勇者といえば……
水鉄砲で魔王退治
第一章 ロカカ
○シーン1:勇者といえば
「退屈じゃのう……、ひとつ、この異世界を混乱させてやるか」
魔王は、ちょいと指環をまさぐった。
たちまち雷が巻き起こり、ひらめく稲妻が城の尖塔を直撃した。
暗躍する魔物たちの群れ、群れ、群れ。
津波が沸き起こり、地震が揺れ、逃げ惑うひとびと。
「わはははははははは」
魔王は、腹を抱えて笑った。
「こりゃ楽しいわい!!」
しかしもちろん、そんな魔王の横暴を、天空の神々が見逃すわけがなかったのだった。
「魔王復活! 伝説の勇者、求む!」
と書かれた立て看板が、ニック村に立っている。
どこからどうみても ごくふつうの村である。牧場にはコロンコロン羊。牧羊犬があくびをこらえて、村人も衣服はボロでシャワーも浴びたことがない。このところの暴風で、作物が実らないので、飢えでみな、目がぎろぎろしている。
みなと同じボロい衣服を着たひとりの少年が、その看板を見上げて突っ立っていた。
「伝説の勇者と言えば、この俺だ!」
少年は、堂々と叫んだ。
少年のとなりにいた少女は、よしよしと少年の頭を撫でた。
「ロカカ、死んだ父親が元勇者だったからって、そんなにムリすること、ないのよ?」
少女がたしなめても、ロカカと呼ばれた少年は、顔を真っ赤に染め、拳をちからいっぱい握りしめ、感動に打ち震える声で叫び続けている。
「ものごころついてから十一年。親父に『おまえこそは次の勇者だ』と言われてきた。そのために、俺がどんなに必死で苦行に耐えてきたか! アイリには、わかってくれるだろう?!」
周囲は、あきらかに、かわいそうなひとをみる目でロカカを眺め、ロカカがそれを見返すとあわてて目をそらした。ロカカは、それを、臆病者だと感じた。ただ単に、魔王の恐ろしさを知っていればこそなのだが―――彼にはその辺の区別は、まったくついていなかった。
彼の信念は、根性! である。
やってやれないことはない、やらずにできるわけがない。
父の信念が、彼の信念でもあった。
単に、暑苦しいだけで、村人はものすごくドン引きしているのだが、彼はそのことに、”全く” 気づいていなかった。
「はいはい、じゃあ、勇者候補になりたいってことで、ひとりで城まで行ってきてね。アイリ、王さまに会うのはごめんだわ」
王さまって、みょーに上から目線だし身近じゃないもんね、とアイリ。
「何を言う。おまえも来るんだ。おまえは魔法が使えるだろ、おれは武器を使って魔王退治をするんだよ!」
ロカカはどーん、と黒ローブのアイリの背中を叩いた。
「冗談じゃないわよ。あんた武器と言っても、短剣をちょっと使えるだけじゃない。二年前に亡くなった父親から『圧倒的にセンスがない』って言われてへこんでたくせに」
アイリは、痛そうに顔をしかめている。
ロカカは、拳をぎゅっと握りこむ。父親からガミガミと、勇者になれ、勇者以外は認めんと言われつつも、剣や槍といった武器を使うスキルはまったく伸びず、毎日のようにトレーニングをしている父は、口癖のように、「それでも勇者候補生か!」と唾を飛ばされる毎日であった。
ふつうなら、そこまでされたら反発して、「親父には俺の気持ちはわからねーよ!」とグレるのだろうが、ロカカは違った。負けるもんかと奮起して、こと短剣と鞭については、そんじょそこらの盗賊には負けないぐらいのスキルは身に着けた。
「センスがないのは、剣と槍だけだ! たしかに勇者としてはヘタレだが、気力と根性だけは、負けていない!」
そんな精神論で魔王が倒せたら、苦労はしないよとアイリはため息を落としたが、ロカカは文句があるか、というガンを周囲に飛ばしている。周囲はいよいよたじろいでしまった。ひとり、またひとりとこっそり立ち去っていくひとびと。
テンションが高すぎて、空回りしまくっているロカカ。本人、やる気と根性があれば、周囲にも理解がしてもらえると考えているのだが、しかし、やはりというべきか、ロカカは浮いていることにまったく気づいていない。アイリは手に持った杖をぼんっと地面にたたきつけた。ぼおっ。炎が地面から吐き出され、ロカカはまる焦げになった。
「な、なにするんだ!」
ロカカは、ぷすぷす言っている衣服を見下ろし、アイリに文句を言った。
「これ、たかかったんだぞ!」
そっちかい! アイリは突っ込みたくなったが、こらえた。
そこへ、村のおばばがやってきた。枯れた木のように細いが、からだは頑強で、この村いちばんの賢者だと言われている。
「おお、伝説の勇者よ! そして、伝説の魔法使いよ! 旅立つときが来た!」
「いや、願い下げですから」
アイリはすかさず割り込んだが、おばばは完全スルーである。このひとも、自分の世界に閉じこもって、ほかのひとのことなどお構いなしなのだ。アイリは、ますます気が重くなってきた。魔法使いになりたくてなったわけじゃない。おばばに育てられたときに、伝説の魔法使いになるんだと、魔法をあれこれ仕込まれたのである。幸い、ロカカと違ってアイリは才能があったので、初歩の炎系の攻撃魔法は完璧に覚えている。それで充分だと思うのだが、おばばは、人間には向上心が必要だと言うのである。
おばばは、拳を握り込んでいるロカカの肩に手を置いた。
「いまは亡き親父殿から、ロカカのことをくれぐれも頼むと言われてきたのじゃ! 旅は長く、苦しいこともあるだろう。だが、魔王打倒の理想あるかぎり、神々のご加護はきっとある!
魔王を封じるアイテムが、どこかにあるという噂もある。まずは初心者向けの魔物が多く住むという、マーリ村に向かうがよい。そこで魔法封じのアイテムの情報をゲットするのじゃ!」「はいっ!」
ロカカは、希望に燃える目で答える。
「えー。やだよー」
アイリは、思いっきりグレてみせるが、
「世界の命運は、おまえたちにかかっておるのだ。神々の加護を祈る!」
おばばは、目を宙に浮かせて言うのであった。
世界ってどこからどこまでなのかなーという深遠な問題に頭を悩ませるアイリをよそに、村人たちは万歳をくりかえしていた。
「勇者さま 万歳!」
「やっかいばらい……ごほん、勇者さまに栄光あれ!」
「もう帰ってこなくていいぞ! いや、魔王を倒すまでは戻るな!」
いろいろと、ひどい言われようだが、ともかく二人は、城の途中にあるという、マーリ村へと向かっていった。