2:豪華な昼食
今日は午前中だけの勤務で、久しぶりに図書室に顔を見せたヨルクさんから自分の代わりをしてもらった御礼をしたいと昼食に誘われた。てっきり王宮職員食堂だと思っていたのに。
連れて行かれたのは王都でも指折りの高級店。出入りするのは皆華やかな衣装の方たちばかりで、シンプルな服装の私は明らかに場違いだ。
「……ヨルクさん、もっと手軽な店ではだめでしょうか」
「あ~…わしももっと手軽な店のほうが好きなんじゃがな~。だがそのちょっとな」
普段のヨルクさんは、はきはきした物言いをするのに今日はなんだか歯切れが悪い。結局押し切られるように店に連れて行かれ、ヨルクさんが黒い服をきた男性に何事かを話すとなぜか個室に通されブラッドリーさんが待っていた。
「久しぶりですね、アメリア。元気でしたか?」
「は、はい。ブラッドリーさんもおかわりなく…」
思わず隣にいるヨルクさんを見ると、私から視線をそらした。
ぴかぴかに磨かれた銀色のカトラリーに繊細な模様が描かれた食器。私の実家ではものすごい晴れの日にしか出てこないような食器類がここでは普通に使われている。
コース料理はどれも繊細で芸術的な盛り付けで味も美味しい。うちの実家ではディナーで食べるような料理がここでは昼食かあ。でもまあテーブルマナーは王都も地方も共通だろうから身に着けておいてよかった。
コースが終わり、最後にお茶とデザートが運ばれてきた。デザートはマルチェビ(国特産の最高級果物)をふんだんに使ったケーキだ。ああ美味しい……マルチェビなんて実家では誕生日にしか食べられなかったし、王都に来てからはたま~に自分へのご褒美として給料日に買うくらい。ここでは普通なんだな、さすが。
「あなたは甘いものがお好きなようですね。ケーキをとても嬉しそうに食べる姿で分かります」
「うっ…は、はい好きです」
まさかブラッドリーさんにケーキを食べているのを観察されていたとは。私、不覚。
「アメリア、今日はヨルクを使ってだますような真似をして申し訳ありませんでした。こんなことをした理由を聞いていただけますか?」
「は、はい」
「実は陛下がアメリアにヨルクの仕事を代行してもらったことを非常に感謝しておりましてね。お礼に陛下自ら食事に招待したいと言っていたのですが、口さがない者が何か言ってアメリアが不快な思いをするのでないかとも心配しましてね。
そこで、申し訳ありませんが私が陛下の代理としてあなたを昼食に招待しようと考えたわけです。できればヨルクを責めないでください。さすがに陛下に頼まれてはね」
「アメリア、すまない。どうしても断れなくてなあ」
「いいえ、ヨルクさん。私だって同じ立場だったらまず断ることは難しいです。それに、普段はいただけないようなこんな豪華な料理をごちそうになれて嬉しかったです」
私がそう言うと、ホッとしたような2人。それにしても国王様って気配りさんでもあるんだな~。女性に人気があるのはこういうところも理由なのかもしれない。
その後、個室を出ると待ち構えていたお店の人に導かれて人通りの少ない出口へ。そこには紋章つきの馬車が待っていた。
「ヨルクはこれからどうします?王宮へ戻るなら一緒に乗りませんか」
「わしは隠居が無茶してないか確認したいのでメイヒュー書店へ寄っていきます。ブラッドリー様、アメリアを寮まで送ってくださらんか」
「えっ」
「おや、アメリア。私と一緒では嫌ですか?」
「い、嫌ではありません」
「では私に送らせてくださいね」
「……はい。よろしくお願いします。あの、寮までじゃなくて王宮の通用門まででいいです」
「そうはいきません。通用門から寮までは結構遠いじゃないですか。寮の前まで送りますよ」
以前にジリアンに聞いたことがある。国王様には及ばないものの、宰相様も女性にたいそうな人気があるのだと。この方に寮まで送ってもらうなんて非常にまずい気がする。
でも有無を言わせない感じだし、宰相様に逆うのも微妙だし。幸い、まだ昼間でそんなに人はいないはずだ。私は観念した。
<その後の国王執務室:ブラッドリー視点>
執務室に戻るとユーグが来ていた。陛下がにやりとして私に声をかける。
「戻ったか、ブラッドリー。アメリアは元気だったか?」
「はい陛下。アメリアと楽しく食事をとってきましたよ……おやユーグ様、どうしたんです?」
ユーグ様の表情はときに本人が発する言葉より饒舌で、眉間にしわをよせている。
「なんでもない。アメリア、とは図書室の司書のことか?」
「ええ、そうですよ。ヨルク殿の代わりに陛下の図書室で仕事をしてくれた方です。今日は陛下がそのお礼をしたいというので、陛下の代理として昼食を一緒にとったんですよ」
あえてヨルク殿も一緒に、とは言わない。
「なぜブラッドリーが」
「私は宰相ですから。陛下、アメリアはマナーもきちんとしていますし何よりも美味しそうに食事をしてましたよ。そして、おっしゃるとおりマルチェビのデザートにして正解でした」
「そうだろ~?我が国の女性のほとんどがマルチェビ大好きだからな!自分へのご褒美、とかで食べるそうだ」
「アメリアも嬉しそうでした。ユーグ様、どちらへ?」
「私の用事は終わった。騎士団へ戻る」
そういうとユーグ様は執務室を出て行ってしまった。
「……あいつはまたマルチェビを送るのかねえ。あの女性のように」
「あれは1年前でしたね。今は隣の国の公爵の婚約者になったとか」
「今度はちゃんとその女性が一人で食べられる量を送り、言葉で伝えられるといいが。やっぱり私が女性とのつきあいかたを教えるべきだったな」
「陛下に教わるとよからぬ方向になっていたと思います」
「……それはどういう意味だ、ブラッドリー」
「どういう意味でしょうね。ところで陛下、仕事がこんなに残っているのはどういうわけでしょう?」
私が山となっている書類の束について問うと、陛下はあわてて書類に目を通し始めた。




