6:紙片
その紙片が入っていたのは部屋のドアの前についている蓋つきのカゴのなかだった。そこに書かれていた内容に私は驚くことしかできなかった。
“あの方から離れなさい”
あの方って誰?私の周囲であの方、と呼ばれるような男性なんていたっけ。はっ!まさかユーグさんとかブラッドリーさんのことか?もしブラッドリーさんのほうなら国王様の図書室で仕事をしたことで知り合いにはなっていい人だなあと思うけど誤解されるようなことなんて何もない。
この紙片を書いた人がブラッドリーさんのことを好きな人だとしたら、ものすっごく誤解してるような気がする。
でもユーグさんのことを好きな人だったら、私はどうするのが最善なんだろう。離れろ、というのが図書室を辞めろってことならそれはお断りだ。それにユーグさんのことだって、差出人に誤解ですって私ははっきり言えるの?
「とりあえず、今は自分の気持ちよりこっちか…う~ん、どうしよう」
私は紙片をどうするか考えたあげく、もし差出人が分かれば本人の目の前で誤解を解き紙を破いて捨てることにし、とっておくことにした。できればこれで終わって欲しい、そう思っていた。
“どうしてあなたみたいな人があの方と親しいのか”
“たいした仕事もしてないくせにずうずうしい”
“あなたみたいな田舎者、さっさと消えてちょうだい。邪魔”
他にも様々な悪意ある言葉の紙片がたまっていく。
私は職場や寮での人間関係を思い浮かべた。紙片だけってことは、王宮に寮から通っている人の可能性が高い。外部の人は管理室で許可をもらわなくては寮に入れないからだ。普段にこやかに挨拶や雑談をしている人の中にいるのかと思うと怖くなる。実家に相談なんて無理だし、何も反応しなければいずれ止むかも……とりあえず平常心は保たなくちゃいけない。
<ジリアン視点>
アメリアの様子がおかしい。本人は隠しているつもりだろうけど、ため息をやたらつくし、顔色が悪い。
「アメリア、何かあったの?」
「へっ?え、あ、……ううん、何もないよ?あ。ごめん返却作業は私の当番だったよね。行ってくる!」
そそくさと返却ワゴンを押して本棚に向かうアメリア。絶対におかしい。何があったんだろう…あ、まさかユーグ様が暴走したとか?ああいうストイックなタイプは枷が外れると一気に進めそうだもんな~。その点、私のフィアンセは…いやいや自分でのろけてどうする、私。
「アメリアの様子が変だね」
いつの間にか隣に来ていた所長が心配そうにつぶやく。ほんとにさ、元護衛のせいか室長って気配を消すのがうまいわよね。
「室長、いきなり驚かさないでください。確かに変ですよね。今日もお昼を残してました。体調は問題ないって本人言うんですけどね」
「なるほど。そういえば明日は2人とも休みだったよね。今日の帰りに寮まで付き添うことは可能かな?」
つまり、話を聞きだせってことか。確かに図書室のみんなはいい人たちだけどつっこんだ話をしやすいのは親友の私だ。
大丈夫だというアメリアを説き伏せ、私は一緒に寮に向かう。室長からの書類を見せると管理室はすんなりと入寮許可を出した。
アメリアは部屋のドアについているカゴをのぞいた。そしてハッとした様子で手にしたものを私から隠すようにするけど…甘いわよ、アメリア。
「アメリア、それなに?」
「な、なんでもないよ」
本当に嘘が下手なんだから。恐らく隠したものがアメリアの様子が変な原因なのは間違いない。おじいさまから教わった尋問のしかたが役に立つ日が来るとは思わなかった。
教わったように“落ち着いて、優しく諭すように。そしてときに厳しく”質問すると、アメリアは観念したように紙片を出した。
そこに書かれているのは悪意ある言葉の数々。
「……何よ、これ。ばかアメリア。なんで私に話してくれないのよ、親友じゃないの」
「ごめん。そのうちおさまるだろうって思ってたの」
「ぜんっぜんおさまってないじゃん!それにしてもあの方って誰?」
「たぶん、ブラッドリーさんかユーグさんだと思うんだけど」
確かにアメリアの周囲で“あの方”呼ばわりされそうな独身男性はその2人しかいないか。そうなると、庶民の私や男の室長では調べられないかも…ここはトリクシー様にも知らせたほうがいいか。あの方、アメリアに友情感じてるから知らせないと拗ねてしまいそう。長年の付き合いをふいにしたくないし。
「アメリア、明日は休みよね」
「うん、部屋の掃除でもしようかと」
「それ変更。明日は私につきあって。そうだ、今日は家に泊まりにおいでよ」
「何言ってるのよ。いきなりなんて申し訳ないし、だめだって」
「両親も祖父母もアメリアなら大歓迎だわ。ほら、さっさと準備準備」
実際、うちの家族は皆アメリアのことが好きで独り暮らしの彼女をいつも心配してる。このまま連れて行けば大歓迎間違いなしだ。
私は家に帰ったら真っ先にトリクシー様に連絡を取ることに決めた。




