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秋風

出会いは心の中に

何もかもが、私の思い通りになる。そう、思っていた。今考えると、思い上がるのもいいところだと感じる。


短大を卒業して、大手商社に就職した。スーツをパリッと着こなし、パンプスのかかとを鳴らして歩いた。アパートを借りて、夢の一人暮らしを始めた。覚えなきゃいけないこともたくさんあったし、上司も怖かったけど、やりがいのある仕事だった。


・・・そう、あの時までは。



「あれ?君、どこかで会ったことない?」


不意に声をかけられ、振り向くとあの人がいた。線の細い、おしゃれな人だった。


「さあ。存じ上げませんが。」


「おかしいな。そうだ、昨日のランチの時に見かけたよ。女の子に人気のパスタ専門店だった。えっと、名前は・・・なんて言ったかな?」


「えっ?!・・・園崎ユリ子ですが・・・」


「違うよ。店の名前だよ。へぇ、ユリ子ちゃんっていうんだ。かわいい名前だね。僕は榊原ミツルだよ。よろしく。」

そして小さくウインク。


「はぁ・・・?」


訳も分からず最初から彼のペースに乗せられていた。この時はまだ、ただの変な人、という印象だった。

数日後。ランチの時間に前とは違う別の店で彼を見かけた。


「やあ、ユリ子ちゃん。君もここに来てたんだね。ここ、おいしいよね。僕たち好みが似てるみたいだね。気が合うかもねぇ。」


なんでだろう。彼の言葉が胸にズキュンと響く。一人暮らしのせいかしら。男ばかりの職場では男性並みに頑張っていて、女扱いなんてされていないためか。そのせいで、ランチすらいつも一人。お弁当を作る余裕すらない。



何度か会ううちに、私は彼にすっかり心をつかまれてしまった。おかげで仕事は上の空。ミスも多くなった。


「いい加減にしてくれよ!俺、今週何度も取引先のお得意様に謝りに行ったんだぞ!?」


「本当に、やる気あんのか!?」


周りから白い目で見られるようになっていった。でも私、ミツルとうまくいくことに比べたら、仕事なんてどうでもいい。そう、思うようになっていた。


そんなある日、偶然ミツルが別の女性と歩いているのを見てしまった。美人でスタイルもいい。まるでモデルみたいな華やかさ。悪いことをしていないのについ、隠れてしまった。普通に声をかければいいのに。声が、出ない。きっと、姉さんだよ、なんて言ってくれるはず。

でも、すごくいいムード。腕まで組んで、くっつきすぎだって!私たち、まだあんな濃いムードになったことはない。

なんだか涙が出てきた。私、負けてる。ひどいよ、ひどい・・・

すると、突然ミツルがこっちをみた。わたしに気づいたようだった。思わず叫んでいた。


「ひどいよ、ミツル!!その女、誰!?」


ミツルは明らかに迷惑そうな顔をした。


「僕の自由だろ。恋人気取りはやめてくれよ。それに僕は君みたいな子供は趣味じゃないんだよな。」


あっさりとミツルは、私を突き放した。彼女と腕を組んだまま、こそこそ何か話しながら行ってしまった。

でも翌日、ミツルはまたやってきた。


「ゴメン、ゴメン。気を悪くした?誤解だよ。あの女しつこくてさ。やっぱり君が一番だよ。機嫌直してくれよ。」


こりもしないやつが。もう彼を信じられない。顔も見たくなかった。仕事も、対人関係も行き詰っていた。


別れた後、自分の通帳を確認したら、貯金はほとんどなくなっていた。彼のためにかなりの額のお金を使っていたことに気付いた。自分のおしゃれためだけでなく、プレゼントもたくさん渡していたからだろう。

どうしたらいいかわからなくなって、気付けば食べまくっていた。いやなことを全部忘れたかった。私に貢がせるだけ貢がせて、結局私のことは捨てて。実は二股かけていて。もしかしたらもっといるかもしれないけど、ともかくあんなヤツのことを忘れたかった。そして、あんなヤツに惚れていた自分が許せなかった。


そんな時、父が倒れたという知らせが入った。私自身、もう限界だった。

仕事はとっくに辞めていた。役立たずと言われいたたまれなくなったからだった。抜け殻のようになって実家に帰ってきた。父は単なる過労で少し休めば良くなった。


でも私はそうではなかった。人に会うのが怖くなり、自室に閉じこもってしまった。何に対してもやる気がなく、何もできずただ時を過ごした。

ミツルは優しかったはずだ。エスコートしてくれて、ドキドキするような時間をくれた。甘くてクラクラするような気分にさせてくれた。なのになぜ、すべてが壊れてしまったのだろう。考えても全然わからなかった。あんなにうまくいっていたのに・・・!!私がミツルを信じられなかったから?女の一人や二人、見て見ぬふりをすればよかったのか・・・?でも、そんなことできない。


誰にも知られず部屋にこもったまま、一年が過ぎた。そんな時に同窓会の通知が届いた。

最初は誰にも会いたくなかった。だいぶ太ってしまったし、会って何を話すというのか。そんな矢先に父は再び倒れた。母は親族のところに行っていていなかった。兄は外国へ買い付けに行っていた。助けるのは私しかいない。救急車を呼び、父の病状を説明し、必要なものをそろえた。てきぱきとこなしていく自分が信じられなかった。

私ってこんなにできる人だったんだ。そうよ、第一線で働いてきたんだもの。それが転機となった。


同窓会に行ってみよう。うんとおしゃれして。だってかなり太っちゃったんだから。すぐに以前の体系に戻してみせる。


会場はほんわかした空気が漂っていた。時が止まったみたいに。ギスギスして仕事をした時とも、自分だけ舞い上がって恋に溺れていた時とも違う。穏やかな空間だった。

さすがにみんな「太ったね」と露骨には聞いてこない。それが、嬉しかった。父の代わりにみんなの写真を何枚も撮った。

そんな中、視線に気づいた。トオル君だった。思いつめたようにこっちを見ていたが目をそらして行ってしまった。なんだろうと思っていると、タカシ君がそっと近づいてきて、小声で言った。


「トオルは、中学での三年間、ずっとユリ子のこと大好きだったんだよ。ずいぶん時間が経っているから今もそうかはわからないけどね。あいつ、不器用だけどいいやつだよ。」


私は、目の覚める思いがした。本当なの?

別にトオル君でも誰でもよかったが、自尊心が破壊されていた私にとってはとにかく嬉しかった。トオル君てどんな子だったけ?帰ってからアルバムを開いた。

よく仲間と悪さをして、叱られていた。でも、いつも楽しそうだった。誰かに意地悪をしたり泣かせたりする子でもなかった。そして林業を継いで頑張っているという、うわさも聞いた。彼の家の裏山の杉を見に行ってみた。

杉の苗がトオル君のようにまっすぐ健やかに伸びている様子に心を洗われる気がした。力が湧いてくるような、この気持ちはなんだろう。無性に、会って話がしたかった。


そして私は口実を探した。ちょうど今、同窓会の写真がある。これを渡しに行くのはどうだろう。雨の日ならきっと家にいるはずだ。


・・・そう思ったのに。庭から見ると開けっ放しの彼の部屋には誰もいなかった。こんな雨の中でも仕事に行ったんだ・・・


しばらく立ち尽くしていると彼が帰ってきた。私は緊張し、深呼吸した。大きく息を吐き出すと、


「こんにちは、トオル君。今、帰りなの?」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 端的でわかりやすい表現で読みやすかったです。 恋から恋へ、思いは違えと受け継がれる心は大切だな、と思いました [気になる点] 誤ったと思って が誤字です。 あと、「」の最後には。は付きませ…
2016/04/05 16:45 退会済み
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