表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

幕間:お嬢様の恋

今回主役はでてきません。ご了承ください。

**********************************

 お嬢様がゼクレス宰相様に出会ったのは、2年前に王都で開催された舞踏会でした。これは将来の嫁ぎ先を探すために領主様が強制的に出席を決められたものでした。

お嬢様は不服そうでしたが、旦那様であるお父上には逆らえません。しぶしぶとドレスに袖をとおし、私は支度を手伝いました。

 でも舞踏会から帰ってきたお嬢様は瞳をきらきらとさせ頬は上気し嬉しそうな様子。いったい何があったのかと思いきや、お着替えを手伝っているときにその理由が分かりました。

「とても素敵な方に出会ったの。一度だけダンスもできたわ…なんて素敵な夜だったのかしら。またお会いできるといいのだけど」

 そう言ったお嬢様はまさに“恋する乙女”だったのです。


 しばらくしてお嬢様が一目ぼれをした相手は恐れ多くもゼクレス宰相様だと判明しました。王都からめったに動かない宰相様と、王都には近いものの地方に住んでいるお嬢様。おふたりが再び出会う接点など舞踏会しかありません。でもそういう催しは年に何度もあるわけではなく、あっても宰相様が参加されるのは国王陛下が主催するものに限られています。

 そのときまで、お嬢様は待てませんでした。まさに恋する一念とはあのことを言うのでしょう。宰相様のそばにいたいと思いつめ、ようやくに“王宮職員採用試験を一度だけ受験して受かったら”と領主様ご夫妻に認めさせたのです。もちろん不合格なら旦那様が決めた相手と婚約し、結婚するまで家で過ごすと条件つきでした。

 お嬢様はもともと勉強好きです。この機会を最大限に生かすべく夜中まで勉強をしていたようでした。結果は見事合格し、ご夫妻は何も言えずお嬢様は意気揚々と王都に向かったのです。その際、どういう手立てをつかったのか私もお嬢様が入る職員寮にメイドとして入ることが決まっておりました。恐らく旦那様が裏で手を回したかと思われます。オージェ家はそれくらいのコネは持っているのです。

 お嬢様は隣の部屋に入った図書室司書とも親しくなり、宰相様に比較的近い文書室に配属され仕事を始めました。私は周囲にばれない程度にお嬢様のお世話をこっそり続けていました。でも、物事は全てがうまくいくものではありません。

 文書室の一番下の職員というのは宰相様へ直接書類をわたしたり言葉を交わすなどという機会がないのです。それでもお嬢様は賢明にもくさらず“自分が仕事をこなしていけば、いつかきっと”と思っていたのです。その気持ちが崩れてしまったのは、親しい司書のせいでした。


 司書は国王様専用図書室で5日ほど働いたらしく、その後どういう手管を使ったのか宰相様が廊下や庭園で休憩中の彼女に気軽に声をかけたりする場面がしばしば見られるようになりました。

「どうして宰相様に近いところで働く私ではなくて、アメリアなのかしら。あんな地味でどうってことない存在をどうして気にかけるのかしら。あの子の家は貧乏な地方領主でしかも家族と折り合いが悪くて王都に出てきた田舎者よ?私のほうが家柄も外見も勝っているのに」

 文書室は王宮の文書が集まる部屋です。お嬢様はアメリアの経歴を盗み見たようでした。いらいらと部屋を歩きまわるお嬢様に私は何も言えません……メイドの私から何が言えるでしょうか。

 私は常備されているお茶を差し上げようと準備を始めたとき、お嬢様がふと歩くのをやめました。

「そうだわ。彼女がいなくなってしまえばいいのよ…でも、肉体的に痛めつけるのは手が汚れてしまうから嫌だわ…精神的に追い込めば嫌で出てきた田舎に帰らざるえなくなるかも…そうね、そうだわ」

 そしてお嬢様は机に向かい少し考え何枚かの紙にすらすらと書いたあと、私にその束を手渡しました。

「いいこと?彼女の手紙カゴにこの紙片を2、3日おきにいれなさい。毎日ではだめよ。安心した頃に再び入れる、というのを繰り返すの。おまえはメイドだから手紙を配っていても誰も怪しまない、いいわね?」

 そうして私はお嬢様から紙の束を託されたのです。

**********************************




「―さて、この供述について説明してもらいましょうか。サディ・オージェ嬢」

 会いたくてたまらなかった人が私の目の前にいるけれど、私が見たかったのはそんな冷たい視線と表情じゃない。舞踏会のときのような優しくあまやかな彼だ。

「このようなことは私の仕事ではないのですが、今回は特別に許可を得ました。オージェ嬢、私はこれでも忙しい身でしてね」

 何も説明することなど、ないわ。全部メイドが話したとおりよ。あのメイドは長年私に仕えていたくせにずいぶん口が軽いのね。

「メイドに供述させるのは大変でしたよ。魔道士長が自白魔法をかけることも検討したくらいです。あなたのメイドはずいぶん忠誠心があるようだ」

「…………私から補足することはありませんわ」

「そうですか、では私から補足を。申し訳ありませんが、私はあなたと踊ったことを覚えていないんですよ。あの舞踏会では確か未婚のお嬢様方がたくさんいて、私もたくさんの方の相手をしましたので」

 私の視界にあなたなど入りません―暗にそう言ってくるこの人は、なんて残酷な人なのだろう。私が好きになったのは、こんな人だったの?

 じゃあ、私のしたことってなに?

 もうゼクレス様の顔を見ることもできず、私はうつむくだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ