ暗になった。
神さまの後押しがあれば、今後の旅は楽になると思っていたのに、これではあんまりではないか。自分の助力があったからこそ、闇のシジマ使いを倒すことだって出来たはずである。
「まあまあ、シルヴァンシャー。そんなこと言わないで」
ロカカは、そつなく割り込んできた。
「コイツがいたから、敵がどんなヤツかわかったし、対処の仕方もわかったんじゃないか。コイツだってなかなかの戦力だぜ」
ロカカは、ギャオスにウインクしてみせた。
栄えある勇者に認められた!
ギャオスは、ふつふつと感動が心の中から湧いて出てくるのを感じた。
勇気があり、強くて、弁がたち、なにより思いやりがある!
なんてロカカは素晴らしい勇者なのだろう!
それにひきかえ、シルヴァンシャーのダメってどうよ?
水鉄砲を持ってきたぐらいでえばってさ。
それ以外に、なにが出来るって言うんだよ!
とか思ったけれど、神さま相手にそれを言うと、天罰が怖い。
「ロカカの言うとおりだわ。シルヴァンシャーさま、ギャオスは大切な仲間です。あまり邪険にしないでください」
アイリは、そう言いながら、自分の魔物大全集の『神』の項目に、シルヴァンシャーを記している。(なぜ、神が魔物? とアイリはふと、疑問に思ったが、すべての答えは魔法大学にあると考え、ひとまず疑問は置いてメモだけはとっている)。
シルヴァンシャーは、ちょっとヘコんだようだったが、
「まあ! 多数決になっちゃったわね。仕方ないわ、じゃ、早くマーリ村へと向かいましょう」
ということになり、一行は森の中をテクテクとマーリ村へ歩き出していた。
先ほどまでの薄気味悪い空気は、まるで幻のように消え失せており、太陽の光が森のなかにまで差し込んできていた。シカやウサギの姿が見える。
「かわいい!」
アイリは、悶絶モードだが、ギャオスは油断していない。ここはまだ、魔の森であり、魔王の手は、いつ伸びてくるかわかったものではないからだ。
「気をつけてくださいね。シカやウサギに見えても、幻覚ってこともあるんですから」
ギャオスは、顔を厳しく引き攣らせ、強い目でそう言った。
ぱっかぱっかぱっかぱっか。
馬の蹄の音がしてきた。
だれだろう。ロカカは振り返った。馬の上には、青い髪のチュニック姿の少年で、目はぎらぎらと輝いている。
「あら、フォックス」
アイリは、気軽に呼びかけた。同じ村の人間なのだから、当然お互いを知っている。ロカカよりも親しげで、しかもちょっとばかり、口元がほほえんでいる。
ロカカは、胸のところが、もやもやしてきた。
どうしてだろう? アイリなんて、そこらの女の子と変わらない。もちろん魔法使いってことは違う。研究熱心だし、頭もいい。でも、ふつうの女の子だ。それが、あんなちょっとイカれたような少年に、気安く声をかけるなんて。
一方で、ギャオスも、胸のところが、もやもやしていた。さきほどシルヴァンシャーに、仲間じゃないみたいな言われ方をして、やはり魔物は理解されないのだろうか、いや、勇者さまや魔法使いさまは理解してくださっていると、葛藤していたのである。そこへ、新しい仲間みたいなのが現れた。
―――自分は、用済みになるのでは?
その恐怖に、ギャオスはぶるっと身を震わせた。
魔物たちを裏切り、バカにした連中を見返してやるつもりだったのだが、そういうバカなことを考える魔物は、自分しかいないのだろうか。
魔王を倒せば、いじめられている小さな弱い魔物たちも、解放される。
だいいち、恐ろしい魔王にヘコヘコしなくてもよくなる。
やさしい、思いやりのある、りっぱな人間たちと仲間になって、いっしょに畑を耕すなんてことは、夢なのだろうか。
フォックスは、馬から下りた。
腰に、なにか袋のような物をつけている。
青い光が、ちかちかと光っていた。
「や、ロカカ。きみにお土産を持ってきたよ」
フォックスは、親切そうな口調で袋を差し出した。
「星虫だ」
「―――なに!」
アイリは、悲鳴を上げ、ロカカは絶叫し、ギャオスはぐるるるるる……と喉を鳴らした。ひとりシルヴァンシャーだけは、
「ああ、あの禁じられた魔法の虫ね」
と、平然としているのであった。
アイリは、シルヴァンシャーの白い顔を見上げて思った。
―――さすが神さま。恐ろしいってことを知らないのね。
ある意味、闇のシジマ使いよりも恐ろしい虫。
恐怖を食らうのがシジマ使いなら、人間そのものに寄生して食らうのが星虫。
おおぜいで集まり、一度からだについたら離れず、どんな毒も薬も治療も効かない。
星虫は、おばばが管理し、禁じられた魔法の書とともに、どこかに隠してあったはずである。
―――この虫を使うときは……。
おばばは、少し悲しげに言った。
―――世界が終わるときだろうね……。
そんな虫を、なぜ、どこから、フォックスは手に入れたのか。
フォックスは、にたりにたりと笑いながら、袋を開ける。
「おまえたちには、死んでもらう。その代わり、おれが勇者になるのさ!」
ふうわりと、虫が袋から飛び出してきた。
そして、まっしぐらに、アイリのほうへ。
「やめろぉぉぉぉ!」
ロカカは、後先も考えずに駆け出した。