11:国王様の恋愛観
長文です。
初日こそどっと疲れたものの、4日目ともなればこの場所にも慣れてきた。明日の仕事が終われば、もうここに来ることはないと思うとちょっと寂しくなるくらいだ。
専用図書室に来ると、朝一の日課として奥のほうの書棚から順番にはたきで本の埃を軽く払う。
最初は元王宮魔道士のヨルクさんがどうして魔法で本に埃がつかないようにしないのか謎だった。でも国王様がヨルクさんは防虫や破損防止の魔法はかけていること、はたきで埃を払うのはヨルクさんのこだわりだと教えてくれた。
ヨルクさんにとって埃をはらう作業は、本に触れられる楽しい作業なんだろうな。
「それにしても、国王様ってこういう本も読まれるのね」
はたきの手をとめて見入ってしまったのはいわゆる恋愛小説。それも若い女の子たちの間で大人気になった作品だ。そして、この本がきっかけでトリクシー様は私を「同好の士」と見なすようになったんだ。
「おはよう、アメリア。それはなかなか面白かったよ。ただ男の描写は夢を見すぎのような気がするけどね」
出たな国王様。でも初日みたいに驚いて本を落としたりなんてもうしないもんね。さすがに毎朝いらっしゃるとこっちも慣れた。
「おはようございます。国王様」
「その本、アメリアも読んだのかい?」
「はい。とても面白く読みました。あの国王様、毎朝こちらに気を使ってもらえるのはありがたいのですが、お仕事が忙しいのでは」
「仕事?ああ仕事は優秀なブラッドリーがきちんと采配してくれるから気にすることはないんだよ」
国王様はにこやかに言うけれど、ブラッドリー様はおそらく静かに怒ってる気がする。
「でも、ブラッドリー様も忙しいでしょうし」
「おや、いつからブラッドリーのことを名前で呼ぶようになったのかな。ちょっと面白くないなあ」
「ブラッドリー様とは何かと接する機会が多いですし、この間はお茶もごちそうになりました」
そのときの話題は、実家や学業のこと、仕事に対する考え方とか。出てきた焼き菓子やお茶は美味だったけれど、あれは“お茶の時間”というより就職の面接みたいだった。
私の返答を聞いたブラッドリー様は、さらっと“私とアメリアは同僚なのですから、互いに名前呼びをしましょうね”と言った。
同僚って…確かに職場は王宮内部で一緒だけどさ、普通は地位や役目が同じ人を意味するよね?!宰相様と私じゃ全然違うよね?!そんな私の心の叫びを見透かすように、宰相様は“私は何か間違ったことを言っていますか?”と、にこやかに微笑んだ。
しょせん、私が宰相様の言動に異議を唱えるなんて無理な話なのだ。
「ブラッドリーのやつ、人に仕事を山ほどやらせておいて。ところでアメリア」
「はい」
国王様と話をしてるのにちょっとぼんやりしてしまった…まずい。私は背筋を伸ばした。
「話は変わるが、きみもこの小説に出てくるような男性が好きなのかい?」
「えっ?!わ、わたしの好きな男性ですか」
私の好きなひと…頭に浮かんだのは、いつも午前中の図書室で一番奥の本棚の脇にある椅子に座って本を読んでいる人。最初は怖い感じがしたけど全然ちがう人。そして、どんなに手を伸ばしても届かない人。
「……アメリア、顔が赤いよ。誰かを頭に思い浮かべた?」
「だ、誰も思い浮かべておりません!!あ、あの国王様はどのような女性をお望みなのでしょうか」
質問には質問返しでどうだ!!
「質問で返してくるか。そうだねえ、私は待ってるばかりの女性よりも自分のもっているものや得られた機会を最大限に生かしている女性たちが好きだね」
「女性たち、ですか」
「だいたい私に気づかれるのをおとなしく待ってる女性たちは自分の時間を無駄にしているとしか思えない。私は自分の美貌や賢さを武器に近づいてくる女性たちと戯れるのが好きなんだ」
なんか、国王様の女性関係が華やかなのが分かる気がした。来るもの拒まずってやつですか、国王様。
「で、では国王様から近づくというのもあるのでしょうか」
「私から声をかける、ということはその女性はたちまち妃候補になってしまうだろ?いずれ妃は迎えなければならないけれど、今のところ自分から声をかける予定はないね」
つまり、今まで噂のあった女性たちは妃候補じゃないと。あれ?でもトリクシー様は“エルネスト様からよく読んでいる本のことを聞かれるのよ”と嬉しそうに話してたよなあ…。
「え、でも…トリクシー様…モーズレイ伯爵令嬢様にはよくお声をかけていると聞いています」
私が思わず口に出すと国王様はおや、と目を見張った。
「彼女は歳の離れた妹のようなものだからね。可愛い妹には話しかけるものだろう?」
うわー、この返答はトリクシー様にとっていいんだか悪いんだか。でも“アメリア、私またふられちゃったわ。これで12連敗だけど、諦めないんだから!!”と握りこぶしを作っていたあの方が、この程度の発言でめげるわけないか。
「トリクシー様は妹ですか」
「そうさ。今は私のことを好きだと思っているようだけど、いずれ同年代の男性に目がいくものだよ。ま、私のことはともかくだ。アメリア、きみに一つ助言をしてあげよう」
「助言ですか?」
「そう。我が国は生活環境が異なる者同士の婚姻や恋愛は禁止していないのだから勇気をだして手を伸ばしてごらん。間違いなくその手は届くからね」
「は?え、手を伸ばすっておっしゃられても、私は別に…」
「身に覚えがない?まあ、それでも私の助言は心に留めておくといい。さて、そろそろブラッドリーがしびれを切らす頃だ。戻らないと私は夜まで執務室から出られなくなってしまう。じゃあアメリア、またね」
国王様はそういうと図書室から出て行った。手を伸ばせば届くと言われても……
「考えるの、やめよう。仕事しなくちゃ」
一人になった専用図書室で私は気分を切り替えた。でも恐れ多いけど私からも国王様に助言したかったかも。“めげない恋心を甘く見ないほうがいいですよ”って。