親近感、そして懐古
「どうかしましたか?」
子供の声で我に戻った男。
うろたえたのを取り繕い一緒に茶でも飲もうと半ば強引に連れ込んだ。
店主が他の客の席に行き談笑を始めたのを見た男は子供に話しかけた。
「狼の子と言われてんだってな。」
一度視線を上げたがまた湯気のたつ湯呑みへと子供は目を戻した。
興味本意で近寄る大人は山ほどいた。
同情するそぶりを見せながらもただ好奇心で近寄る。
この男もその類だと。
多くの場合が誰の子供かと真っ先に聞いてくる。
しかし男は違った。
「お前の父親は沖田総司だろ。」
つ、と茶を吹くのを止め子供は男を見上げる。
初めて名指しをされた。
口を開けたが、何と言っていいか分からずまた閉じた。
しかし男は一人続ける。
「お前、沖田君にそっくりだ。」
母以外の人に言われたのは初めてだった。
「失礼ですがどなたでしょうか?」
子供は親近感を覚えた。後になって、もしかしたら新撰組に敵対する者だったかもしれないと自分の迂闊さを悔いた。
しかし男の返事は子供を安心させた。
「新撰組三番組組長斎藤一だ。
名を改めて今は藤田五郎だ。」
真っすぐな視線に子供は嘘ではないと悟る。
「私は蒼司<ソウジ>です。ソウは蒼で、ジは父の名と同じです。」
と、適当な枝で名前を地面に書いて見せた。
「いい名前だな。」
斎藤は心からそう言った。
母にも会ってもらいたい、と蒼司は言い出した。
別段断る理由もなく斎藤は蒼司に続く。
蒼司は沖田にそっくりだと斎藤は何度も思った。
初めは人見知りをし距離をとっていたにも関わらず今は肩を並べ歩く。
そんなところも似ているらしい。
斎藤は笑った。
何が可笑しいのか蒼司も笑った。
二人で並び京を歩く。
総司と歩いた道を蒼司と歩いている。
似た者をつれていると昔に戻った気になるのが不思議である。
知らない町のように感じていたが今は昔の香を取り戻していた。
何かが京には足りないと思った。
今、斎藤はそれを見つけた。
あの頃は当たり前にいた同志が今はいない。
それが斎藤に疎外感を感じさせたのであろう。
斎藤も又、蒼司に親近感をもった。