6:悪気はなくとも
サディと一緒に行った菓子店で私はケーキの味が分からない。淡いピンク色のクリームとフルーツがふんだんにのったケーキは美味しいはずなのに。
私、なんて失礼な態度でユーグさんに接していたんだろう。室長に知られたらクビになっちゃうのかな……。せっかく自活の手段を手に入れて王都の生活に慣れてきたのに。
「どうしたのアメリア。なんだか疲れた顔しちゃって」
サディの心配そうな声にはっと顔を上げ、あわててへへへと笑う。
「ごめん、国王様見ようとおもって騎士様たちの間からのぞいてたら疲れちゃって。ケーキ、美味しいね。このピンクのクリームはちょっとバラの香りがしない?」
「アメリア、すごく頑張って見てたもんね。確かにクリームはバラの香りがする!なんか明日の仕事も頑張れそうな気がするよ」
「ふふ、そうだね」
明日は仕事だ。いつもならユーグさんが来るのが楽しみだったんだけど、明日は会いたくない。でも、もし会ったらちゃんと謝らなくては。
「サディ、私頑張るよ」
「う、うん。よくわかんないけど頑張って?」
きょとんとした顔のサディに笑顔をつくって、私はケーキを食べた。
願い事と言うのは、叶ってほしいものよりも叶ってほしくないものが現実になってしまうのはどうしてなんだろう。
ユーグさんの姿が見当たらなくて内心ホッとしていたのに、午後一番で本の返却ワゴンをおしているときに見覚えのある姿をいつもの場所で見つけてしまった。静かに本棚の影に隠れようとしたけれど、ワゴンが音を立ててユーグさんが顔を上げてしまう。
「やあ、アメリア」
「こ、こんにちはユーグ様」
「アメリア?」
深々とお辞儀をした私にユーグさんがまゆをひそめたのがチラッと見えた。
「……申し訳ありませんでした。知らなかったとはいえ元第二王子のタレイラン公爵様に失礼な口調で話しかけてしまって。これからは気をつけます」
「……いつ、私の素性を知った?」
「昨日、新しい公園の落成式に行きました。そこで一緒に行った友人が教えてくれたのです」
「なるほど」
「本当に申しわけありませんでした。あ、あの、もう二度とあのような口調で話しかけません……あの、本を片付けなければいけませんので失礼します」
「ちょっと待てアメリア」
ユーグさんがなぜか慌てた口調で私を引きとめようとするけど、もうこの場にいるのが辛くて無礼だとは思ったけれど私は再びお辞儀をしてワゴンを押してその場を立ち去った。
……どうして泣きたい気持ちになるんだろう。ちょっと気になる人が実は自分に手が届かない人だって分かったから?でも、素性を知らなくても上質な服や威厳のある物腰から自分とはつりあわないって思っていたはずなのに。
「アメリア、本が残っているよ」
いつの間にか私の目の前にアルマンド室長が立ち、心配そうな表情をしている。
「す、すいませんっ。今すぐ片付けます」
「アメリア。ここは別の誰かに頼むから、きみはちょっと室長室まで一緒に来なさい」
そういうと室長は、ジリアンを呼んで本の片づけを頼むと私を連れて室長室に向かった。
室長室は図書館の2階にあって、稀少本を保管している部屋の隣にある。でも室長は私たち司書の事務室に設置している自分の席で仕事をしたり、図書室内を歩きまわるのが好きでめったに室長室は使われない。
だから室長室を使うときというのは、よっぽど重要な用件のとき。私が呼ばれたってことは、やっぱりユーグさんに対する不敬のことしかないはず……でも他にもやらかしているのかも。どっちにしろ私、解雇なんだろうか。せっかく憧れの職場に就職したのに……でも、地元には帰りたくない。ああ、どうしよう。
私は室長にばれないようにため息をついた。