思い付き、又は運命
京都に行こうと思ったのは単なる思いつきだった。支度も程々に家内に断り単身京に赴く。
その男にとって京は思い入れのある地であり、多くの思い出される人や物、事がある。
帰郷、という内心であろうか。
懐かしくもあり、又、落ち着かないでいた。
斎藤一として見ていた町並み。しかし今はそれを藤田五郎として眺めている。
男は笑った。
変わったのは男だけではなかったと思い知ったのであろう。
たとえ通りや建物が変わらなくても何か根から変わった気がしていた。
知らない町に来たといった風である。
いずれ慣れるさと。
案外愉しんでいるようである。
いつ合戦場となっても可笑しくなかった通りを丸腰で歩く。
数年前は出来なかった。新鮮である。
多くの人にとっては当たり前で有り難い出来事が男にとって物足りなく真新しい。
一つ静かに笑った。
特に予定もなく来たものだから宿などの手配もなく、しかし思いのほか早くに決まった。
何をするでもなく散策をし昔を懐かしみ一日目を過ごした。
二日目は朝早くから当てもなく歩いた。
そして昼頃に一つの茶屋に入った。
暫く店主と話していれば通りには子供が四人ばかり来る。
剣道をしているらしく防具を皆が持っていた。
すると一人の子供が不意打ちで後ろから竹刀を叩きつけた。
それに対して声を荒げたのは黒髪を後ろで一つ束ねた子供である。
顔は見えない。背をこちらに向けていた。
「卑怯者!!」
武士らしい発言に感心していると、他の子供達は口々に狼の子と罵り走って行った。
「狼の子…?」
狼と自らも言われてきた男である。
理由が気になった。
訳ありだということは察しがつく。
こういうことには首を突っ込まない方がいいと分かっており、いつもなら干渉しない質だが今日は違った。
気になったのだ。
「どうも壬生浪言われてた新撰組の血をひくらしくて。」
だから狼の子なのか。
納得したが余りいい気はしない。
茶を置いて近寄った。
もしかしたら一緒に戦ってきた同士の倅かもしれない。そして何より後ろからの太刀を卑怯だと言ったあの心意気に惹かれた。
「おい、小僧。」
肩を持ち振り向かせた顔は見知った男のそれに似ていた。
生き返った、と一瞬思った。
不思議そうに見上げる子供の顔は新撰組一番組組長沖田総司に似ていた。