4:にぎやかな2人
ユーグさんには失礼だけど、騎士団詰め所は汗臭くてごつい印象しかなかった。いつもいかめしい顔つきの騎士様が受付に立っていて妙な威圧感を漂わせていて、併設されている訓練所から“おりゃああ”だの“とりゃああ”だの響いてくるのだからしょうがないと思う。
「アメリア・ミルワード様ですね。初めまして、私はアドレー・マカスキル。ユーグ副団長の補佐をしております。すぐに副団長を呼んでまいりますので、こちらでお待ちください。ほんっとーにすぐに呼んで来ますから!!」
「はあ」
詰め所の受付にいた威圧感のある男の人に用件を伝えたところ、このアドレーさんが現れた。 私と同じくらいの年齢だと思われる彼は、鍛えてはいるはずなのに細身で威圧感がない。実に気さくな様子で私をこの部屋に連れてきてくれてソファを勧め、ここで待つようにいうと部屋を出て行った。
淡い緑色の壁に調和するように置かれているよく磨かれた茶色の家具類。進められたソファは茶色の枠にアイボリー色の組み合わせで座り心地がいい。年配の優しそうな女性が持ってきてくれたお茶も美味しいし、ここが騎士団詰め所だなんて信じられない。
それにしても室長って稀有本1冊で規則を曲げるような人じゃないのに、どうして今回はこんなまねをしたんだろう。この本は確かにユーグさんの好きな作家の作品だし間違いなく喜んでくれると思うけど……ここでドアを開く音がして私は顔を上げた。
「あの、室長から連絡が行ったかと思いますが貸し出し期限は2週間です。では失礼します」
「アメリア、もし時間があるのなら詰め所を見学していかないか?」
「えっ」
どうしよう…今日の図書室はそんなに忙しくもなく、室長に“もう午後なかばだし直帰してもかまわないよ”と言われたけれど……
するとドアの向こうから“ユーグは馬鹿か。ここは強引に進めるべきだろう”“あいつは昔から追われるばかりで追ったことがないので無理では”と賑やかな声が聞こえてきた。
「あのユーグさん、外にどなたかいらっしゃるみたいですね?」
「……申し訳ないがちょっとうるさくなる」
そう言うとユーグさんはそろそろとドアに近寄り思いっきり開けた。
「おおっ?!」
「うわっ?!」
そこにいたのは、バランスを崩しそうになったものの踏ん張って立った男の人2人。
「団長、スハイツ…2人ともここで何を」
「いやー、ユーグのところに女性客が来たっていうからさ」
団長と呼ばれた方は、灰色の髪に青い目でいかにも騎士という感じの筋肉質な体つきで顔つきも黙っていれば渋いといわれる感じだ。でも言動がなんだか国王様を思い出す。剣の帯は金のラインが2本入った黒で確かに団長の印。
「でもお前耳いいよな~。俺と団長の内緒話が聞こえるなんてさ」
「スハイツ、なぜお前が詰め所にいる」
あれで内緒話のつもりだったのか。スハイツと呼ばれた方は茶色の髪に銀灰色の目で、騎士服ではなく濃い紫色のローブと腰にはこげ茶色の帯を締め、たくさんの色石がついた金色と銀色の飾りみたいなものをつけている。
「団長にちょうど用事があったんだよ。あとでお前のところにも行こうと思ったら女性の来客があるっていうじゃないか。これを見逃す手はないだろう?それにしても、気配を消す魔法でもかけてればよかったね、団長」
「そうだな~、詰め所だからいいかと思ったのは失敗だったな。ま、いいや。ユーグ、そちらの女性を紹介してくれないか」
そこで2人がいっせいに私に視線を向けてきて、ちょっと緊張してしまう。ユーグさんが渋々と言った感じで紹介してくれた。
「アメリア・ミルワードさんだ。図書室で司書をしている」
「アメリア・ミルワードと申します。王宮図書室で司書として働いています」
「私はフェルテン・トット。騎士団の団長をしている。図書室というとアルマンドの部下だね?あいつと私は同期でね。ともに陛下の護衛をしたんだよ」
なるほど室長の同期なのか。
「俺はスハイツ・ゼクレス。ユーグの幼なじみで魔道士長だよ」
魔道士長のスハイツさん、なんだか宰相様に似ている気がするけど…。
「アメリア、スハイツはブラッドリーの弟なんだ」
「そうなんですか、どおりで宰相様に似ているはずですね」
「アメリアは兄上を知ってるの?」
「はい、国王陛下の図書室でヨルクさんの代理で仕事をしたときに親切にしていただきました」
「そうなんだ。兄上は確かに優しいけど基本無愛想だから分かりづらくなかった?」
「そ、そんなことはありませんでした」
「アメリア、気を遣ってくれてありがとう。きみはいい人だ」
無愛想だったっけ?確かにお茶をしたときは面接みたいだと思ったけど。
その後、フェルテン様は部下の騎士様が呼びにきたため残念そうに部屋から出て行った。
「スハイツ、お前もいいかげん魔道士詰め所に戻れよ」
「え~、いいじゃんか。ユーグには珍しい女性の来客なんだしもっとアメリアと話したい」
「アメリアに詰め所を案内すると約束したんだ」
「えっ!お前が案内?……なーるほどね~。じゃあ俺は消えてやろう。じゃあな~」
そういうとスハイツさんは色石のひとつに触れると小さい声で何事か唱えた。すると目の前にぼんっと煙があがり、消える頃にはスハイツさんの姿がない。
「えっ?!なんで煙?!」
「すまないアメリア。ただの移動魔法なんだが、あいつは人を驚かせるのが好きなんだ」
「は、はあ」
「とりあえず部屋から出よう。アメリアに私の働いている場所を見てもらいたいとずっと思っていたんだ」
そう言うとユーグさんはすっと腕を曲げた。
「へっ?!」
「結構広いから、私の腕を取ってくれたほうが迷わない。さ、アメリア」
腕を組むなんていいのかな…でもユーグさんがそう言うなら。私はおずおずとユーグさんの腕を取った。




