5:ユーグさんの素性
朝ごはんを食べるため、部屋を出ると隣室のサディもちょうど顔を出したので一緒に朝食を取ることにした。
サディは王宮の文書室で働いていて、私と同じ年齢だ。部屋が隣ということもあって、顔を合わせるとよく話す。
朝食は日替わりのパンとスープ、卵料理にお茶と決まっていてパンとスープはお代わり自由。でもパンは2個も食べればお腹一杯になる大きさだし、スープも具沢山で大きめの器にたっぷりだ。
「アメリアは今日も仕事?」
「ううん、今日は休み。だから部屋の片づけをしようと思って」
「あら!じゃあ、午後から一緒に新しい公園の落成式に行かない?」
「公園なんて出来たの」
「なんでも先代国王様が側室の方に差し上げた場所なんですって。もうおふたりともこちらに戻る予定もないし、使われない屋敷が残っているだけなのはどうかと国王様が思い切って市民に開放することにしたらしいの。お屋敷は内部が公開されるんですって」
「側室の方って“恋を選んだ第三王子”を産んだ方よね」
国王様には弟が2人いらっしゃって、一人は臣下に下ってタレイラン公爵に。もう一人が“恋を選んだ第三王子”と呼ばれる方だ。なんでも静養のために訪れた島の離宮で運命の恋に落ち、王子の身分を捨ててその方と結婚したとか。
「そうそう!とてもロマンチックな話よね~。普通なら政略結婚とかしそうなのに、今の国王様が周囲を説得して2人を応援したのよね。なかなか出来ないことだわ」
「本当よね」
恋かあ……初恋らしきものは幼い頃にふんわりあったけれど、恋は今でも未知なものだ。頭のなかになぜかユーグさんが浮かんできて、あわてて打ち消す。
た、確かにユーグさんは気になる人だけどっ。これが恋かどうかなんて分からない。
「アメリア、どうしたの。顔が赤いよ」
「な、なんかスープが熱くて。ね、お昼食べてから見に行くというのはどうかしら」
「それがいいわね。そういえば新しいお菓子のお店が出来たんですって。帰りに寄ってみましょうよ」
甘いものが大好きなサディは新しくできたお店の話を始めたので、私はそっと安堵したのだった。
お昼を食べてサディとともに新しく出来た公園に行くと、騎士団の方たちが厳重な警備をしていた。近くにいた人に理由を聞くと、なんと落成式に国王様がいらっしゃるらしい。
「それを知ってたらもっと早く来ていい場所取ったのに~。残念よね、アメリア」
「そうだね。私、国王様って近くで見たことないんだけどサディは?」
「ときどき書類を執務室へ届けたりするから、そこでちらっと見たことあるわ」
私たちがいる場所は落成式が行われるらしい屋敷前の広場がよく見える。それにしても、絵姿でしか知らない方を実際に見ることができるなんて、改めて王都ってすごい。
公園には次々と人が増えてざわつき、騎士団の人の警備はますます厳重になる。でも、しばらくして立派な馬車が公園の前にとまると、人々は一気に静かになったあと歓声があがりはじめた。
みんなが首を伸ばして見ている方向をサディが背伸びをしてみた後、少し興奮して私に話しかけてきた。
「アメリア、国王様は歩いて広場に向かっているみたい。あ、タレイラン公爵様もいるわ。公爵様は騎士団副団長で国王様の護衛だから当たり前か」
「タレイラン公爵様って、第二王子だった方よね。私、絵姿でも見たことないわ」
何せ私は国王様の絵姿は学校で見たことがあっても、他の王子様なんて名前は知っていても顔を知らないのだ。
「じゃあほら、もうすぐこちらを通るみたいだから騎士様の間から見てみなさいよ。髪と瞳の色が国王様と同じだからすぐに分かるわ。ちなみに左隣は宰相様よ」
サディに教えてもらい、私は騎士様の間からのぞくように国王様が通るのを見ることにした。
周囲に手を振りながらにこやかに通りすぎていく美形は国王様だ。そのすぐ後ろに視線を移して私は固まる。
そこにいたのは、図書室の常連であるユーグさん。藍鉄色に明るい灰色のボタンとラインの入ったすその広がった騎士服、そして剣の帯は銀のラインが入った赤……騎士団副団長のしるしということは、疎い私でも知っている。
私、どれだけ鈍いのだろう。髪の色と瞳の色、ついでに名前が同じなんだからそこで気づかないと。なんでユーグさんは他人の空似って言ったのかな。
ユーグさんは、隙間から見ている私に気づくわけもなく国王様の隣で仕事をされている。ただの裕福で本好きな人だなんてとんでもない。彼は私が気軽に“ユーグさん”なんて呼んではいけない人だった……。