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合流?!

      ○合流……?!


 マーリ村への道は、険しくて遠かった。

 ごつごつした木の根が道をふさぐと、体力のないアイリは、とうとう音を上げてその場にうずくまってしまった。

「ロカカぁ……、もう歩けない~」

 アイリは、情けない声を上げた。

 ムリもない。村で魔法の訓練ばかりしてきたアイリである。ロカカと違って、筋トレなど一切やっていない。

 ロカカの方は平気の平左であった。だてに父にしごかれたわけではない。重い岩を持ちあげさせられたり、朝から晩までランニングをさせられたり、ありとあらゆる訓練を受けてきた。

 だから、アイリの弱音は、まったく理解できなかった。

「何を情けないことを言っている! 人間、根性だ!」

 ロカカは、きっぱりはっきり言い切った。言い切りすぎた、かもしれなかった。

 アイリは、へたりこんだ地面から、うらめしそうな目をぎぬろっと見上げた。

 人が殺せそうな視線を浴びても、ロカカは平然と、ぐぬぬっと立っていた。

「わたし、根性論ってだいっきらいなの! なんでも根性で済んだら、勇者なんていらないわよ!」

 アイリは、視線を強くした。ギャオスは、その視線に震え上がった。常人なら、十回は死んでそうなその視線を浴びても、ロカカはまったくスルーである。

「おまえにだって、根性はあるだろう。魔法使いになるために、必死に努力したんじゃないのか?」

「したわよ!」

 売り言葉に買い言葉で、アイリは即答した。

「魔法を覚えるために、魔法書を書き写して暗記して、魔法の神ハオイーにも捧げ物を忘れてなかったわ! でもね、魔法使いと勇者は違うの。体力も気力もやる気もないの。もう、帰りたいの!」

 ヒステリックにわめいた彼女を、ギャオスがおずおずとなだめてみせる。

「おじょうちゃん、そんなにいきり立つことないっすよ。魔物だって、体力ないんです。この暑さでしょ、熱中症でダウンする魔物も、結構いるんですよね」

 慰めになってない。アイリは、すっくと立ち上がった。どこにそんなパワーがあったのだろうか。怒りのあまり、火事場の馬鹿力めいたパワーを持っているのだろうか。

「わたし、帰るわ。魔王なんて勇者ひとりがいれば、じゅうぶんでしょ! わたしなんかいなくたって、魔物退治はギャオスがしてくれるし!」

「あわわわ」

 ギャオスは、いきなり振られて泡を食った。

「困りますですよ、同じ仲間を倒していたら、裏切りものとして追われることになってしまいます!」

「でも、あなたは魔王を倒したいんでしょ!」

 アイリは、きんきん叫ぶ。

「おなかが減ったから、困ってるって言ったなじゃいの」

「困ります、けど……」

 ギャオスは、疑いの眼差しを向けてきた。

「あなたたちが強いって、ほんとですか?」

 それというのも、獲物を獲るとき、ギャオスがいつも活躍していたからである。イノシシを倒したときなど、

「いやー、さすが魔物一族のベテランだね! どの道へ行くにも、見るべく、聞くべく、感ずべく獲物があるっていうけど、ベテランにかかったらイチコロだね!」

 と、例によって舌先三寸で倒した獲物の分け前にあずかっていたからだ。自分では倒さないのだから、あやしみたくもなってくる。

「ほんとうの勇者というのは、いざというときのために実力を隠しておくものだよ、ギャオスくん」

 上から目線。背中をそっくらせ、目をすがめ、得意そうな目でそんなことを語るロカカ。

 ギャオスは、なんとなく釈然としていないようだったが、

「まあ、人間には人間の基準があるんでしょうね」

 お人好しなのである。納得している。いいのか、とアイリは思ったが、ロカカはかかか、と笑っている。

 そのとき、ギャオスは、なにか異様な空気を感じ取った。

 ぴりぴりと、光が輝き渡る。

 神聖さが増してくる。

 ぱかっぱかっぱぱかっ、と馬の蹄の音と共に、現れたのはヒシャブ姿の女性であった。

「おお、そこな旅人! 勇者と魔法使いを知らぬか!」

 時代がかかった言葉遣いをしているのは、自分が女神であることを主張したいからである。ギャオスは、二、三歩退いた。その女神から発せられる「善」の波動は、ギャオスには痛みをともなう波動なのである。それはそうだ。かれは魔物で魔王に属するもの。女神とは正反対の波長のもとで暮らしてきたのだから。

 しかしギャオスは、勇気を振り絞った。この、見知らぬ存在から、勇者を守らねばならない。きっとこいつは魔王の手先で、疾風のようにふたりをなぎたおし、殺すつもりに違いない。この神聖さは魔王独特の、カモフラージュなのだ!

 基本、バカでお人好しのギャオスは、ロカカがぽかんと立ち尽くしている前に進み出ると、

「わたしが勇者ギャオスです。あなたはいったい、だれですか?」

 女神は、馬から下りると、ひらひらヒシャブをひらめかせながら、異世界管理神としての名乗りをあげようとした。

「わたくしは、この世界の管理神シルヴァ……」

 言いかけたとき、ロカカが彼女の背後にまわって、膝かっくんをした。

 地面に倒れ、泥だらけになったシルヴァンシャーに、ロカカはかかっと笑いながら、

「魔物よ、この俺様に挑もうというのは、百年早いぞ!」

 すっかり、調子に乗っているのである。驚いた馬は、あっというまにニッカ村に向けて駆け去ってしまった。

「わたくしは、魔物じゃありません! 貴方を守る、神ですよ! なんという不敬なことをするんですか!」

 シルヴァンシャーは、泥を払いながら立ち上がった。

 ロカカとアイリはとギャオスは、顔を見合わせた。唐突に、神さまが登場するというところが、まず怪しい。ここは魔物の住む森なのだ。つい、さきほどだって、やっとの思いでイノシシの魔物を倒したところである。まだ血抜きすら済んでいないのだ。早く処理しないと、臭くて食べられなくなる。

「神さまだって?! それじゃ、おれの敵だ!」

 ギャオスは、さっと身構えたが、アイリはそれを押しとどめる。

「こいつはなにものですか、魔物の一族なのですか」

 シルヴァンシャーは、腐ったリンゴでも見るみたいな目つきでギャオスを見つめる。ギャオスは、ぐるるるるる……とのどを震わせた。まさに一触即発の緊迫した空気が流れる。

「まあまあ、あまりケンツクしないで、仲良くいこうや」

 ロカカは、両手をさしあげて、顔をつきあわせている二人のあいだに割って入った。

「シルヴァンシャーって言ったっけ。こいつはギャオス。味方になってくれてる魔物だ。ちなみに俺はロカカ、こいつはアイリ」

「よろしく」

 アイリは、そつなく挨拶した。シルヴァンシャーは、盗み見するみたいな目でアイリをちら見し、

「初歩魔法しか使えないって、ほんとなの?」

 いきなり核心を突いてきた。ギャオスは、驚いたように四つの目をパチクリさせた。初歩魔法しか使えない? そんなのと仲間になって魔王退治って、それはムリだろう。

 不安そうになったギャオスに、ロカカはチッチッチと指を立てて語った。

「大きなコトは、小さなコトに積み重ねだ。シルヴァンシャーは、それを言いたいのだろう」

 あきれかえってアイリは、口をパクパクさせたが、シルヴァンシャーは大きくうなずいた。

「そうですわ! それでこそわが勇者。究極の武器、水鉄砲をわたす甲斐があるというもの」

 シルヴァンシャーは、腰の水鉄砲を天にかざした。

「これぞ魔王を倒す、究極の兵器! ここから発せられる魔弾により、魔王は倒され、永遠に倒されるのです!」

 キラキラと輝いているその緑色の半透明の物質。ギャオスの持っているT字型の武器によく似ているが、透明できらめいているところは全く違う。その先はとんがっていて、接近戦でもするのなら有効なのだろうが、ほかになにができるという気配はない。絶望的に、ない。

 シルヴァンシャーは、ニコニコと得意そうだが、ロカカとアイリとギャオスはドン引きしていた。

 ロカカなどは目をそらし、ため息を落とし、聞こえよがしに独り言で、

「いるんだよなー。宗教の勧誘にいそしむ信仰熱心なひとたち。ノルマや進級試験とかがあったりして、信仰の道にはいると、お菓子とかがもらえるとか……」

「ちがいます!!!!!」

 シルヴァンシャーが、絶叫した。

「だいたいなんですか、お菓子とは! わたくしが台所に立って、クッキーやビスケットを焼くというのですか?! わたくしは水の女神で旅人の守り神ですよ!」

「でも、あんたが神さまだったら、いろんなことが出来るんだろう? レベルの高い魔物も倒しまくり、復活の呪文は唱え放題……」

「できません。そんなことをしたら、この世界が終わってしまいます」

「つかえねー!」

 ロカカはブツクサつぶやいた。

「いいから、この水鉄砲を受け取りなさい! その任務を果たすために、わたくしは地上に降りてきたのです」

ロカカは、熱い鉄板に手を出す子どものように、水鉄砲に手を伸ばした。

 そのときである。

 

 ぐお……。ごおおおお……。

 

生温かい風と共に、魚がくさったような、強烈な悪臭がただよってきた。

 それとともに、ぞわぞわっとあたりの茂みがゆらめいた。

 キシキシキシ……。

 その音が聞こえてきたとき、底知れぬ心のなかから、闇と恐怖がわき出してきた。

 なにかが、近づいてくる。

 なにか、人間ではないもの。

「闇のシジマ使いです……」

 ギャオスは、いままで出したことのない声で、そう言った。

「最悪だ。あいつにつかまってしまった……」

 いままでギャオスは、それなりに平然とふるまっていた。善なる力を察しても、その圧力にもめげず、仲間をしんじてやってきた。

 しかし、いまやギャオスはそんな自分が、甘すぎたことを知った。狼の顔はひきつり、灰色の毛は総毛だち、かっと両目と手の目を見開いて、おそろしさのあまり苦しみが忍び寄ってくるその茂みのなにかを見つめているのであった。

「逃げろ! 急げ! その水鉄砲を受け取って、さっさとこの呪われた森から脱出するんだ。命の限り、駆けていけ!」

「落ち着きなさい」

 シルヴァンシャーは、ロカカに水鉄砲を押しつけて言った。

「わたくしたちは、逃げ隠れするような臆病者ではありません」

「―――場合によるね。あんたはどうやらひとじゃなさそうだし」

 と、ロカカ。

「もちろん女神ですわ。勇気を持つのです。たかが魔物のひとつやふたつ、この水鉄砲で倒してやればいいんです。ね、ロカカさん」

「闇のシジマ使いは、ただの魔物じゃない」

 ギャオスは、ひきつった笑みを浮かべた。

「あんたには、わからんのか? あいつは、恐怖をくらうんだ。それも、自分のいちばん怖いと思う魔物や人間に変身して。あんたらの想像できる―――いや、想像以上の悪夢を使う魔物、それが闇のシジマ使いだ!」

 それを聞いた途端、ロカカはくるりと背を向けると、アイリをひょいとお姫さまだっこし、そのまま森の外へと駆けて行き始めた。

「ちょっと、ちょっと待ちなさい!」

 シルヴァンシャーは、こけつまろびつ後を追う。

 走る。走る。

 疾走するロカカは、ほとんど小動物のようだ。ギャオスは先に立ってマーリ村への道を案内している。

「走れ、走れ。駆けろ、駆けろ。この森を脱出すれば、魔物はいなくなる」

 ギャオスのことばに、シルヴァンシャーは後をおいかけながら、

「なんて臆病沙汰なの! こんな騒ぎは見たことないわ! あなたほんとに勇者なの!」

「だまれ駄女神!」

 ロカカは、息も乱さず答えた。

「だれであろうと、立ち向かえないものってあるんだよ!」

「魔王を倒そうってひとが、どうするのよ!」

 シルヴァンシャーは、叱咤激励するが、ロカカは聞く耳も持たない。お姫さまだっこしたままのアイリは、がくがくと頭を上下させた。

「あ、あ、あ、と、と、と、とまって~」

 アイリは叫んだ。

「舌噛んじゃう~!」

「止まりなさい! 立ち向かうんです! なんのために、水鉄砲をさしあげたんですか」

 駄女神は、やっとロカカの襟首をひっつかんだ。

「その武器は、魔王すら怖れる究極の兵器! たかが闇のシジマ使いごとき、一撃で倒せるはず。さあ、やっつけるのです!」

 ロカカは、ぴたりと立ち止まった。

 ぐお……。ぐるるるるる……。

 キシキシキシ……。。

 相変わらず、不気味な音が聞こえてくる。

 総毛だっているギャオスは、足を止めたロカカを振り返り、正気か、という目になった。かれらの恐怖を喰う魔物、闇のシジマ使いに対抗できる武器など、どこにも存在しないはずだ。だからこそ、魔王はこの魔物を左大臣にまで起用しているのである。

 というか。

 そんなおそろしい魔物が、こんな初心者向けの森に来ているということ自体、この勇者がものすごい強いことを意味している。ギャオスは、そのことに思い至って、ハッと身をふるわせた。そうなのだ。勇者ロカカさまは、仮にも魔王を倒そうという勇者なのである。この俺よりもずっと強くて賢くて、運も強いに違いない。

 ―――知らぬが仏というべきかもしれない。

 ロカカは自分の水鉄砲を見下ろした。ギャオスと、それを見比べている。

 この水鉄砲を持っている間は、まわりの恐ろしい音も気にならない。

 魚の腐ったような臭いも、生温かい風も、どうやら彼の周囲に来るとためらいがちになるようだ。

 ロカカは、少し元気になった。

 きらりと半透明にかがやくその鉄砲は、その先端をむけているだけで周囲はたじろぎ、ためらい、押し切られていくように感じられている。アイリは、息を呑んでその水鉄砲を見つめた。ただの武器とは思えない。聖なる空気がただよっている。

 ぐお……。

 悔しそうな声が、茂みから聞こえてきた。襲いたくても襲えない。そんな声である。

 ロカカは、茂みに向かって、ためしに一発撃ってみた。


 ひょろひょろひょろ。


 火の玉のような青い玉が、その先端から飛び出してきた。アイリは、目を丸くした。こんなちっぽけな玉が、相手を倒せるのだろうか。想像するに、相手は巨大でおそろしく、熊にも噛みつきガメにも似ていない。大きなヒアリのようにも思えるが、蜘蛛のようにも感じられる。どんなものでもあり得るのだ。なにしろ、変幻自在なのだから。

 ギャオスも、心配そうに青い玉を見ていた。彼の想像では、魔物のなかの左大臣である闇のシジマ使いは、頭は牛のように角を生やし、牙から毒をしたたらせ、からだは半透明のスライムになっている姿である。身長は約三メートル。とてもこんな玉ごときで倒せる相手ではない。

 青い玉は、ひょろひょろ孤を描きながら、茂みの中へ消えていった。

 ぼっ。

 その直後、茂みが燃えた。青く、白く、輝いた後には、金色に輝いた。

 「ぎゃああああ~~~!!」

 耳をつんざく悲鳴とともに、焦げた臭いが辺りを立ち込めた。

身長三メートルはありそうな熊のような物体が、茂みから飛び出してきた。パチパチとからだじゅうを火だるまにして、火の粉から解放されようと必死である。

 青い火は、その化物にくらいつき、浸食していく。まるで第二次世界大戦中の焼夷弾にあたったみたいな感じである。

 そして、強烈な臭いは、炎と共に消え失せ、あとには灰が残るばかりとなっていた。

「―――すげえ」

 ロカカは、銃を眺めた。

「これがあれば、なんだってできるぞ! 借金も踏み倒せるし、飲食もタダだ!」

 ぼかっ!

 抱かれていたアイリは、ロカカの腹を殴りつけた。

 シルヴァンシャーは、こめかみのところを引き攣らせていたが、

「これで、わたくしの役目は終わりですわね」

 といって、去ろうとした。

 ところが、ロカカがその着物のすそを踏んづけた。

「ちょっと待ってくれ。こいつのトリセツってないのかよ?」

 シルヴァンシャーは、ぐいっと着物をひっぱり、転びそうになったが、ぎろりとロカカをにらみつけると、

「これでやり方が、わかったんじゃないんですか?」

 と逆に問いかけた。

 ロカカは、肩をすくめた。

「こんなおそろしい武器が、そんなに簡単に使えるわけがない。もっと複雑で、操作がややこしくて、覚えにくいに決まってる」

 魔具ってみんな、そうだよなとアイリに同意を求める。アイリはおずおず、うなずいた。

「だから、道中でいろいろ、教授してほしいんだ。へたに使って、まわりを焦土と化したらたいへんだし」

 ロカカは、マジな顔で言った。

 こうしてシルヴァンシャーは、パーティーに加わった。

 ギャオスは、その神聖な空気を浴びながら、自分も又、つよい善になりたいと願っていた。

 ばかにした魔物を、見返してやりたいのである。

 すでに魔物というよりは、すこし人間的になっているギャオスであるが、それに気づいていない彼であった。



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