離れ離れ、則ち別離
娘と別れた帰り道、総司は土方に聞いた。
「土方さん、何話したんですか?」
「別に。総司は?」
「別に…。」
そう言って総司は足元の石を蹴った。
「可愛らしい娘だったな。」
土方の問いに総司は答えなかった。
さして気にもとめていないという格好をした。しかし土方は前を歩く総司の耳が赤いのに気付いた。
その素直さが可愛らしく、土方は娘との会話を独り言のように話した。
意地悪をしすぎたと心の中で苦笑せざるをえない。
郭で女を買い遊んでいる土方には正直無縁な感情と恋であった。
そして総司は公言した通り境内に通う。
そして何度か会って人見知りをしなくなった総司は、意を決して隣に腰掛ける娘に聞いたのである。
「名前…。」
小首をかしげ娘は弟達に向けていた視線を総司に向けた。
聞こえなかったようである。
勇気を出して聞いたが聞き返されると言いづらくなるものだ。
しまった…と。
内心総司はうろたえた。
それでももう一度娘に向き直り聞いた。
「名前…聞いてない。」
「あっ…。
…陽です。」
総司は少し納得した。
娘が空中に指で書いた陽と言う字。
彼女は名前負けすることもなく太陽のように暖かく笑う。
「俺は総司。」
改めて二人自己紹介していないことに気付いた。
娘は総司を総司さん、総司は娘をお陽と呼んだ。
お互い異性に呼び呼ばれということがなく、こそばゆそうであった。
それから二人、会う頻度が増えた。
お陽は家事の手伝いを頑張り早く終わらせるのだと言う。
総司は嬉しかった。
総司も何度連れ戻されても必ず境内に来た。
子供達の輪に入ることも減り、少し離れた所からお陽と共に見守ることが多くなった。
そして二人きりでも逢瀬を重ねたが、どこからかその話が漏れ近藤の知るところとなった。
局長室に呼ばれ彼女について話すと、町娘ならば正直総司には不釣り合いだと近藤は言い始めた。
近藤は武士という面目のために何かと近頃こだわっている。
それは総司の嫁選びにも及んだ。
とうとうお陽と総司は引き離され、お陽は近藤によって堅気な商人に嫁がされた次第だった。
最後に会って話したかったと。
次と期待した自分を馬鹿らしく総司は感じた。
いつ自分は死んでも可笑しくない。
会っているその瞬間した確かな時間はない。
その時にしか伝えられないのに。
総司は自分の臆病さ加減が歯痒かった。
未だ何も伝えてもいなければ聞いていないこともある。
しかし総司の願いは届かず、二度と二人会うことはなかった。
暫くして総司は変な咳を始める。
労咳だと診断された。
お陽にうつってなければいいけれど、と。
休養をとり縁側に寝そべりながら、ふと総司は思った。
これが総司にとって最初で最後の恋であり愛した人となる。