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あめふり傘  作者: δ
3/4

明津

 てな感じで明津怜奈と竹田の出会いが果たされたのだった。

 明津怜奈が竹田に一目惚れしてしまったことは、百人いれば百人ともが認めてくれると思う。


 竹田のヤロウ、こんな可愛い子のハートを射止めやがって、羨ましいぞっ! なんて、思わないこともない。

 しかし俊一は、顔を真っ赤にした明津怜奈と握手を交わす竹田を割合醒めた気持ちで見つめていた。


 これまで竹田に一目惚れした女子の数は一人や二人ではない。まずはそのせいで、大半の男子に嫌われる。

 そして、ここが竹田の損なところなのだが、竹田に一目惚れした女子達は皆こいつの強烈な個性に恐れをなして、三日や四日も経たぬうちにお熱が冷めてしまうのだ。

 去年だったか、卒業を控えた六年生が竹田に告白した際に、奴に「愛とは何か」を延々と語られ続けてエンエン泣きながら帰っていった、なんてこともあったな。

 可愛さ余って憎さ百倍。一目惚れから冷めた女子達は一様に竹田のことを嫌うようになった。


 こんな凛々しい顔面・強靱な肉体・天才的な頭脳を併せ持ちながらもその精神までもが切れっ切れでムキムキでイケメン過ぎるが故に異性から敬遠されるというのだから、嘘偽りなく竹田のことは可哀想だと思う。

 明津怜奈の一目惚れはいつまで続くのか。それを思うと俊一は竹田のことを素直に妬ましくは思えないのだった。


「あのー……もう離しても良いかな?」


 中々握手の手を離そうとしない明津怜奈に困り果て、竹田が恐る恐る訊ねてみる。

 明津怜奈は殆ど無意識に手を握っていたようだ。竹田の言っている意味が解らず「へっ?」と聞き返した後で、自分の右手に必要以上の力が込められているのにようやく気付いて慌てて手を引っ込めた。


「はわわわ……!」

「おもしろ。」

「きっ、木村君うるさい!!」


 思わず出てきた俊一の軽口に、明津怜奈は彼の背中を叩いて応える。


「イタタ……」

「ご、こめんなさい。私ったらいつまでも手、握ってて……」

「あ、僕に謝ってるんじゃないんだ。」

「当たり前でしょ。木村君は自業自得。」

「そうだぞ俊ちゃん。何が面白かったのか全く分からんが、人をバカにしたんなら叩かれても文句は言えない。」

「「…………。」」


 三人の中でただ一人、竹田だけが事態を見抜けないでいる。

 そのことで明津怜奈は安堵し、俊一はこういうことに関してはニブニブの友に持てる限りの全ての哀しみを捧げるのだった。


「……ま、まあ、とにかく竹田が元気そうで何よりだ。なあ、明津怜奈?」

「えっ!? あ、うん。そうだね。」

「竹田、学校いつまで休むの?」

「もう風邪の方はだいぶ治ってる。明日にでも、登校を再開できるだろうね。」

「そうか、それはよかった。」

「……。」


 俊一は純粋に労りの言葉を述べる。が、明津怜奈の表情が途端にかげりだした。

 翌日また学校に通うと聞いて、今朝の出来事を思い出したのだろう。明日の朝も今日と同じように悪口を書かれた紙が机の中に忍び込まれていたら……。


 竹田ならばそれを見て「はっ。“マジメ”、“優等生面”? この俺に向かって何を今更……“タコ”? なるほど、俺の優秀すぎる頭脳をたこの知性に例えたというわけか。うまい文だ。……“テツガクシャ”…………おい誰だ! 俺を無能な哲学者呼ばわりする奴は! 正直に名乗り出ろ!!」などと気丈に喚き出すのだろうが、仮に明津怜奈がその場にいたとすれば、彼女の目には竹田の行動は悪口を書かれた苦しみを覆い隠す空元気にしか見えないのだろう。


 こいつと長く過ごしていればそのひねくれた性格も分かってくるものだが、初心者である明津怜奈には土台無理な話だ。

 俊一はもうこの際明津怜奈の誤解を力ずくで解くのは諦めて、彼女には竹田と一週間お試しでオツキアイさせてみようかと思い始めていた。そうすれば彼女も竹田の何たるかが次第に掴めてくるはずだ。


 明津怜奈が何か言いたそうに指をモゴモゴさせて、それを俊一が眺める構図がしばらく続いた。

 そのとき、竹田の顔が明津怜奈の家の車庫の方に向いた。


「?」


 そのすぐ後、竹田の視線の先に一台の車が現れる。


「あ」


 車庫に後ろ向き駐車したヴィッツを見て、明津怜奈が息を漏らした。


 家の車庫に停めるからには、明津怜奈の家族で間違いないはずだ。果たして、その車のドアを開けて出て来たのは明津怜奈にそっくりの、エコバッグを提げた大人の女性だった。


「お母さん?」

「……うん。」


 俊一の素朴な問いに、明津怜奈は数秒遅れて答える。

 彼女の目はずっと女性の姿を追っているが、対する女性は我が子の顔など見向きもしない。敷石の上を玄関に向かって一目散に歩いてゆく。


「……。」


 明津怜奈と、俊一と、竹田の視線が集中する中、女性はバッグから鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。

 扉は既に明津怜奈が開けてしまっていたので、必然的にその鍵は鍵穴の中で空回る。

 そうして女性はドアノブを回し、去り際に一瞬だけこちらに視線を向けて、家の中に消えていった。


「……。」

「……えーと……」


 なんだか見てはいけない物を見たような気がして、俊一は言葉に詰まる。

 ふつう、我が子が友達と一緒にいるところを見れば世の母親は嬉しがって何か言ってくるもんじゃなかろうか。「あらぁ、怜奈のお友達? よろしくね」とか「うちの子と仲良くしてやってね」とか。そうでなくてもせめて自分の子供に「どこか出掛けるの」とか「あんまり遅くなっちゃだめよ」とかくらいは声を掛けるものでは?

 それがどうしたことか、明津怜奈の母親らしき女性は我が子に対して殆ど関心を示さなかった。

 去り際に唯一向けてきた視線もどこか陰鬱としたものだったし。明津怜奈は母親とうまくいってないのだろうか。


 その辺りのことを話題にしようと口を開いた俊一だが、他人の家の事情に口を挟むのはどうかと思い、止めた。自分だって母親と喧嘩した翌日に「お前んち、昨日すごかったな。怒鳴り声が外まで聞こえてきたぜ」なんて言われたらなんだか居たたまれなくなってしまう。


「ねえ、明津さん。」


 だのに、俊一がせっかく思い留まったというのに、竹田がおもむろに話しかけ始めたではないか。


 彼の名誉のために言っておく。竹田は決して野暮な男ではない。人の気持ちが分からない男でもない。ただ単に感性が異常なだけなのだ。

 だから俊一は、自分さえ黙っていれば竹田も今のは見なかったことにしてくれるだろうと高を括っていた。何か別の話題を探してもくれるだろう、と。


 それ故、竹田が口を開いたのは想定外だった。

 しかし「開いた口は塞がらない」。俊一には彼の次の言葉を待つほかに方法がなかった。


「……何ですか。」


 少し気まずそうに明津怜奈は返す。

 そんな彼女に竹田の口から投げ掛けられたのは、意外な質問だった。


「君、何でここに引っ越してきたの?」
















 俊一には問いの意味が解らなかった。

 何でって、彼女は宮城県から来たって言ってたし……震災の被害から逃れるために越してきたのではないのか?


「震災からもう五年も経ってる。これは俺の勝手な思い込みだから、間違ってたら怒ってほしいんだけど……あれからこんなに時間が経った今、こんなつまらないところに引っ越してきたのには、震災意外の何か別の理由があるような気がしてるんだ。」

「……!」


 明津怜奈の持っている傘が、ずるり、と滑り落ちた。傘の柄が彼女の左手に引っかかって落下は免れたが、明津怜奈がそれに気付いて傘を持ち直したのはそれから一秒経ってからだった。

 竹田は言葉を続ける。


「俺は震災で家を失ったわけでもないし、家族の誰かを無くしたわけでもない。だからそういう人達の気持ちや考え方が分かってないのは承知してる。……でも、不思議だったんだ。震災で、元いた所にいられなくなって引っ越したんだとしたら、すぐにでも向こう三軒両隣に挨拶に回って地域に溶け込もうとしそうなものだけど……でも、君の家はそうしなかった……なんだか、溶け込むどころか逆に“関わりを持たないように”努めているみたいだ。」


 竹田がそれだけ言うと、明津怜奈は彼からゆっくりと視線を外し、斜め下を向いてしまった。

 彼女の瞳の先には鉢に植えられたトマトが置いてあるが、決して植物を眺めていたいわけではないのは明らかだ。


「……ごめん。適当なこと言って。怒ったなら言ってほしい。」


 軽く目を伏せて、竹田は謝罪する。

 その申し訳なさそうな声を聞いて、明津怜奈はふるふると首を振った。


「ううん。竹田君の言ってること……当たって、ます。」


 か細い声で、ちらちらと自宅の方を盗み見ながら明津怜奈は言った。


 竹田と俊一は彼女の次の言葉を待つ。

 しかし、いくら待っても続けて口を開こうとしないので、竹田が思い切って続きを促した。


「どうしたの。宮城県むこうで、何かあったの。」

「……誰にも言わないでもらえますか。」


 そう言って彼女は竹田を見て、次に俊一にも目を向けた。

 俊一と竹田はほぼ同時に頷く。

 こちらを見る明津怜奈の目は、何かに怯えているようにも見える。一体何が怖いのかはまだ分からないが、彼女がそんなに恐れていることを嬉々として言い触らすつもりなど俊一達にはない。


 竹田が頷いたのを見て安心したのだろうか、明津怜奈は彼に向かってここに来た経緯を話し始めた。何だか軽んじられた気がしないでもない俊一は泣きたい気持ちをぐっと堪えて、しばらくは黒子として二人の側に潜んでいることにした。


「五年前……あの日の地震でお父さんやお母さんの知り合いがたくさん死んでしまいました。私達一家は、無事です。海から遠いところに住んでたので、津波に流されることもなく……家の中はめちゃくちゃになったけど、それまでに近い暮らしを送ることはできました。」


 声を潜めて、彼女は語る。自宅にいる母親に聞かれまいとしているのだろう。

 「近い暮らし」とは言っても、震央から数百キロメートルも離れたところで暮らしている俊一達のような人達よりかは制限の多い生活を送ってきたのだろうが、あくまでも“家を失った人に比べれば”ということを彼女は言いたいのだろう。


「死んでしまった知り合いも多いけど、生きている人もたくさんいます。お父さんの高校の先生とか、生徒とか、私の友達のお父さんとかお母さんとか……」


 そこで明津怜奈はつらそうに言い淀む。

 一度は決心したとは言え、隠していたことを打ち明けるのはやはり勇気がいるのだろう。


 静かに、根気強く竹田が待ってあげると、しばらくしてから明津怜奈は続きを語った。


「私のお父さんが理科の先生だっていうのは言いましたっけ? お父さん、学生の頃は結構頭良かったみたいで……今でも科学に関係ある話になると自分の意見を言わずにはいられないんです。それで、その……」

「……。」

「地震のずっと前から、お父さんの高校では原子力発電について話し合う授業をしてたみたいです。もちろん、地震が起こった後も。高校の生徒さん達は皆、原発はすぐにでもなくすべきだって言ってたって、お父さんから聞きました。」

「……ああ。」


 そこで突然、竹田が納得したような声を上げた。パーカーのポケットに両手を突っ込み、残念そうに首を振る。


「君のお父さんは、原発に賛成してたんだね?」


 自分より頭一つ低い明津怜奈を見下ろして、竹田は言った。

 明津怜奈は、初めは彼の目を見ていたが、そのその視線が僅かずつ下がり、ついには竹田の喉元に向かって話しかけていた。


「賛成ってほどでもないんです。放射線とか、廃棄物とか、皆が原発の悪いところを取り上げてるのに、お父さんだけは原発の良いところを持ってきて、『デメリットだけじゃなく、メリットも併せて考えなきゃならない』って、生徒さん達に教えてたみたいです。」

「……そう。」

「それは地震の後でも変わりませんでした。それどころか、周りの皆が原発反対に一生懸命になるにつれて、お父さんも段々頭に血が昇っちゃったみたいで……『そんなに原発が怖いなら電気を使わなければいい』って怒ったり、『反対、反対ばかり言ってないで、自分の頭を働かせて原発の代わりになるエネルギーを開発したらどうだ』って、他の人からしたら自分達をバカにしてると思われること言ったり……」

「……。」

「それで、お父さんは嫌われちゃいました。でも、お父さんは諦めなかったんです。お母さんだけはお父さんの味方だったから、他の人からどんなに嫌がらせされても、二人で支え合って耐えてきました。でも、そのうちに……」


 竹田の表情に陰が差した。彼女の言葉の続きを察したようで、瞳が悲しそうに揺れた。


 しばらく躊躇した後で、明津怜奈は一息に言い切った。


「そのうちに、私が学校でイジメられるようになりました。皆、私のお父さんが高校の先生で、皆とは違う意見を持っていることを知ってたから、そのことで学校の皆にヒドいこと、されるようになったんです。教室の机の中にイタズラされることも何度かありました。それまでずっと、元々住んでた場所で頑張ることにしていたお父さんは、そのことを知って引っ越すのを決めたんです。」


 ちらり、と竹田の様子を窺い、すぐに手元の傘に視線を移す。

 傘の石突きがタイルに当たり、コン、という音が近くに響いた。


「さっき、お母さんは気を遣ってくれたんです。私がお母さんと一緒にいるところを他の人に見せないようにって……。前の学校で私がイジメられたのはお母さん達のせいだって、思いこんでるから……」


 俊一と竹田は顔を見合わせた。明津怜奈は俯いていて、ともすれば塞ぎ込んでしまいそうだ。それほどつらい過去を、彼女はこの二人に打ち明かしてくれているのだ。彼らが誰にも喋らないと信じた上で。

 何かしてあげられないだろうか。そう俊一は思うのだが、自分にできることなど何一つ無いような気がしていた。

 ぜいぜい出来ることと言えば、慰めてやること。しかしどんな慰めの言葉も、どこか陳腐で、浮ついて聞こえそうだった。


 竹田は右を向いた。彼の見ている先には明津怜奈の自宅の窓がある。

 リビングの窓なのだろうか。閉じられたカーテンの僅かな隙間から、LEDの白い光が漏れている。部屋の様子など見えはしないが、おそらくその窓の向こう側に明津怜奈の母親がいるのだろう。
















 俯く明津怜奈の頭の天辺に、ポン、と温かいものが置かれた。


「……?」


 何だろう、と顔を上げる。

 それが手の平で、竹田がポケットから手を出して彼女の頭に伸ばしているのだと気付いたのも束の間。

 その手の平が彼女の髪を掻き回した。


「わわっ!?」

「元気出せよ。」


 にっこり笑いながら、彼女の頭をぐりんぐりんと回し続ける。俊一も、明津怜奈も一体竹田は何のつもりなのかと驚き慌てた。


「ちょ、竹田!?」


 俊一が裏返った声を出すと、竹田はようやく腕を離した。

 次の瞬間、目を回した明津怜奈の両肩を竹田はがっしと掴んだ。


「ひゃあっ!!」


 頭を思いっきり振り回されて右も左も分からなくなったところで、突然肩を固定されてはびっくりするのも無理はない。

 その上相手は一目惚れしたばかりの竹田である。落ち込んでいた彼女の心拍は急上昇し、顔だけではなく全身が火照りだした。


 さて。この恋する乙女にイケメン竹田が何をしたかと言えば、肩をぐいっと回して彼女の自宅の方に体を“左向け”させただけなのだった。


「ほれ。」


 明津怜奈は背中を押され、一歩、二歩自宅によろめく。

 竹田の押し方は軽いものだったが、如何せん明津怜奈の平衡感覚は狂っていたのであるから、彼女は体軸を支えるために俊一の袖を掴まざるを得なかった。


「明津さん。家ではどうなの。」

「え?」

「お父さんやお母さんと、うまくいってる?」


 かつて俊一が呑み込んだその問いを、竹田は躊躇うことなく投げ掛けた。


「……はい。お父さんもお母さんも、家の中ではとっても優しいです。外ではあんなに冷たいのだって、私のことを想ってくれてるからなんです。」

「そっかそっか。なら安心した。」


 ポケットからもう片方の手も出して、竹田は右手で明津怜奈の家を示した。


「なら今は、お母さんと一緒にいてあげな。お母さんのつらいこととか、苦労とかは自分から聞き出さなくてもいいから、その代わり明津さんは苦しいことやつらいことを全部、お母さんに打ち明けるといいよ。」

「お母さんに……?」

「うん。……ほら、お母さんが君の帰りを待ってるから。お母さんをたくさん頼ってあげるといい。」


 俊一の袖から手を離して、明津怜奈は背を伸ばして竹田を仰ぎ見ていた。


 竹田の言っていることは、端的に表せば「家に帰れ」だ。だが彼は決して明津怜奈を邪険にしているわけではないし、「お母さんに甘えてろ」とも取れる発言は、彼女を馬鹿にしているわけでは勿論無い。

 明津怜奈にだって、そのことは竹田の口振りから分かっていた。


 うん。と頷いて彼女は二人に背を向けた。

 石段から下りて、自宅の玄関に真っ直ぐ足を踏み出す。彼女が通った後には、一粒二粒の涙が散っていた。


 と、


「あ! 明津さん、ストップ!」


 竹田が大声で呼び止め、明津怜奈がビクッとして止まる。


「ちょっと待ってな!」


 怪訝な顔で振り返る明津怜奈を残して、竹田は家の中に消えてしまった。


「??」


 俊一と明津怜奈は、訳が分からず互いの顔を見合わせる。

 玄関の奥の方で階段を駆け上る音が轟いたかと思うと、しばらくしてまたデデデデデッと何かが転がり落ちる音が響いてきた。


「ほら、これ! 持っていきな!」


 またまたけたたましく登場した竹田の手には、未開封の煎餅の袋が握られていた。


「これは……?」

「この間ウチのオカンが駅で買ってきたヤツ。まだ食べたこと無いけど、多分美味い。何と言ってもオカンの食い物を見る眼は確かだからな。」


 えっへん、とさも自分のことのように威張り、明津怜奈の鼻先にそれを突き出す。


「良かったら食べるといい。お隣の竹田さんからだと言ってな。そして君のお母さんに伝えてほしい。たとえ向こう三軒と右隣が敵に回っても、左隣の竹田家は明津家の味方。神通(じんづう)庄屋(しょうや)小学校史上無双の天才竹田四郎とそのお友、木村俊一は何があっても怜奈さんを守る! と。」

「おい。」


 勝手に自分の名前を持ち出された俊一は竹田に食ってかかるが、スルーされたので大人しく退き下がる。

 今こいつは僕のことを「お供」と言ったような気がしたが、まあ、聞き違いだろう。


 竹田が大きな声で言い終えると、明津怜奈の頬がまた赤くなった。母や父の味方をする宣言をしてくれた嬉しさはもちろんのこと、面と向かって「君のことは俺(達)が守る!」と言われた恥ずかしさもあるだろう。


「そんな大声で言っちゃったら、もうお母さんにも聞かれちゃってますよ?」

「む。まあ、いいだろ。もしかしたら聞き逃した部分もあるかも知れないから、改めて伝えといてほしい。」

「……フフッ。」


 照れ隠しのつもりで言ってみたら、竹田から真面目な回答が返ってきた。

 明津怜奈は煎餅を受け取り、傘と同じく大切そうに胸に抱える。


 もう一度家に向かう前に、彼女はきゅっと目を細めた。


「竹田君、ありがとう! 木村君も、また明日!」


 ───彼女が今日、初めて見せた笑顔だった。










「なあ、竹田。」

「どした?」

「お前さ、年いくつ?」

「は……十一歳?」

「ウソ付け。ほんとは高校生だろ。」

「は、はぁ?」

「お前絶対小学生じゃないって。僕と同い年だってのが信じられない。」

「お、おい俊ちゃん!? 俺と過ごした小学校五年間の日々を忘れたのか!?」

「ああ……思い出した。確か二年生の時に『ゼッテーこいつチューガクセーだよな』って不思議に思ってた記憶が……」

「何言ってんだよ俊ちゃん! 目を開けて現実を見ろよ!」


 まあ、目を開けて見た先にいるのが小学五年生の体をした男子であるのは認めるが、こいつはやっぱり見た目は子供で頭脳は大人なんじゃないかと思うことが時々ある。

 いや頻繁にある。


 明津怜奈が自宅の玄関に消えてから、俊一も「それじゃあ」という訳で帰ることにした。「せっかくだから遊んでけよ」と竹田は言うが、奴の家ですることといえば囲碁か将棋か、はたまた危険な台所実験くらいだ。

 気が向いたら付き合ってやらんでもない。が、今日のところは「明津怜奈と一緒にやれば」とだけ言って俊一はランドセルを担ぎ直した。




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