2:王都での日々
「アメリア、お昼に行かない?」
同僚のジリアンに誘われて王宮にある職員専用食堂に行く。ここは寮に隣接していて朝昼晩と食事もできるし、メニューは豊富で代金は毎月一定の料金を給料から引き落とされ(それもごくごく安い)非常に便利だ。
ジリアンは王都で最初に仲良くなった人で、私と同じ時期に図書室に採用された。家は王都でも老舗の書店だけど、家業は婿養子に来てくれる予定の婚約者に任せて図書室での勤務を続けるらしい。
彼女は王都を案内してくれたり、ここならではの習慣を教えてくれたりと面倒見のいい性格の持ち主だ。
昼食の時間帯とはいえ、ピークはとっくに過ぎており食堂はすいていた。私たちは食事を受け取ると窓際のテーブルで食事をとることにした。
「図書室で働き始めて半年たったけど、王都にはもう慣れた?」
「まあ、なんとかね。寮生活も最初はちょっと大変だったけど今は結構楽しいよ」
「よかったー。アメリア最初の頃はなんかおどおどしてたからさ、せっかく仲良くなれたのに故郷に帰っちゃうんじゃないかって勝手に心配しちゃったんだ」
「せっかく王都での生活に慣れたのに今帰ったらもったいないじゃない」
ジリアンにはいずれ私の家族の話をしたいけど、引かれちゃったらと思うと躊躇してしまう。
「そうだよね。ところでさ、先週ユーグさん図書室に顔を出さなかったよね」
「……ユーグさんなら、今週は顔を出すと言ってたよ」
「やっぱりアメリアには教えてたか。仲良しだもんね」
ジリアンにからかうように言われてますます恥ずかしくなる。ユーグさん、というのは図書室の常連の一人で、いつも図書室で一番奥まった場所にある一人用ソファに座って静かに本を読んでいる男の人だ。
背が高くて褐色の瞳に淡い黄緑色の髪の短髪で、きりっとした真面目そうな顔立ち。どんな仕事をしているのかは知らないけれど、着ている服は上質なものだし物腰には威厳と品がある。
見てくれからして相当裕福で地位も高そうな人だから、話す機会なんてないだろうと思っていたけれど、図書室と言う空間はときどき不思議なことが起こるらしい。
私とユーグさんが言葉を交わすきっかけになったのは、私が就職して1ヶ月目のこと。本を棚に戻しているときのことだ。
その日は貸し出しが多く、返却作業が後回しになっており返却用ワゴンには大量の本が積まれていた。いい加減、戻さないとだめだろうということで私は返却作業を始めることにした。
文学、歴史、経済学……と本を戻して行き、最後は一番奥にある魔法学論文の本棚。そこで、私は本棚に隠れるように置いてあるソファに人が座っている人を見た。
うわ、こんな奥で本を読んでる人がいるんだ……と本を戻しながら思わず見ると、目があってしまった。
「……私がここにいては邪魔か?」
「……す、すいませんっ。い、いいえ邪魔ではありません……」
私は慌てて謝罪して本を棚に戻そうとしたんだけど、ちょっと高い場所にあって手を伸ばしても届きそうにない。脚立持ってこないと……そう思って一度本を戻そうとしたところ手が軽くなり、本が男の人の手で戻された。
「確かにきみの身長では届きそうにないな。見ない顔だが、ここの職員か?」
「は、はいっ。1ヶ月前から働いています」
「そうか。私の名前はユーグ。きみは?」
「私はアメリアと申します。あの、本を戻してくださってありがとうございます」
図書室に来た人に仕事を手伝ってもらうなんて・・・ううう、なんてこと。私はとても恥ずかしくなってそれからは無言で本を戻す作業に没頭すると、ユーグさんにお辞儀をして空になったワゴンを早足で押してその場を立ち去ったのだった。
その後、何度か遭遇するうちに本の場所を聞かれたりして言葉を交わすようになった。でもユーグさんはいつも本を借りていかず、その場で読んでいる。
「ユーグさんは、本を借りないんですか?」
「仕事の合間にしか読書ができないからな。借りても期日までに返却できるかどうか怪しいんだ」
「お仕事、忙しいんですね」
「……もしかして、私のことを知らないのか?」
「え……もしかして有名な方ですか?!ご、ごめんなさい。私、そういうの疎くて」
私が慌てて謝ると、なぜかユーグさんは私の返答を気に入ったようで少しだけ顔がほころんだ。
「謝らなくていいよ。アメリアが気にする必要などない」
「は、はい……」
そのときはそれしか返事のしようがなかったけれど、本当に知らなくていいのかな。でも、ユーグさんを問い詰めたり、本人の知らないところで周囲に聞いてまわるのもどうかなと思ってしまい、結局ユーグさんは今でも“気になる常連さん”という位置にいる。