5:腕を組んで歩くこと
騎士団の詰め所は主にユーグさんを始めとする役職の執務室と、食堂、小さいけれど図書室(蔵書はアメリアには見せられないと言われてしまった)、そして騎士様たちが仕事以外の時間をすごす大きな部屋で構成されている。ユーグさんは迷うからと言ったけれど、広いだけで部屋は少ないので、迷うことなんてなさそうだ。
私の頭のてっぺんはちょうどユーグさんの肩より少し下。足の長さはそれに比例して違うので歩幅も違うわけで。騎士であるユーグさんと司書である私はたぶん歩く速さも違うはずだ。
でも今、私たちは並んで同じ速度で歩いてる。
私とユーグさんが歩くごとに視線が向けられる。それは嘲りとかではないが驚きの視線や、なにやら微笑ましいものをみる視線が多いようで、なんだかとっても恥ずかしい。
「副団長が女性を連れている」
「鋼鉄の副団長が…!明日、うちの班は演習なんだが大雨だろうか」
「馬鹿お前、何言ってるんだ。大雨どころか嵐かも知れんぞ。副団長が腕を女性と組んでるじゃないか」
「えっ?!あ、ほんとだ!!」
「お前ら、副団長に殺されても俺は知らんぞ。副団長だって男性だし、いいことじゃないか」
「うわ~お前、自分だけいい人になりやがって」
皆さん、小声でしゃべっているつもりなんだろうけど地声が大きいんだろうなあ。そういえばフェルテン様も内緒話のつもりだったらしいけど丸聞こえだったし。
なんか、ユーグ様と腕組んで歩いている女性が私でごめんなさいと言って歩きたくなってくる。元第二王子様だもの、抜群にいいスタイルの持ち主とかそれこそ華麗な花や宝石に例えられるような美女が側にいたっておかしくないのだから。
そろそろ腕を組まなくてもいいかな…そう思って外そうとしたけど、外れない。えっ?!と思ってユーグさんをちらりと見上げると、いたずらが見つかったような顔をしていた。
「アメリアは私と腕を組んで歩くのはいやか?」
「い、嫌ではなくて…あの、恥ずかしいというか…ユーグさんが腕を組んで歩くのに私なんかじゃ悪いような気がして」
「…うちの連中はやろうと思えば静かに話せるはずなのだが、基本皆声が大きくてな」
「そうなんですか」
へー、やろうと思えば調節可能なのか。いや私、そこに感心してる場合じゃないって。
「それに皆が言ってるのは、アメリアのことではなくて私のことだ。私が女性と腕を組んで歩くということが珍しいからな。兄上やスハイツはそれが当たり前すぎて誰も何も言わない。実に不公平だ」
国王様の異性関係がものすごく華やかで短期間なのだということは、私の実家のある王都からかなり遠い地方まで知られているくらいだ。そのせいか国王様が領地の近くに視察に来ると伝わると、ちょっと自分に自信がある子などは色めきだっていたっけ…それにしてもスハイツさんもか。でもあの柔らかい物腰だとさもありなん。
不公平だ、と言ったユーグさんはちょっとむくれている。その顔が普段見かける表情と違うので少しかわいいと思ってしまい、そんな自分に驚く。
「ユーグさんでも、むくれたりするんですね」
「…普段は相手に気取られたらそこで勝負がついてしまうから表情を変えないようにしている。でもアメリアは私の」
「探しましたよ。ユーグ」
ユーグさんの言葉を中断したのはブラッドリーさんだった。
「ブラッドリー、どうしてここに」
「陛下が団長あての書類を作成しましてね。結構重要なものなので私が直接持ってきたんですよ。やあアメリア、いつぞやの昼食いらいですね」
「こんにちは、ブラッドリーさん」
「また昼食をご一緒にいかがですか?あの日は楽しかった」
「ブラッドリー、そのときは私も一緒に行くからな」
「まったくしょうがないですねえ。アメリア、ちょっと彼を借りますよ」
そう言うと、私から少し離れたところにユーグさんの首根っこをつかんでずるずると連れて行った。ブラッドリーさん、副団長のユーグさんをあんなに簡単に扱っていいのだろうか。
ブラッドリーさんが何事か楽しそうな様子で告げると、今度はユーグさんが顔を赤らめている。いったい何を言ってるんだろう?
しばらくぼそぼそと話していた2人は(ちなみに全く内容が聞こえなかった。本当にその気になれば内緒話が出来るらしい)、ユーグさんが顔を赤らめた状態で連れ立って戻ってきた。
「お待たせしましたアメリア。書類はユーグに託すことができましたので私が送りましょう。図書室に戻るそうですね」
「えっ、え?!ブラッドリーさんはフェルテン様に用事があったんですよね?」
「ええ。でもユーグにも関係のあることですから、直接持っていってもらったほうが話も速やかに進むでしょうし。ね、ユーグ?」
「本当は私が送りたかったんだ。アメリア、すまない。ブラッドリーで我慢してくれ」
「ユーグ、アメリアが返答に困ってますよ」
「うっ、アメリア送ってあげられず、すまない。また図書室で会おう」
「は、はい。お待ちしてます」
その後、ブラッドリーさんに送られて私は図書室に戻った。ユーグさんとの会話のことは何一つ触れず、私は知りたかったけれどとても聞くことはできなかった。
ただ、これが引きがねになって私は彼女の憎しみを買うことになるなんて思ってもみなかった。




