10:サディとアメリア
手紙の投函がなくなって1週間ほどたったある日、サディが文書室を辞めて故郷に戻ることになったと書かれた文書が掲示板に貼られた。
まさに寝耳に水の出来事で、寮のみんなは私も含めてサディが辞めることを惜しんだけれど彼女は“祖母の具合がよくなくて、そばにいたいから”としか言わず、私たちもそれ以上のことは聞けずに見送るしかなかった。
王宮では文書室で不正があったと大幅な人事異動があり、何かと慌しいらしい。
犯人が特定されたので、私は魔法石をスハイツさんに返すことにした。図書室に来ていたユーグさんに相談したら、スハイツさんは魔道士長のくせに騎士団詰め所にいることが多いから、いつでもこちらに来てくれればいいと教えてくれた。
「話は変わるが、その…アメリアはマルチェビが好きだろうか」
「え?ええ、好きです。マルチェビを嫌いな女の人なんていないと思いますよ」
「そうか」
私の返事にユーグさんが嬉しそうだったけど、その理由は教えてはくれなかった。それにしても魔法石からマルチェビへの話題転換は唐突だったなあ。でも、そこを言うのはなんだかいけない気がした。
仕事が休みの日、詰め所に行こうとドアを開けると隣の部屋からサディが出てくるところだった。
「あらアメリア、どこか行くの?」
「ちょっと用事があって騎士団の詰め所に行くの。サディは?」
「明日、故郷に戻るのよ。もう二度と王都にはこないだろうからあちこち見ておこうと思って」
サディはそう言って少し笑う。
「もう二度と来ないなんて、大げさなんだから。サディの家は王都から近いって言ってたじゃない」
「うん、そうなんだけど…でも、私はもう二度と王都には来ないと思う。そんな気がするの」
もしかしてどこかの地方領主と結婚の話でも出ているのだろうか。てもそんな私的なこと聞けないよなあ。
「ふふ、アメリアって思ってることがすぐ顔に出るんだから」
「えっ」
「私の言動が変だなあって思ってるんでしょ?」
「え、えっと、あの」
私が困っていると、サディはますます楽しそうに笑う。
「あーあ、私やっぱりアメリアには勝てないのか……悔しいわね。ねえ、最後に教えてあげる。寮のメイドを使ってあなたに嫌がらせの手紙を出したのは私よ」
「は?!サディ、その冗談は面白くないよ」
サディが美味しいケーキの店を見つけた、という感じで口にした言葉は冗談としか思えなかった。
「アメリアってほんとお人好しなのね」
「だって信じられないんだもの」
「私もあなたと仲良くなれて嬉しかったわよ。でもね、あなたの存在は私の恋の邪魔になったんだもの。邪魔な人間は排除しなくちゃ。オージェ家の人間はいつもそうやってきたんだし」
私が邪魔だった…面と向かって言われたのは初めてだ。でも言ったサディがせいせいしたと言わんばかりに微笑みすら浮かべているから、私もなんだか落ち込めない。
私の周囲の人たちが言うように、サディがそこまで好きになったのって本当にブラッドリーさんなんだろうか。
「あのさ、サディが好きになったのってブラッドリーさん?」
「そうよ。あの方以上に素敵な男性なんかいないでしょう」
うっとりしたようなサディの言い方がちょっと怖い。でもトリクシー様や、ジリアン、それにスハイツさんの推理が当たってて驚く。
「あ、そ、そうなんだ」
「なにその戸惑った言い方。でも私はもうブラッドリー様には近づけないけどね。あんな言い方されちゃったらもうだめよ」
「あんな言い方?」
「……憧れを憧れだけにして欲張らなければ、今でもアメリアと友達でいられたのかも。気づくのがブラッドリー様にあんな言葉をぶつけられたあとだなんて皮肉だけどね」
そう言ってサディは肩をすくめた。
「私たち、もう友達じゃないのかな」
「アメリアってほんとお人好し。そんなんじゃこの先やっていけないわよ。じゃ、私はこっち行くから。詰め所はあっちでしょ、じゃあね」
そう言うと、サディは私を一瞥したあと振り返らずに歩いて行った。私はそれを黙って見送るしかなかった。




