8:お兄ちゃん、心配する
エルネスト視点です
新しい公園の落成式の次の日、なぜかユーグが落ち込んだ様子で執務室にやってきたので、私と宰相のブラッドリーは思わず顔を見合わせた。
「どうしたんだユーグ?」
「どうしたんですか、ユーグ様。元気がありませんね」
「……何でもありません」
弟よ、兄ちゃんをなめるな。どうみてもその顔は何かあった顔だろうが。だがしかし、ここでユーグにあれこれ聞いたところで無駄なのも、私はよおおおく知っている。
なにせ弟は、昔から弱音をはかないやつだったが騎士団に入ったせいなのかそれがさらに磨かれて、周囲からは“鋼鉄の副団長”と呼ばれて慕われてもいるが恐れられてもいるのだ。
本当は鋼鉄どころか、隣の国の公爵みたいにただの不器用な堅物なだけなのに。外見からくる印象ってすごいよなあ。
「陛下、私に用があると団長から伺ったのですが」
「そうそう、タレイラン公爵として隣国で開催される会議に参加してきてくれ。それと私の名代として“離島”に行き、書状を届けるついでに様子も確認してきてほしい」
“離島”とは私の父が側室殿と住んでいる離宮がある島だ。愛する三男の側にいたいだろうと私なりに配慮してさしあげたのだが、不満な様子だと島の管理者から連絡がきた。
全部とは言わないが、それなりに要望をかなえているというのに我がままな人たちだ。あの書状でおとなしくなってもらわないと、こちらも別の手段を考えなければ。
「かしこまりました」
「会議は明日から2日間でお前が出席することは先方には伝えてある。離島は会議の報告をこちらに済ませてから行ってくれればいい」
私がそう言うと、ユーグは一礼して部屋を出て行った。
「さて、あいつはどうしてあんなに落ち込んでるんだ」
「私に分かるわけないだろうが。あ、もしかしたらアルマンド室長なら知ってるかもしれない」
「そういえばユーグは、いっつも仕事前に図書室行ってるんだよな。そこで本を読むのが楽しみというが、屋敷から出ると騎士団と図書室しか行かないんだよな~。もっと綺麗な花でも拝めばいいのに」
「皆が皆エルネストみたいじゃないからね。おまえ、いい加減王妃決めろって言われてるけど、どうするんだ」
「どうして私の結婚話になるんだよ。今はユーグの問題だろう。うーん兄として気になってしょうがない!よし、アルマンドを呼ぼう」
「分かった。私が手配するから、エルネストはこれを処理して。今日の分ですよ、陛下」
そう言ってブラッドリーは大量の書類を机の上に置いた。……おい、前が見えないんだが。どこから出た、この量。
仕事を終える頃、アルマンドがやってきたのでユーグの様子を話してみた。すると、なぜかニヤリとして話し始めた内容に、私もブラッドリーもちょっと驚く。なるほど、そういうことだったのか。へええ、ユーグがねえ。
「ユーグもそういうことで悩む日が来たんですねえ。今までそれなりに付き合いはあったようですが、本人悩んだことなさそうですし」
「それはそうでしょうね。まあ今まで素性で避けられるなんてことなかったでしょうし」
ブラッドリーとアルマンドがしみじみと話している。なんか、2人とも私の異性関係よりもユーグの恋の行方が心配らしい。まあ、私は自分でなんとか出来るからな。
それにしても、ユーグが自分の素性のせいで好きな女性に避けられるとは……ここはお兄ちゃんが一肌脱ぐしかないな。
「アルマンド。その女性、アメリアはどんな女性なんだ?」
「真面目で頑張り屋ですよ。仕事もきちんとしているし職場でも皆に好かれております。モーズレイ伯爵令嬢と親しく、よく本の話をしていますよ。ただ家族とは隔たりがあるようですね」
「問題のある家なのか?」
「いいえ。彼女の実家は地方領主で、あまり裕福ではありませんが問題は特には。ただ、実の父親とその再婚相手、今の両親の間に生まれた異母妹というなかでは、少し距離があったようです」
「ああ、そういうことか。私もアメリアの人となりを自分で確かめてみたいものだな」
「……陛下」
「エルネスト、またろくでもないこと考えただろ」
ブラッドリーとアルマンドがやれやれと言った感じで私を見る。失礼なやつらだ。弟の相手をじかに見たいという兄心が分からないとは。
「ろくでもないかどうかは、これから私の話を聞いてから判断すればいい」
私はそう言って、自分の思いつきを2人に話したのである。