第1盲目 そいつは突然に……
行ってきます――
そして、母はいつも通りの決まり文句。
車に気をつけてねとつまらない定型文句。
青年は母親というのは、
もう言わなくても分かっている事を繰り返し言ってくる。
つまらない生き物だと思っていた。
土曜の夜自転車に乗り、ちょっとコンビニへ行くところだった。
車なんてそれほど気をつけるほどの距離ではなかった。
青年はイヤホンを付けたスマホを取り出すと
それを両耳に入れて、お気に入りのプレイリストを再生。
疾走感のある曲を聞きながら、風を切って走る事が青年は好きだった。
公園の脇を通り、
その一番端を超える少し手前。
そいつは突然やってきた。
彼女は、スマホを操作しながらそのまま止まる事なく歩を進める。
端は木々の柵といえばいいだろうか?
そんな緑が公園の周りを取り囲んでいて、見通しの悪いところだった。
昼間だったら、隙間からシルエットは伺えたのかもしれない。
青年は突然の事に直ぐにブレーキをかけられず、避ける為に左にハンドルを切った――
だが、左は車道であった……
原則、自転車は左側通行のところを青年は右側を走っていたのだ。
もし左側を走っていれば?
いや、そもそも自転車は車道を走らなければならない。
車道を走っていれば斜め右への視界が開け、余裕で彼女の姿を認識出来たであろう。
ある専門家はこのように言った。
歩道は安心、車道は安全だと。
だが、日本の道路は自転車も走るには狭すぎるのだ。
都心は開発が進んで改善されてきていても、少し離れれば全くもって手付かずな所も珍しくない。
それに、どうあっても広げられないだろうという場所もある。
誰もいない歩道を走っていた青年を誰が責められようか?
それでも青年がぬかったのは確かだった。
スピードを出していたのは言うまでもなく。
もしもの為に直ぐにブレーキをかけられるように、ハンドルを待機状態にしておくという保険すらかけていなかった。
イヤホンも、せめて片耳にしていれば、
そして、青年はライトも付けていなかった。
少し古いタイプで重くなるのだ。
ギアを入れた上でライトも点けるのは躊躇われた。
それに車の通りもそれなりにある、車が照らしてくれれば安心だと思っていた。
青年側の非が圧倒的に多いとはいえ、
右から来た彼女に全くの非が無かったというわけではない。
両耳イヤホンでバックグラウンド再生によるスマホ操作。
ながらにながらを重ねたマルチタスク。
こちらも注意は散漫であった。
もしくは……もうやめよう――
そんなあったかもしれない話なんてしてもしょうがない。
何故なら事は既に起こってしまったのだから……
人生は一度きりであり、人間の命は一回限りなのだ。
後悔する前にあらゆる可能性を予測して、それを避けていかなければならない。
一つの選択を間違っただけでもう逃れられない分岐点。
そんなものと笑う者はそんなもので泣くのかもしれない。
そして青年は丁度走ってきた自動車にぶつかり
――吹き飛ばされた……
人間の体はそんな簡単に飛ぶ――
それからどれくらい、時間がたったろうか?
青年は薄れる意識の中で、ぼやけて赤く回る光に救急車のサイレンが聞こえ――
人間はあっさりとそんな簡単に死ぬ……
――次回、喪おに
彼はその前で立ち止まった
手を伸ばし、そいつに触れようとした時
その掌に温かいものを感じる
振り向けば……がいる……