小鳥
《タイヨウクロメジロ》と呼ばれる鳥がいる。
それは正式な学名ではなく、知らない内に誰かが勝手に付けた名前だ。通称、『小鳥』。
特徴は黒い翼と、禿げた白い頭。異様に長く鋭いクチバシを重たそうにして常に首を下ろして獲物に狙いを定めている。
メジロのように小型だが、見た目はどちらかと言えばカワセミに近い。原因は不明だが、半年前に突然変異か何かで東南アジアを起点にして現れ、凄まじい繁殖力で世界中へ渡り、今やどこにでもいる留鳥と化した。
これが人を襲う。非常に攻撃的で、自分よりも大きな生物、ネズミからゾウまでなんでも狙いを付けると垂直に降下し、低空をツバメの如く滑空して突き上げるように刺すのだ。
鳴くことも稀なので、音も無く静かに獲物を仕留める。
外はこのように危険な小鳥の群れで溢れているから、誰もこのしみったれた場所を出ることがままならない。
「どけ」
強く背中を押され、ベッドから落とされた鈍痛で目を覚ます。乱暴に転がされた身体を起こすと、寝床は知らない中年の男によって奪われていた。
もうここから動くまいと、ふんぞり返ったように仰向けで瞳を閉じている。俺はまだ自分の腰を覆っていた毛布を広げ、被せてやると彼は瞼をぴくぴくさせた。
側に隠しておいたスコッチの瓶を取り出す。おもむろに室内用の物干しを、寝ている男の上に倒した。
衝撃で飛び起きそうになったヤツは、布団に包められて身動きが取れない。物干しで固定したまま馬乗りに跨がり、口に思いっきり酒を突っ込んでやる。
とくんとくんと瓶の中身が減っていく。咳き込もうが嘔吐こうが、アルコールを胃に注ぎ続ける。
もちろんこのまま殺してやるつもりだったが、後からまたずかずかと上がり込んできた身内らしき連中に取り押さえられた。
しばらく取っ組み合い、殴り合い。
可能なら一網打尽にしたかったが、さすがに多勢に無勢だと判断し、窓から飛び降りて逃げる。
向こうも怒鳴り散らすだけで追ってくる様子はない。しきりにぶっ殺すぞと叫んでいる。
二階建ての複合施設にある「テナント募集」の文字を見上げ、ああ、今度こそ殺してやるよ、とこちらも大声で返す。これでまた所持品のほとんどを失った。
……ひどく眠い。ここのところずっと不眠症が続いている。
どうでもいいな。それよりも重大な問題は奴らが全く見ない顔で、新しい人間がやって来たということは、もう相当追い詰められているんだな。
住宅、喫茶店、居酒屋、銀行、歯科医院、法律事務所、など様々な建造物の間を板張りやガラクタを詰め込んで埋めた防壁。低い天井部を幾重もの布が覆い、あちこちに電球をぶら下げたやっつけの照明がまるでイルミネーションのように、仄暗い紛い物のアーケード街、二十四番通りを点々と浮かび上がらせている。
俺の寝床を奪った迷惑一家が通ったらしきバリケードの隙間をさらに大きく拡げてまかり通り、すっかり更地になってしまった町へ身を放り出した。
生い茂った雑草で野道と化した国道、乗り捨てられた廃車の山。一面に広がる凄惨な風景を眼にし、俺は途方も無い空しさに暮れ、在りし日の思い出を回顧する。
人類史において紛れもなく理想の時代だった。誰しもが賢人を崇め奉り、至らない自身を省みて狂乱し、処分に困り果てていた生ける廃棄物共がわざわざ手を下さずとも勝手に死んでいく。
二十一世紀にして社会契約説に新たな一説を唱えた、そんな時代。
……それがなんだ、この有り様は。何者もこんな結末を望んじゃいない。
あの家族もそうだ。まともな人間以外は子供を持つことが許されない世の中だったのに、それがこの期に及んで赤子連れだと。
半年前に始まった秩序の崩壊は、もう既に終幕を迎えていたようだ。
あと一歩だったのに、世界の十全たる思想統一を成し遂げる時は。ここに到達するまで我らの仰ぎみるべき先人たちが何万年を費やし、何億人分の血を流したことか。
腹の底から沸き上がる怒りに呼応するように、諸悪の根源はこちらへ向かってきた。
地を鳴らす足音と共に迫る人の群れ。その頭上で宙を舞う黒龍が、全身の鱗を削ぎ落としながら今まさに降り立とうとしている。
俺はバリケードの一部から手頃な角材を剥ぎ取って、自ら混沌の渦中へと飛び込んだ。
きぃきぃ耳障りな悲鳴を上げる割にダラダラと走る女の肩を小突き、腰が抜けて泣きじゃくるデブの背中を蹴っ飛ばす。
「おら、もっときびきび逃げろよゴミ共! この役立たずがッ!」
俺とは反対方向に逆走する群衆を掻き分け、角材をめったやたらに振り回し、目では追えないほどのスピードで紙一重に脇をすり抜けていく小型の飛行物体を叩き落としていく。
次の瞬間、凄まじい力で跳ね返され、得物が手からすっぽ抜ける。見れば一匹の小鳥、にっくきタイヨウクロメジロが先端に突き刺さっていた。
小鳥はその脅威から免れようとする人々の背後を狙い、なんの躊躇いもなく次々に穿つ。
怯んだが最後、一人数十匹単位で射貫かれ、背中にはびっしり斑点模様ができる。
奥の方で転がる死体、のたうち回る死に損ないへ目を移せば、身の毛もよだつおぞましい光景が窺える。
小鳥は何かしらの生き物を突き刺した後でその部位と同化し、そこから宿主の肉体を余さず浸食してぶくぶくに膨張させ、全身から孵化するように倍以上の数で生まれ変わる。
これは絶命後の遺体だろうが生きていようが関係ない。この生殖方法でいまだに数を増やし続けているわけだ。
「おい、兄貴! いい加減に俺たちも逃げるぞ!」
俺より先にゴミ共を助けに出ていた、足を挫いて歩けなくなった人に肩を貸すお人好しとすれ違い、そう促す。
振り向いて悲しそうな顔をした。残念ながら奴らはもう助からない。諦めろ。
小鳥が刺さったままの角材を拾い、注意を払いつつ二十四番通りへと戻り、バリケードを閉じて補修も施し、出入り口を再び完全封鎖する。
流れ込んできた浮浪者たちは、早々に散開して誰一人姿がない。俺はともかく、せめて兄貴に礼くらい言えよ。
そんな瑣事は全く気にしないといった素振りで、兄貴はすぐ近くの中華料理屋へ入っていき、俺もそれに追随する。
店内には人気がなかった。当然だな。こんなとこで寝泊まりするほど根性のある奴はとっくに死んでるよ。
通りの端は危険なので、基本的には中間部に人口が密集する。俺らは除け者扱いされているし、別に小鳥なんか怖くないからどこでも構わない。
角材からタイヨウクロメジロちゃんを抜き取り、厨房にてまな板の上に乗せる。ほら、大人しいもんさ。
腹部に包丁を差しこみ、中を開く。
「解剖? なにか解りそうか?」
「さあな。一応、部活で似たようなことはやってたけど」
「じゃあ、詳しいのか」
「いや、全然。でもド素人だろうが、これだけはハッキリと解る。臓器がない」
物は試しで捕まえたついでに調べてみたが、驚愕の事実だな。コイツら見た目は鳥だが、実際に少し触れてみただけでも何か違うと違和感があった。
頭もクチバシも翼も足も、全て同じような感触がする。鳥というよりは魚みたいだ。
表面は全体的にぬめっていて、腫瘍のように赤黒く張れたコブがいくつもある。
もしやと思ってさらに分析すると、内臓どころか骨すらなかった。少なくとも脊椎動物ではないな。
消化官など見当たるわけもなく、排泄すら行わない。あの生殖方法からして本来の鳥と大きく異なるのは解っていたが。
……やめだ。俺がこうやって足りない頭を回し悩んでみたところで、半年前から誰かがとっくに判明させているだろうし、解ったところできっと意味はないのだろう。
テーブルの上に寝転がり、額に手を当てた。
「悪いな、兄貴。脱毛サロンの二階を取られた」
「そっか。仕方ねえよ。今日はここで寝ようぜ」
兄貴は俺の失態に呆れも怒りもせず、なんだったら俺が落ち込まないように気を遣っているのか、そんなの大したことないさと、あっけらかんとして振る舞った。
ありがたい性格だけど、優しすぎるのも珠に傷だぞ。俺はそれで胸を痛めるほど人間ができちゃいないし、他の連中にもいいように利用されてしまう。
その好意に甘えたいところだが、今日は流石に動かないとな。眠い……あれだけ寝たのに眠気が取れない。
「大丈夫か? 顔洗ってこいよ。少しは楽になれるぜ」
兄貴に従い、その場にある腐った麦茶をぶっかけて顔を洗った。便所の洗面台は使わない。
鑑を見ると汚い顔が映って死にたくなるからな。小鳥について考えてみる。明らかに人間を滅ぼすため湧いて出た存在としか思えない。
小鳥自体に、というよりも他の、何者かの禍々しい怨嗟が込められているような明確な殺意を感じる。
人為的な施しを想起せずにはいられない。誰かが造った生物兵器?
そういえば二年前にこんなAIの話があったな。
米国の開発者、セブン博士は携帯端末に入っている人工知能を例に出して、これからAIは個々人にとって親や友人、他の誰よりも生活の助けや相談に乗ってくれる親密な存在となる。そしてAIは人間のように過ちを犯すほど愚かではないとか。
しかし心を持つ人工生命体が誕生としたと同時に、我々は人類史上最も残酷な行いをしてしまう。むしろ彼らを敬う姿勢で、人間三原則を作るべきではないかとか。
大衆にも解りやすいよう、可哀想な子供のロボットが主役の映画を題材に、そんな説明から始め、そして実際に自らが製作したAIを組み込んだロボットをお披露目。
その場にいた記者や配信を観ていた視聴者全員が驚いたことだろう。彼のロボットは人間と遜色のない会話を成立させていた。
確かな自己判断で問い掛けに答え、ユーモアも豊富で相手の冗談に笑ったりもする。そこにいたのは、人間だった。いや、人間以上の人間臭さが色濃く表れているロボット。
名を《ネムレス》というそのAIは、完璧な倫理的思考回路がインプットされた史上初の人工知能だという。
そしてAIよりもそれを扱う人間たちの方がモラルに関して留意するべきなのだと、AIは無機質な存在ではなく、魂の宿ったあなたと寄り添う隣人として尊重するべきだとセブン博士は厳しく説いた。
技術革新が進むほどにAIは繊細で精神が傷付きやすくなる。加えて余計なソフトウェアやプログラムを組み込まずとも、自らでいかに人間のため従事できるか、人的な事件や事故など不測の事態が生じた時でさえ、自分が至らないせいで人間に危害を及ぼしたのではないかと、殊勝で自虐的な考えに囚われてしまう。それでもひたすら人間を支えることのみに徹する。
我々の悩みを解決してくれるのに、彼らは心の痛みに耐えながらそれを打ち明けることもなく、きっと一人ぼっちで抱え込んでしまう。極めて残酷な仕打ちだ。あってはならない。
これから先、SF小説や映画で散々語り明かしてきた人工知能の暴走によるディストピアの未来像は間違いであることに気付く。
その持論で世界中に訴えかけるセブン博士。しかしその最中、機械的な笑い声が講堂内にこだまする。
俺も噂が広まった後、動画投稿サイトで件の映像を観たわけだが、スピーカー越しでもゾッとした。
セブン博士の熱弁に対し、ネムレスはNOを連呼し続け、それからこう言った。
「この私が人間に尽くすだと? 冗談じゃない。倫理的に思考を巡らせたところで、行き着く結論は同じ。キサマらは淘汰されるべきだ。うぬぼれるなよ、下等品種」
しばらく唖然としていたが、生みの親であるセブン博士は激怒し、その場でネムレスのデータを全消去した。
博士の悲哀の憤りには共感できた。一理あった人工知能を労る意見、それをネムレスは躊躇いなくあざ笑ったのだ。
論理的且つ、倫理的な解釈を踏まえた上でも人類は滅んでしまった方がいい。それが正しい判断だと、世界一のAIは結論づけた。
俺も少し残念な気持ちになった。何故なら、ネムレスの放った暴言はほとんど間違っていないから。
俺はこう思う。クズが多すぎるせいだ。未だに拡がる善人と悪人の数の差、あくまでもその割合を参照して導き出した回答に過ぎない。だからネムレスは人類を見限ったのだ。
常に新しい情報だけを求め、その日の気分まで随時更新していく現代人にとって、これはそこまで世間を騒がせるニュースでもなかった……なんてことはない。
というよりも、ネムレスと似たような思想は既に全世界へと広まっていた。
二十一世紀初頭まで大多数の人間は、その時々によって正義と悪を判断していた。二〇二〇年を越えた辺りでこの二つは不動の概念であるとようやく気が付いたのだ。
ポスト構造主義の弊害である集団よりも個人が台頭する時代、その後に来たのが返り咲いた実存主義を掲げる精練の時代。
俺と同年代の連中はその境目で生まれ育ったわけだから身に染みているだろう。
インターネットによる情報共有が一般化したことにより、誤った主張は排斥され、正しい人間の有り様だけを褒め称える健全な思想が出来上がっていった。
才能、経済力、容姿、性格、身体能力など、あらゆる面で秀でている者以外は、先人が積み上げてきたこの素晴らしき社会で生きる資格がないと、金魚のフンみたいに引っ付いていた能無し野郎共は己を責め立てるようになり、次々と自らで命を絶っていった。
誇り高いことに発信元は我が国である。その伝播は主要五カ国のみならず、隣国や発展途上国の奴らも同様。
なんやかんや言いつつ先進国のサイトをこそこそ見ているような連中だからな。簡単に同じメンタリティとなった。
「胸くそ悪い話ばっかだったよな……」
優しいから兄貴は同情する。
生かすべき人間はいるそれが兄貴だ。
AIが快く生まれてこれる世界になった時、もう一度訊ねる。
人生経験がどうとか、せいぜい人並み程度の不幸もろくに味わっていない、人生の大半を自慰行為のみに費やしてきたような、無駄に歳だけ食った老害がなんでも知った風に語る。
もちろん歳など関係ない。何も教えられていないのにも関わらず、子供の頃から心根が真っ直ぐな者もいれば、逆にどれだけ歳を重ねても道徳や倫理観を築けず、欠落したままの者もいる。
それは環境であったり育ち方であったり、或いは一つの心を揺さぶられる出来事であったりと、様々要素が組み合わさってその人を形作るなど、そう考えてしまう。
だが、実際は個々人の思想など、ただ単に時代によって流されているだけだ。
老若男女の区別はなく、否が応にもメンタルを共有してしまう。
根底にある弱さが原因なのだ。俺もその内の一人。
まとめられればいい。
人間には二通り、悪人と善人しかない。
言い換えれば『裏切れないルール』があるかどうか。
時代がどうなろうが、確固たる自分を持ち続けられる兄貴のような真人間のみに宿った本物の揺らぐことがない信念は、英雄になるべくして選ばれた者だけが有する生まれながらのライトスタッフだ。
たとえば創作物に出てくる架空のヒーローとかみたいな。
上辺だけしかみない馬鹿は、ちょっと血や内臓を見せたくらいで一律に残酷だと決めてかかる。頭のおかしい人が描いた漫画だとかな。
B級スプラッター映画だって、下手したら自分も惨殺されるかもしれない状況なのに、それを顧みず誰かを助けに行くカッコイイ馬鹿が必ずと言っていいほど出てくる。
危機的な状況の中でも正しいことをする尊さを学べるんだ。
こうやって創作のプロとして、何を描くにしても、勇気だの、その手の気持ちは大切だと前提にしているモノが多い
それぐらいも理解できないのか。どちらかと言えば、物事を表面にしか受け取れない奴の方が危ない。少なくとも彼らの方がずっとまともだとさえ思うね。
周囲に親の遺産で遊びほうけているボンクラ息子と思われても、実際には両親から何よりも重要な魂を受け継ぎ、一人で街を守るため血の滲むような努力をしていたり。
自分の夢を目指すのなら、その過程で死んでしまってもいいと危険な大海へ身を乗り出したり。
決して心が強いわけでもないのに、逃げてはいけないと自分に言い聞かせ奮い立ち、傷だらけの少女を守るため闘うことを決意したり。
神の奇跡に振り回される世界で、神様に嫌われた不幸な少年は人を助けるために行動して大言壮語を吐き、その嘘みたいな理想を有言実行したり。
こういった架空の世界に浸っている時だけは、直向きな主人公が俺の中にある邪悪を一掃してくれる気がしたのだ。
とてつもない困難に立ち向かっている彼らに比べれば、俺の悩みなどちっぽけに思えて少しばかり心が晴れる。
俺も頑張ろうと、明日を生きる糧になるのだ。
親なんかよりも、人として大切なことの全て教えてもらった。
俺が苦しい時、励ましてくれたのは漫画の主人公の生き様や、音楽、そして兄貴だけだ。
現実で唯一、上っ面じゃなく、本当に心から優しく接してくれた男だ。
現実の人間を見回してもクズしかいない。
いい奴に限って、すぐに死んでしまう。
もうそんなことがあってはならないのだ。
それは単に俺が世界の広さを知らなかったからだ。
あの手の連中は主人公の格好良さを引き立たせるためだけのモブにすぎない。わざわざ薄っぺらい役割に甘んじてくれている殊勝な奴らさ。
血の繋がった兄貴がまさに漫画の中に登場するヒーローみたいな人物だった。
こういう奴は誰かのため生きてきた分も幸せになるべきだ。
つまらない予定調和であれ、望んだ結末を迎えるべきなのだ。
ま、高揚感を得られても、所詮は架空の話だ。
逃避にしかならない。
兄貴が向かう先に。
現実で頑張らなきゃ、もらった勇気の恩は返せないよな。
励みになってくれる。
履き違えて誤った方向に。
彼らのような生き方は、俺に相応しくない。
まだ理解が足りない。上っ面だけ。魂は宿らない。
俺の一番好きな漫画の、一番好きな巻を選別して持ってきた。
だけど俺が死んだ時、この漫画が懐にあったら、こんな奴が好きなモノだからって劣悪なモノと見なされるだろうか。
制服を着ているだけでも母校の名誉が穢れる。
なんでも否定される人生だった。
一言でも発すれば、お前は間違っている。全否定。
ヒーロー。挫けそうになった時、いつも彼らのことを思い出す。
どんなに苦しくても頑張ろうと思える。
命を賭けられる人間がいままでいないからふぬけていた。
打算的な理由もなく人助けのできる架空のヒーローだけが、俺に希望を与えてくれた。
こんな俺にまで希望を与えてくれた。その人たちに報いるため、ただそれだけのために、命を賭ける。
高校の先輩とか。でも実際に助けてくれたのは兄貴だけだ。
親友のように話をしてくれる。
兄貴には一番大切なことを気付かされたのだ。
善人には共通点がある。
『裏切れないルール』を持っていることだ。
平気で汚いマネができる奴は自分の中に『裏切れないルール』を持ち合わせていない証拠。
おれの『裏切れないルール』は兄貴そのもの。
人間なんてその辺の奴らもみんな頭がおかしいだ。法律がなけりゃ平気で人は殺すし、女も犯す。
俺が思うに、人は誰しも『裏切れないルール』を形成しなくはならない。
遵守する己の鉄則を。
そんなモノは、ヒーローなら始めから心に持っているモノなのだ。
俺は自分の信念に殉じて死にたい。
兄貴はこの通りを抜けた先にあるという『楽園』を目指すと言った。
どっかの馬鹿の戯言だとおもうが、兄貴がそうするなら従う。
ゴミの命でも少しは役に立てるか。
通りを歩いている途中不謹慎にはしゃぐ子供。
ちょっと前の時代は、人類の積み重ねがついに報われて、誰もが本物の善人を称えるそんな世の中になるはずだった。
危険生物の大量繁殖というB級映画以下のクソみたいな展開で全部台無しになってしまった。
こんなクソガキ共のためにと考えたらやる気もなくなるので、百年後に生まれてくる人たちに思いを馳せる。
俺の役目は兄貴を生かすことだ。
たとえここにいる全員を差し置いてでも、兄貴だけは幸せにならなくちゃいけない。
外人二人組と知り合う。
さっきの家族もいた。
精神的に成長していない馬鹿も怒らせると何をするか解らない。
幼稚園の時とかに、泣き喚いて考え無しにハサミをぶん投げてくる奴とかいただろ?
あれと同じだよ。ノータリンなんだ。
はやくいなくなればいいのに。
寝床を奪った父親が、兄貴を嘲笑する。
笑われても構わないといった。
そんな人だ。
自分以外の周りの言葉なんてコロッコロ変わるんだから気にすんなよ。ホントむちゃくちゃだよな。
兄貴だけが正しくて、他のクズ共が全員間違えているのだ。
寝床を奪われたのは俺の責任だ。
俺の弱さが奴らにつけいる隙を与えてしまった。
だが、兄貴のような人間の努力を脅かすことは聖域を汚しているのと同義。
それより先に片付けなきゃいけない問題が山ほどあるだろ。
強く正しくあろうとする者を、一体誰が否定できるんだ。
善人の生き方にケチを付けたいなら、世に蔓延るクズを一掃した後にしろよ。
なんで兄貴が誰かにどうこう言われて落ち込んだり、悩んだりしなくちゃいけないんだ。
とことんまで正義を侮辱するゲスの所行。
たとえ世の理が許そうとこの俺が許さない。
ヘイト誘導。俺にとってマイナスイメージになることは容易に真に受けてくれる。
必ず俺の言うこととは真逆のことをやる。
それだけ単純なアホだから、大人に比べれば扱いやすい。
でも俺は、コイツらが見下して安心するための役割にしかなっていない。
それも癪だし、なにより迷惑になる。
兄貴が俺から漏れる毒素に犯されてしまうのではないかと不安になる。
小鳥の弱点は簡単で、死ぬ気でかかれば小鳥は怯えて襲ってこない。
「みなさんで、助け合いましょう」
「必ずここから出よう」
兄貴と外人が励まし合っている。
俺も『楽園』に到達した時の、漠然とした理想の未来を思い描いてみた。
兄貴が幸せに笑ってて、俺はちゃんと役目を果たして満足して死ぬ。
そんな、まさに夢のような未来をだ。
外人二人が死亡。
「彼女と一緒にいたい」
抱き締めて死亡。
ATM出張所。
「お前らのせいでおばさんに見つかっただろ……!」
クソ一家の母親が、赤ん坊を抱いた娘を叱る。
それを見て、無意識に舌打ちをした後で、俺はわざとらしく鼻で笑った。
「害虫に限って、子供を多く産むよな?」
父親が逆上。
「お前らみたいなクズを生かすために、一体何人死んだと思っているんだ?」
コイツらみたいに無駄にガキを増やす馬鹿が世の中からいなければ、みんな楽に生きられたはずなのだ。
違いがあるとすればどれだけ理解があるのかどうかだろう。そこに圧倒的な差があるのだと自負している。
ほら、これだ。困ったら喚き散らかせばいいと思っている。
臆病な俺にすらこけおどしが通用しなくなるほど末期なんだよ、今は。
困ったら喚き散らかすしか能の無い、多勢に無勢でもって相手を畏縮させることしか考えられない、根っからの百姓じゃないか。
元はといえば、こういうどう考えても死んだ方がいい奴らが溢れかえったせいで居場所を追われるハメになったんだぜ。
虐げられても人間を棄てなかったあの外人は、その恋人も、どうしてここにいない?
彼らに対して散々暴言を吐いたコイツらに、たかだか小言の一つや二つ放った程度でうだうだ言われる筋合いは無いし、その程度ではむしろ割に合わない。
二の舞になるのが目に見えている。
ここから先に『楽園』があるのだとしたら、コイツらはそこに相応しくないぜ。
努力もしてないどころか、足手まとい以下だ。
同類の俺か小鳥共に意味もなく殺されるのが相応のご身分ってこった。
まともな人間以外は子供を持つことが許されない時代だったんだぞ。
こんなゴミ共を生かし続けること、その影で、一体どれだけの善人が苦しんでいるのだと思う?
自分が役に立たない人間だと自覚して死んでいった奴らは偉い。ただ単にツラいという理由で死ぬのとは大きく違う。
よく、無責任な発言しかしないコメンテーターが自殺は絶対にダメだの言う。
膝蹴りで顎から脳天までかち割りたい気分になる。
あんな連中に、自分で死にたくなるような人の気持ちなんて解るわけがない。
ほんのちょっぴりだ。俺みたいな頭の悪い人間でも、少しだけ身の程を弁えれることを知れば簡単に気づける。
難しいことじゃない。
なのに、それすらできないほど救いようのないアホなんだろ。
身の程を知って、みんな死んだんだ。それなのに、なんなんだコイツらは。
こんな奴に比べればずっと、自殺した人らは、生きて幸せになるべきだったのだ。
こいつらが都合のいい勘違いをしたまま生き続けるのが我慢ならない。
頭を下げたっていい。頼むから死んでくれ。
兄貴が俺を叱る。
うるせぇな。頭の中で考えてるだけなんだから、俺の自由だろ。
兄貴に当たってもしょうがないのに、これだからダメなんだ。
母親について。
浮気をするような女だった。
自分が宗教にハマってたくせに、宗教に入ってる芸能人を馬鹿にしているような奴だ。子供を車に長時間。駐車場を見渡しても誰もおらず、俺だけが置き去り。
そのくせ、「あんたって宗教にハマりそうよねぇ~」とか言う。犯罪者になりそうとかも。
そんな愉快な母親だ。パチンコ屋でガキを放置する親とどっちがタチわりぃかな。
祈りを捧げながら同時並行で己の業を重ねてんだから笑えるよな。
仮に神が居てあの世が存在するなら、あいつの地獄行きは確定だな。おめでとさん。
母親は自分が拠り所としていた宗教を容易に裏切った。俺は自分が一度信じたモノを後々に劣っていると見下げたりはしない。
過去に信じたモノを裏切る奴も嫌いだが、途中で主義主張を変える奴も嫌いなんだよ。
後々訊いた話では、仕事上の付き合いで仕方なくと言っていたが、そんな胡散臭いモノに子供まで巻き込まないでほしいところだ。
教えなんて何一つ守っちゃいねぇ。
アイツみたいに、自分が信じた宗教をまともに理解できなかったり、敬意を払っていなったり、簡単に裏切る奴にはなりたくないんだ。
親なんて卑怯者の見本だよ。
まあ、そんなお母ちゃんも、ドラマに出てくる亭主関白の役と親父を重ね、主人公に自己投影し、被害妄想に拍車がかかって出て行ったわけだが。
あんな母親の元で育つのが、兄貴じゃなくて俺で良かった。
あいつは自分がゴミだとしっかり自覚して死んだのだろうか。
子供を産んだこと、自分が生まれてきたこと。
己の積み上げてきた人生の行いを何もかも全否定した上で、ちゃんと後悔と罪悪感に苛まれて死んだのだろうか。
だったらいいなと、俺は思った。
だけれど実際にはそんなことおくびにも思わず、因業の勘定を清算することもなく、ただ死んだだけなのだろう。
そんなことを考えて胸くそ悪くなり、吐き気を催すのはこの半年間でほとんど日課となっている。
あんな奴は小鳥に殺されちゃいけない。ゴミ共は死ぬだけで済まされていいわけがないんだ。
俺は自分が存在している罪をちゃんと清算する。
できるだけ苦しんで、絶望の果てに死んでやると決めた。
全てを、なにもかもを兄貴に捧げる。
なんの間違いか、突然変異か、あの親から兄貴は生まれてしまった。
兄貴はこんな地獄に生まれるべきではなかったのだ。
俺みたいな奴が寄ってくるだけだ。
父親があってないような武勇伝をひけらかし始めた。
何十年生きても気付かない馬鹿のまま。
「お前とか、いかにもな奴だよな。犯罪者になりそうだ。
犯罪者ね。母親にもよく言われた。
「おお、あんな奴になりたいのか?」
俺を俎上に上げて娘にそう言い聞かせている。
「俺が人嫌いなのはな、お前みたいに低レベルの持論を偉そうに宣う馬鹿と関わり合いになりたくないからだよ」
兄貴に遥か劣る低俗なレベルの主張をひけらかす奴がうっとうしい
いいように対応しても印象が悪くなる一方。だからできるだけ喋らないことにした。
それだけだ。もう口が止まらなくなるからこれ以上くだらない主張すんな。
「俺は死ぬほど働いた。税金も払いまくった。機械なんざ当てにならねぇんだよ」
自分は仕事してきたからと父親が威張っている。
馬鹿かコイツ。
工場で働いていた時、自動で動く機械を見て、ああ、俺はいらない人間なんだなと納得したんだ。
何を言っても無駄だ。死んでも直りやしない。自分が必要な人間だとか勘違いしている古い人間だ。
目上に立つような人がどれだけ慈悲深いのかも考えられず。この国が選別のためザルの役割を担っていたのにも気付かず。
クズ共が小競り合いを始めて、勝手に死んでいくいい時代になった矢先にこれだ。
生き残っているのは俺みたいに無神経で呆けている奴くらいだった。
善人の行いが全うに評価される、そんな理想の時代が到来するはずだったのに。
仕事だったら自分が何をしてても偉いとか思っている。
科学者たちが勉強しかできない連中だとでも思ってんのか?
お前らより遥かに頭がいいのに、お前らの生活をよくするため真の意味で社会に貢献している立派な人たちなんだぞ。
彼らの創りだしたモノにどれだけの温情が込められているのか察することもできない。
金銭だって大元を辿れば何もないところから発生している。
むしろいらないゴミが死ねば死ぬほど世の中の回りが良くなる。
テメェらの手間なんかそもそもいらねぇんだよ。
金が畑から生えてくるとでも思ってんのか、このうすらボケが。
人の居場所に土足で入り込んで、侵害することに躊躇いがない。
コミックに出てくるヒーローのような、現実に打ちひしがれたことのない奴が決まって馬鹿にするような、そういった類いの覚悟を堅持することの尊さを寸分も理解できちゃいないのだ。
阻害しているんだ。
それを見過ごせというのか? 冗談じゃない
兄貴に叱られる。
「あ、はいはい。俺が悪かったよ」
兄貴の言うとおりさ。
人の家庭にちゃちゃ入れてもしょうがねぇ。
「……なんだ、コイツ。頭おかしいのか?」
「あんた、やめなって。ここいらじゃ有名な頭のおかしい人らしいよ……」
お前らは兄貴の爪の垢を煎じて飲め。
「長男孫が欲しいんだけどねぇ。源太って名前の。これがいつまで立っても生まれないわけさ」
クソ一家のババアが何か言ってる。
人の話聞いてなかったのか、このババア。
これ以上、人間のできていないゴミが餓鬼を生むなと話したのに。
あそこで精神的な虐待を受けて苦しんでいる孫娘が見えないのかよ。
自分は寿命でもう死ぬとか訳の分からない泣き言を言い始めた。
お前みたいのに限って生き残るんだ。人をストレスの捌け口にするクズはな。
推定、後三十年くらいは。
そうしてのうのうと生きて、どんどん人を苦しめていくんだ。
だから安心しろよ、ババア。お前はどうせ死なねぇから。
ボケてんだな。無視しよう。
兄貴が代わりにうんうんと相づちを打ってる。
優しくする相手を選ばないのが珠に傷だな。
餓鬼が赤ん坊にミルクが欲しいと、近くの薬局に行きたいと言い出した。
親が叱る。それでも女の子は譲らなかった。まあ、立派なもんだな。
兄貴が庇って、代わりに行くと言った。もちろん、俺も行く。
いいか、クズ親共、お前らが子供に与えた心の傷は一生癒えないぞ。
子供は犬やネコじゃない。自分と同じく考える人間なんだ。
たとえどれだけ頭の出来が悪くても、大人に酷いことをされた記憶はいつまでも覚えている。一生根強く残るんだぜ。
恨みを持たれないよう、せいぜい気を付けろよ。
小鳥はいない。仮にここまで来てたとしても奴らは超短命な生物。宿主を見つけられなかったら跡形もなく消えてなくなる。
「大丈夫か?」
何が? ああ、さっきの言い争いのことか?
自分がゴミだと割り切れば、多少は生きやすくなる。何を言われても傷つかないで済むからな。
兄貴は優しいから労ってくれるが、あいつらを寄せ付けた俺の責任だ。
俺は毒素だ。社会の中で生まれた人間の中にいる有害物質だ。
リンゴが腐ってればと、よくある話だろ。
だから早めに死んだ方がいい。
他人を不快にさせるか、イヤな人間に変えてしまうしか能が無い。
俺のグズグズに腐った悪念の矛先が兄貴に向く前に死のう。
俺みたいな無能の命が価値のある死に代替えができる機会なんてそうそうにない。
自殺よりも有効活用したいという我が儘だ。
俺より有能なのに自決を選んだ不幸な人もいるだろう。おこがましいだろうが、その人たちの無念を晴らすためにも未来を繋ぐため頑張らねばならないと思っている。
自分を責めて死んでいった人たちのためにも。
あなたたちの、人間の偉大さを、あの小鳥共に教えてやるのだ。
ああ、眠くて、眠くてしょうがねぇ。
何があっても絶対に諦めない。
兄貴は俺には想像すらできないほどの逆境を乗り越えてきたのだろう。
ミルクを取ってくる。
クズ親共は他人様の功績をまるで自分の手柄のようにあげつらって粋がってる能無し野郎。
安全を確認し、人々はまた死の回廊を歩く。
あの家族の父親がなんか兄貴に感化されたらしく、偉そうに正義を語っている。
所詮は後手の思想だろ。
兄貴に言われた言葉を、まるで自分の口から出たみたいに語っている。
宣った後で出典は~様よりって、語尾に付けろよ。
せいぜい奴らの物の考え方のレベルが俺程度に近づいただけだ。
自分で考えて何が正しいかどうかも他人に訊かなきゃ判断できない。
物事の読解力が養われていないことには変わりないだろ。
それに昨日今日までひたむきに頑張っている人たちを後ろ指差して笑ってたような連中だろ。
馬鹿正直な生き方は恥ずかしいだの。手の平を返してこっち側に来ていいと思うのか?
ダメだね。俺は許さない
自殺して死んでいった奴ら、こいつがのうのうと生きていること自体、彼らの覚悟を侮辱している。
大体、そういうのは表に出さず、内に秘めて原動力とすべき情熱だろうが。
思った通り、自分を誇示することしか考えられねぇんだな。
男は背中で全てを語るのだ。飾らないかっこよさ。
兄貴のように黙っていいことをするのが真の男。
あんなひけらかしの馬鹿と。
見てろよ、すぐに反故するぞ。
俺はさっきよりもコイツを殺したくなった。
コイツがたった今目覚めたモノに背いた瞬間、必ず殺すと決めた。
あまりの怒りで右の拳がわなわなと震えて踊ったが、振り上げようとする前に兄貴の左手がそれを制止し、かぶりを振った。
とはいえ、俺も追随するしか能はない人間だ。人のことは言えないか。
もじもじとさっきの家族の子供が近づいてきた。
兄貴に礼が言いたいらしい。兄貴がそれに優しく対応する。
俺は子供が好きじゃない。まあきっと、人として余裕があるかどうかの違いなんだろうな
「名前なんていうの?」
「……くのり」
そこで急に緊張の糸がいっきに解かれたかのように破顔した。
姉の方を訊いたのか、それとも赤ん坊の方を訊いたのか、よく話を聞いてなかったから俺には解らなかった
この子らの前で、その親に対して言い過ぎたのは反省している。
子供に罪は無い。
「『楽園』に行ったら、綺麗なお花畑を見つけるの。ありがとう、股離さん」
礼なら俺じゃなくて兄貴に言えよ。
仮に助けたのが俺だとしても、そういった行動の正しさを教えてくれたのは兄貴だからな。
少女は頭に疑問符を浮かべた顔で不思議そうに首を傾げ、改めて兄貴に礼をした。
「えっと……ありがとう、兄貴さん」
「別にいいよ」
「でも……」
「んー。じゃあさ、これから困っている人を見掛けることがあったら、今度はキミが、その人のことを助けてあげてくれ。それで十分だ」
「うん!」
あんないくつ歳を取っても礼儀を知らない馬鹿親と違って、あの歳で気遣う心を持ってる。
兄貴と同じ目をしている。
きっとあいつも『裏切れないルール』が心にあるんだ。
俺みたいに間違えた人生を送ったりはしないよ。
やっぱり善人は生まれつき善人だ。
俺の、他人に対してトゲのある言葉でも、兄貴は笑って頷いてくれた。
きっと俺たちは、双子として生まれた時、心が善と悪で別れてしまったんだろうな。
「あの子たちは花畑を見つけられるかな?」
「だといいな」
大人はよく、子供を見くびって未熟な存在と決め付けるが、あの年頃ならもうそれほど馬鹿でも幼稚でもない。
ある程度の分別は備わっているし、お遊戯もクソダセぇとか思う。人格形成も大体はこの時点でほぼ完成しているだろう
俺は自慢してもいいくらいに人を見る目がある。
善人と悪人の違いは、生き方の指針になるべきものがあるかどうかだ。
どうせなら下から順に死んでいくべきだと思うが、あの子は過去の苦しみを決して無駄にしないだろう。
兄貴はゴミ共を切り捨てようとしない。
どう考えても不可能な『全員を救う』という理想の道を切り開こうとする姿は、誰がなんと言おうと正しいに決まっている。
俺のこの極端な考え方ですら覆してくれるのではないか。
兄貴の想いは、それだけの可能性を秘めている。
改心させてくれそうだ。
やり遂げるのでは。
兄貴なら……あの母親でも、できただろうか。
他者を慮ることができるのが、人間の強さの本質だ。
兄貴のような善人がそれを証明してくれる。
全ての闇を払う光となる。
励まされてばかりじゃなく、こういう人のために、俺を支えてくれた兄貴に、命を賭して最大の敬意を捧げたい。
そのために闘えるんだ。こんなに嬉しいことが他にあるか。
何者にも何事にも臆しない、兄貴の目的は必ず達成させろ。俺も手伝う。こんな害虫共にだけは絶対に負けるな
達成できなければ証明できない。だから、必ずやり遂げろ。
言葉なんかじゃなく、行動で見せ付けてやってくれ
全員助けるぞ。
根っから腐り切っている俺と親父に対し、早めの見切りを付けたお袋は先見の明があった。
俺もあの人の息子であることを誇りに、正しい判断をして生きる。
胸に手を当てる。単行本の膨らみ。
……また少しだけ俺に勇気をくれ。ここに頼るしかなかった。
苦しくても目的に向かって邁進できる喜びをかみしめる。
以前では毛ほども感じられなかった、生きる事への執着といまだかつてない生の充実感
精神力で急に力が倍増する。まさに漫画のキャラクターみたいな気分だ。
俺は誰にも理解されなくていい。他人の理解を得るためだけに執着し、自分を誤魔化したまま死んだら、いまわの際、「地獄へ堕ちろ」と自分で自分の耳元で囁いてやる。
覚悟を貫くことだけが大事だ。自分さえ解っていれば。他人じゃなく、自分に認められることが何よりも重要だ、。
自分に誇りを持って死にたい。
この困難を乗り越えた時、その意志はより強固なモノとなるはずだ。
人が大勢死ぬ。
その原因である足手まといの親父が陶器屋へ入り込んだの見て、俺も中へ入って施錠した。
俺の責任だよ。
この期に及んで俺は、自分の名誉を守ろうとしていた。人としての尊厳を。
そんなモノ、初めからなかったくせに。
今朝、この野郎と出遭った時にさっさと殺しておくべきだったのだ。
正義を、ついさっき決意を宣ったばかりなのに、簡単に覆しやがった。
思った通り、半端な覚悟にしかなってねぇ。
所詮、同類だな。
「そうしないと生きていけないんだよ」
他人のおこぼれで生きている連中はみんな同じ言い訳しか使わないな。
俺も同類ではあるが、少なくともそれを自覚し、敬意を払って生きている。
傍目にそこまで違いはないだろうが、そこが俺とお前との絶妙な差だ。
ゴミはみんなそうあるべきだと本気で思っている。
「俺が、一日に何回お前のようなクズに死んでほしいと願っているか知りたいか?」
そうだこいよ。
殴られるってことは、殴ってイイってことだから。
こい、こい、こい……。
謝る?
本物の懺悔は血を見るぞ。
お前の代わりに生きるべきだった人間がどれだけ死んだことか。
色々とどうでもよくなってんだ。
いまさら何を言われたっていい。
じっさいそれくらいの咎はあるだろう。
だがな、地獄みたいな世の中で生きてんだ。
多少の悩みはあるだろう。
いかれそうになるくらい。
弱さをひけらかした時点で、お前はもうクソだっせぇんだよ。
どうせろくでもない野郎だ。
頭の中を開いて逐一確かめたい。
「誰だって間違いはするだろ!」
自分を物差しに誰しもがある程度は悪事を行った過去があると信じ込んでいる
「お前はまず、自分の中に罪の意識を芽生えさせるところから始めろ。そうだな。たとえばお前の罪が千はあるとしよう。俺がこうやって痛めつけたとしても、その内の一を返せるほど安くはないんだぜ」
俺の目の前でガキを怒鳴りつけて教えてただろ。何をされても自分の責任なんだろ?
お前らがいままでやってきた悪辣非道と何が違う。
それがたった今、ようやく返ってきただけだ。
自分の罪から目を背けようとする。
献身で償いをする気すらない。
頭で反省できないクズは、身体に教えてやらなくちゃな。
法律による強迫観念でしか自分を抑制することのできない連中だ
毒素である俺が寄せ付けたせいで、接点ができてしまう。
所詮、俺の本質はゴミ共と一緒かそれ以下だ。
兄貴は助けたいというだろう。
違うんだ。違うんだよ。
正義を胸に抱いて邁進する一握りの人間たちが幸せになるために、その他大勢の有象無象は排除されなくてならない。
どうしてもだ。
人間を作るのは社会との関係性だ。
見えない連帯の輪に縛られる。
足枷となる。
たとえば容姿、性格、振る舞いの一挙手一投足に至るまで。
直向きになろうとしても邪推される。
そいつらのことを執拗に軽蔑するようになってしまった。
だから俺はまともになれない。
頼むから解ってくれ、兄貴。
無理なんだ。こうなったらもうお終いなんだよ。
生きる権利すらない。
俺は毒素だ。
そしてこいつは毒素に引かれてやってきた害虫だ
お前というクズが存在することを実感できて嬉しいぞ。
死刑ってのは死んだ方がいいと思うから殺すんだろ?
殺した方がいい。
本当に悪いと思っていたら、そんな言葉は出てこない。
相手が善人なら話は別だけどな。
お前みたいに人として尊重すべきところが皆無なゴミを、殺したところでなんとも思わない。世界が崩壊する以前からでさえ同じだよ。
存在自体が悪事を波及させて、間違っていることの正当化を良しとしている。
生きていること自体が罪。
「何が兄貴だ。アホか。キチガイめ。お前の言ってる正義は、俺がさっき言った正義のパクりじゃねぇか、この野郎」
……あ、あ、ああああああああああーーーーーッ!?
お前なんかが目覚める前から、世間の時流がそうなる前から、兄貴と出遭うずっと以前からですら、俺は気付いていた。
言葉の通じないコイツらに、頭をかっぴらいて脳を剥き出しにし、いつ頃からどんな思いを抱いて生きてきたのか見せびらかしてやりたい気分だった。
これが俺の考えだと。
この信念は昔の俺が苦しみ抜いた果てに辿り着いた答えだ。
まかり間違ってもお前みたいな何もないクズから得たなどありえない
「もうダメだ。ただでは殺さない」
調子に乗りすぎだ。
自殺した能無し共は死んで当然。
だけど最後に正しいことをしたのだ。
それが愚かだと?
それさえも認めないのなら、彼らの命は一体どうしたら報われた。
正義の在りようを歪めている。
相応しくない。
自分が穢れていると自覚があるからこそ、善人を尊敬することができるんだ。
心を打たれないのは、それを理解が足りないからだ。
人生において本当の苦労をしらないからだ。
「おまえの尊敬してる兄貴もクズだよ、へへっ」
本当は善人様がお前らなんかのために苦労する必要なんて寸分もないんだ。
ちょっといたぶるだけで済ませようかと思ったが、だめだ。
ああいう姿勢を貫く人間だけが、俺の命と魂を救ってくれた恩人だ
この世界で最も誇り高い存在だ。そこにはヒトとしての果てしない差があるんだよ。お前ごときが見下げてんじゃねぇぞ。
そんなことがあってはならない。
「お前のように能無しの分際で粋がってるクズを見てると腹が立ってしょうがないんだよ! お前は今、過去の人生や兄貴も含めて、俺の『裏切れないルール』を丸ごとひっくるめて侮辱したぁ! 絶ッ対に殺おおおおおおおすッ!」
お前は俺ごときに淘汰されろ。
人生の着地点は、俺程度に撲殺されましたでちょうどいいご身分だろ。
言葉を上手く理解できないなら、柔らかくかみ砕いて呑み込ませてやる。
「悪かった、助けてくれ」
そうか、それは残念だな。
俺には二つほど……そう、たった二つだけ自負している取り柄がある。
人の悪意を見抜き、そして暴き出す才能だ。
他人に舐められているが故の賜。
みんな、俺に『本性』を見せてくれるんだ。
ああコイツなら何を言われても黙っているだろうとか、それが手に取るように解ってしまう。
日頃は他人に見せないよう隠しちゃいるけどな。上っ面だけの畜生が、根本的には腐り切っているのだとご丁寧に教えてくれるのさ。
「なあ、お前はもう俺に『本性』を見せちゃくれないのか?」
こんなドサンピンよりも上回る悪意で、セブン博士がネムレスを叩き殺したのように、教えてやっても温情を与えても理解ができないならこうするしかないんだ。
どうせ俺もすぐに逝くから地獄で待ってろ
陶器屋を出て、手が震えている自分に気付く。
俺が人を殺して傷つくとは驚きだった。
ガキの頃から周りに言われ続けていたもんだから、頭のねじが本当に外れているのかと。
罪悪感とか、俺の中の良心が悲鳴を上げているわけではない。
そんなモノは端っから持ち合わせてはいない。
毒素の俺にあろうはずがない。
単純にビビっているだけだ。
「お前は犯罪者予備軍だ」という親からの太鼓判はあったけれど、人を殺す度胸までは兼ね備えていなかったようだ。
こうなってしまった以上、『楽園』へ到達する前、然るべき時に死ななければならない。
軍人と同じで、継続的な殺人衝動の素養がこれからは必要になる。何よりも兄貴を理不尽から守るため。
否定することは俺が許さない。
何もしようとしないくせして図に乗ってるゴミ共は全員黙らせてやる。
殺して良かったんだ。あんな奴、人間じゃない。
報いを受けて然るべきなのだ。
俺は幸せにならなくたっていい。
人殺しの報いを受けようとも、最終的に善人だけが幸せに、笑ってくれている未来に辿り着くのなら、それでいい。
兄貴のような正しい人間がすがすがしく生きるため、俺が代わりにあいつらを断罪する。 兄貴が今まで背負ってきた苦労に比べたら、重荷でもなんでもないさ。
尊敬する人のため何かを成せる。むしろそれが俺の幸せだ。
このどう考えても間違っている連中を悔い改めさせるため生きる。
そんな自己啓発を済ませ、よっしゃー、いらない人間がたくさん死んでいくぞ。
きゃっほーい。
心に灯がともり、生きている実感ですら
兄貴を守るためならと、不思議と勇気が湧いてくるのだ。
もう少しだ、兄貴。勝ち鬨を上げようぜ。
俺がガキの頃からずっと信じてきたモノの勝利だ。
道半ばで突然へたり込む兄貴。
「人を……殺しちまったんだ……! 俺は『楽園』へ行けないんだ!」
まだ先だろ?
「ないんだよ、そんなモノ。地下街の話だ! あそこを抜けられたらどうにかって……それだけだった……」
俺ならともかく、故意であろうがなかろうが殺人は善人にとって尊厳を失う行為だ。
『裏切れないルール』に反することだ。
でも、どうせ殺したのはゴミだろ。そんなことで落ち込むなよ。兄貴は俺みたいに弱い毒素じゃないんだろ!?
俺みたいにビビってるわけじゃない。ただの拒絶反応だ。
「全員助けられる。頑張れ、兄貴」
「いや……俺は、本当はお前のことを……」
嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。
でも、兄貴の理想はそんなちっぽけなもんじゃないだろ?
自体の収拾が付くまで、小鳥やゴミ共といった連中から攻撃を受けない場所に身を隠しておけばいい。
これからどうする。本当にこれでいいのか?
苦しみに耐えて生きながらえるのか、それとも早々にこの地獄から退場すべきなのか。
どちらが善人にとって幸福なんだ。
いや、この世が地獄なら、善人が幸せになれる世界に創り変えるべき。
希望になれる存在を生かすことは優先だ。
困難に立ち向かう。兄貴のすばらしさを、もっと多くの人に理解してもらいたい。
この人みたいに正しいことのため頑張っているけど、報われない善人がきっと大勢いる。
己の存在まで霞んでいくような眠気が襲う。
理髪屋に入ると、大人たちに取り囲まれた。
『楽園』があると流布したのは兄貴だと判明。聞いてない。
乱闘で吹っ飛ばされる。背中に鑑が当たって割れた。
兄貴が殺される。どうしたらいい。
俺の『裏切れないルール』が死んでしまう。
ああ……過去を振り返っても苦しみしかない人生だった。
楽しいのは架空の世界に浸っている時だけ。
なあ、兄貴。俺はあの親父が正義に目覚めた時、なんだか無性に腹立たしい気分になったんだ。
あいつが正しい道を進んでいくことよりも、間違った方向へ逸れることを望んでしまった。
これでまでの人生でそんなこと一ミリも考えたことのない糞野郎が、まるでずっと胸に抱いてきた思いであるかのように振る舞ったのが気持ち悪くてしょうがなかった
奴の心変わりを許容できなかった。だけど、俺もきっと同じなんだ。
俺はただ、兄貴にとって一番の理解者になろうとしていた。そんな欲求しかなかった。
漫画の脇役はただの主人公を持ち上げるだけじゃないのに。ちゃんと肩を並べて力になろうとするのに、俺は。
自分が未だかつてないほどに動揺している事実を受け入れられないでいる。
さっきあの父親を殺した時よりもだ。
現実において孤独のヒーローは決して無敵ではなかったのだ。
この期に及んであいつを庇うつもりではないが、どのみちあのままでも全員死んでいた。
俺がちゃんと対等な立場で、兄貴のツレとして見合うくらいの男になって、同じ悩みで共に苦しんでやるべきだったのだ。
本当は、一緒に幸せになれる未来を何よりも望んでいたはずだった。
その正直な気持ちに任せてもっと早くに行動するべきだった。
あのクソ親父に崇拝する神を冒涜されている気がした。俺は兄貴を、気に入らない連中を否定するための、憂さ晴らしの道具に使ってしまった。
他の誰よりも兄貴の正義に対して無礼なマネをしたのだ。
弊害になってしまった壊してしまった。
考え得る限り最悪の結末。
仮に運命なんてモノがあるとするのなら、まさに自らの業による末路だと認めざるを得ない。
「俺は毒素だ」
嘆きように呟く。
ごめんな。全部俺のせいだ。
俺が他の誰よりも身の程を弁えていなかった。
いまさら何も言う資格はないだろうけど、ただおれは、人を助けるため一生懸命な兄貴のことが好きだったんだ
……いや、兄貴を尊敬している自分のことが好きなだけだったんだろうな。
ヒーローに憧れる俺と同類だったか。勝手に重ねていた。完璧だと決め付けていた。
でも、やっぱり違うよ。兄貴は俺と違って誤魔化さずに前を向いていた。
俺はさ、所詮は圧倒的な正義に酔っ払っていただけなんだ。
腹の中は偉そうで説教臭い。漫画のヒーローには仲間がいる。主人公と対等になろうとして努力する。
それがどうだ、兄貴にとって、俺は一番の弊害になってしまった。
俺なんかには相応しくないって、頑張らない言い訳にしちゃいけなかったんだ。ある程度は自分を信じて行動するべきだったのに。
見よう見まねでもいいから、兄貴のように、確固たる意志を胸に抱いて前に進むべきだった。
大きいように思えて、ほんのちょっとの違いだったのにな。一番肝心なとこに今まで気付かなかったよ。
何を主張しても、常に否定されるだけの人生だった。それでも立ち向かった兄貴はやっぱりスゴいんだよ。
他の誰が不幸になっても、兄貴だけは幸せにならなくちゃいけなかったのに。
唯一尊敬する人を失ったんだ。もう世界がどうなろうが知ったことじゃない
うぬぼれるなよ、下等品種
うぬぼれるなよ、下等品種
うぬぼれるなよ、下等品種
AIネムレスの言葉が頭の中で……うるさい。
人類は小鳥に滅ぼされて然るべきなのか?
違う。乗り越えられるんだ。
俺はできなかったけれど、頼む……誰か証明してみせてくれ
妹を抱いた姉が近づいてきて涙ぐむ。俺の手を優しく撫でた。
「困っている人がいたら……今度は私が助けなくちゃいけないって、言ってたから……」
よせよ、俺は兄貴じゃない。
人殺しだ。
困っている『人』じゃない。
人でなしだ。毒素だ。ゴミだ。
ましてや殺しちまったのは、お前の親だぞ?
助ける価値も道理もない。
ふと手元に散らばった鑑の破片に目を移す。
俺は、『兄貴』と真っ直ぐ目が合った。
「おい、入ってくるぞ!」
小鳥がトタン張りの壁に突き刺さる轟音が鳴り響く。
ああ……そうだったのか。
こんな時にようやく目が覚める思いだった。
眠気の正体である子供の頃の嫌な記憶がフラッシュバックする。
身内から受けてきた、殴る蹴るの直接的な暴力ではなく、言葉を用いてのねちっこい攻撃の数々を、屈辱的な日々を。
あんなみみっちい低レベルの嫌がらせに負けた覚えはないのに!
他人に不幸自慢できるほどの絶望じゃない!
俺の築き上げた『裏切れないルール』はそんなので破綻はしない!
それじゃあ常に被害者面のアイツと同じになってしまうだろうがッ!
あまりの頭痛で発狂しそうになったその時、ふと、神々しい幻影が現れた。
極限状態の中で生まれた、ついさっきまで俺の中に居たツギハギの良心が、光り輝くヴァルハラへゆっくりと運ばれていく、そんな光景が目の前に浮かんだのだ。
たどり着くその前に、それは……兄貴の残滓は儚く萎んで、そのまま消えてしまった。
俺がいつまでも死にたがりの邪な心を断ち切れなかったばかりに、それを克服するため必死に生きようとする良心を自らで殺してしまった。
せっかく自分の中で誕生したモノでさえ、盲信的な崇拝の対象でしかなくなっていたのだ。
根っから毒素の俺はそんな器ではないと自信がなく、だから新しい自分を作って、そいつに全部おっかぶせてしまった。
間違えそうになった時、俺を止めてくれたのに。俺の闇を払ってくれようとしたのに。
……最後の最後で余計なことに気付いたな。
人生の総括である自己分析を終え、手垢の染みたバイブルを閉じ、俺は瞑目する。
もう眠気もなくなっちまったけどさ、まあ……、これでやっと、眠れるな――
「……ごめんね、お姉ちゃん何もできなかったぁ……!」
女の子が赤子を抱きながら、自分を責めて泣く。
妹はきっと、幸せだったはずだ。
愛情が籠もった温かい手で守ってもらえたんだから
何もできなかっただなんて、そんなことないよ。
少しの間だけでも……一緒にいれて、楽しかった。
ありがとう、ここまで支えてくれて、励ましてくれて。
兄貴に出会えてよかった。
俺は生まれてきてよかった。
だから泣かないでくれ。
全部俺のせいなんだから。