4:どうしても言えなくて
ユーグ視点です
アメリアが本を手にいなくなると、俺は思わず安堵のため息をついた。危なかった……兄上が読んだ本を読む人間として該当する人物が頭に浮かんだ。
モーズレイ伯爵令嬢。兄上に告白しては軽くあしらわれているけど、本人は全くめげていない。めげているのは父親であるファリス・モーズレイ伯爵のほうだったりする。
「陛下。娘がいつもいつも申しわけありません。私も常々言い聞かせているのですが……」
「あれは恋に恋してるようなものだろうから、ファリスは気にしなくていいよ。あと1、2年もすれば自分と年齢の近い者に目が行くだろうし」
「わが娘ながら頑固者で」
そう言って伯爵はため息をつく。そういえば、最近王宮の薬師が伯爵に胃薬を煎じる回数が増えたと言っていたな……気の毒に。
本の続きを読もうと思っていると、声をかけられた。
「ユーグはいつアメリアに自分の素性を伝えるんですか?」
「アルマンド……私からきちんと言うから絶対にばらすなよ」
「ここの職員がばらさなくても、アメリアは寮生活ですからどこかでばれますよ。早く言ってしまったほうが今後のためだと思いますけどね」
アルマンドは図書室長をしているが、もとは騎士で兄上の護衛だった。しかももっとも腕の立つ騎士で、俺がどんなに試合をしても一本取るのがせいいっぱいでどうしても勝てなかった。
本来なら騎士団長になるべき人だったのに、兄上を護って利き腕と足を怪我してしまい“万全な状態で陛下を護ることが難しくなりましたので”と騎士を辞め、現在の職についたのである。
そして俺と遠慮ない口調で話してくれる人間の一人だ。
「まさか、国内に私の顔を知らない人間がいるとは思わなかったんだ」
「ユーグは第二王子ですから、陛下ほど絵姿が出回ってませんからね。アメリアの家は遠方の地方領主ですし、本人は勉強と家事に追われていたみたいですから、ユーグの顔を知らないこともありえます」
「アメリアのことを調べたのか」
「採用試験を受けた人間のことを調べるのは当たり前です。あとは本人から直接聞いてください……聞けるといいですねに訂正しましょうか」
「一言多いぞ、アルマンド」
「これは失礼しました」
アルマンドの笑顔が、俺に対しての重圧だと感じてしまうのは気のせいだろうか。
初めてアメリアを見たとき、そのまじめな態度は1年前に隣国で出会った女性を連想させた。彼女とは出会いがよろしくなかったせいか、お詫びとして国の名物である高級果実を贈るのがせいぜいで。
その後なんとか名前を呼んでもらえるようになったけれど、思えばそのときにはもう彼女はその国の堅物公爵と惹かれあっていたんだと思う。
彼女の親友である隣国の王女によると、2人は婚約したらしい。それを聞いた兄上は“じゃあまた直接花束をわたしに行かないとね”と実にいい笑顔だったが、あれは間違いなく公爵をからかうのが目的だ。
俺のほうは、普通に彼女の幸せを祈っている。まあ、あの堅物公爵だったら間違いなく彼女は幸せになる。直接お祝いを言うくらいなら公爵も何も言わないだろう……たとえ眉間にしわをよせても。
彼女のことよりもアメリアである。自分の身分を明かしたときの彼女はどうなるんだろう。どんな場面にも怖いと思わなかった俺が、彼女に避けられたらと思うと怖い。
彼女の性格上、自分の身分を知ったら離れてしまう気がするのだ。