銀髪侍女の穏やかな日は短い
中庭で太陽の光を一身に浴び、ジョウロに入った水を、彼女の主人が植えた不可解な植物に注ぐのが彼女の朝の日課だ。
高い位置に一つに結わかれた艶やかな銀色の髪は、光を帯び、色白の肌がより一層と透けるような白さを際立たせている。
長袖の踝まである黒のワンピース、白い襟とカフス、そしてフリルのついたカチューシャとエプロン。オーソドックスな侍女服に身を包んだ年の頃ならば二十代前半だろう見た目の彼女は、銀色の瞳を瞬かせながら、ジョウロを傾けていた。
その整った美しい顔に表情は無い。
背後からパタパタと走る音が聞こえ、彼女は注いでいたジョウロを起こし、両手に持ち、後ろを振り返った。
同じくジョウロを持った赤髪の侍女が乱れた侍女服のまま、慌てて来た様子で突っ立っていた。
そのポカンと開けた口はその子の性格も表しているようだ。
「あれ?オフィーリア!」
「おはようございます、フェリさん。その、服の乱れが酷い有様で」
ジョウロを足元に置き、オフィーリアと呼ばれた銀髪の侍女はフェリの元へ歩み寄り、その着崩れた侍女服を手早く直す。
「いつ帰ってきたの?貴方の御主人様が呪われた剣を持ったら手から離れなくなったのを解きに行ったんだっけ?」
「それは先々週の出来事ですね。今週は空から降ってきた迷子のロボットを直して彼を故郷の惑星へと宇宙船を使って送り届けました。戻ったのは夜明け頃になります」
フェリはうわぁと顔を歪ませて、頭を振った。
「相変わらず貴方の御主人様は何というか!!トラップメイカーね!!」
「はい、トラブルメイカーですね。また表情が増えましたか?代わりに記憶媒体と思想領域にバグでも出てるのでは?」
オフィーリアは少しだけ腰を曲げて自分より見た目が幼いフェリの目線に合わせ、簡易的なチェックを試行する。
オフィーリアの視界の中に文字の羅列が走る。
そう。彼女たちは人では無い。
彼女たちは、彼女たち自身の主人が造り上げた機械人形だ。
いくつかの文字の列が走り去り、チェックは終わった。細かく問題が入り込んでいたが致命的な問題は無いようだった。
「酷くはありませんが散らかっておりますね。行動と戦闘には支障はありませんし大丈夫だと思いますが。今度、私の御主人様の元にメンテナンスに来ては如何でしょうか?」
「うーん、やっぱりそうだよねー。でも、うちの御主人様は別にそれで良いって言うし、好みの問題だからなぁ」
顎に一つ指をあてて、悩むように首を傾げるフェリに、オフィーリアは無表情ながら納得したように頷いた。
「そうですね。私の御主人様のように表情の乏しい女に厳しくされるのが良いという方もいらっしゃいますし」
「変わった好みだわ」
「変態と呼んでよろしいかと」
バタンと屋敷の方で音がし、顔を合わせて話していた二人は頭上を見る。
すると、白い壁に青い屋根の大きな屋敷の一番の最上階。屋敷の主の部屋の窓を開け放ち、女が中庭を覗き込んでいた。
長い金の豊かな髪を持った侍女服を着た色気のある女性だ。
彼女は窓枠に足をかけ、ふわりと飛ぶと、ジョウロを抱えた二人の元へと降り立った。
人ならば一たまりもない高さを飛び降りた女の顔には苦痛も何もなく、紅を塗った唇がゆるりと弧を描く。
「フェリ、あんたのとこの戦闘狂が飛び出して行ったわよ?って、あら?オフィーリアじゃない。戻っていたの?相変わらず能面のような顔で愛想の無い女だこと」
「まあまあ、何とまあ。栄養が胸へと向かってしまって教養は何処へお捨てになりましたか?それ以前に、まだこのいがみ合ってる貴族令嬢ごっこをするのですか、リーファさん」
リーファと呼ばれた金髪の女は腕を組み豊満な胸を、ばゆんと揺らした。思わず残りの至らぬ胸を持った二人がその箇所に注目する。
「そうね、もう飽きたわね。で、フェリ」
人差し指をそっと空へと差し出し、リーファはフェリを金色の瞳で見つめる。
「あっ、はい!うちの御主人様が何処ぞへ飛び出したとかで!多分夕飯前には戻れるようにしますー!」
オフィーリアはフェリの持っていたジョウロを黙って持ち上げる。
「ありがとう、オフィーリア!」
「いいえ、私がいない間はお二人が中庭の水遣りをして下さいますので、これくらいは」
フェリは笑みを浮かべると数歩後ろへ下り、数歩ほど助走をつけ、その場から飛び上がった。
地面に落ちていた葉が舞い上がる。
飛行パーツである靴の底から噴射される煙と光にフェリの身体が支えられ、空へと舞い上がる。彼女は躯体をくるりと反転し、オフィーリアとリーファの方へと手を振り、上空へと昇って行った。
「・・・良いですね・・・飛行パーツ」
オフィーリアが羨ましそうに呟いたのを聞いたリーファは、ふふっと笑う。
「ああ、オフィーリアは飛行パーツは外部ユニットだものね。でも外部ユニットといえど対艦装備までできるのは貴方だけなのだから良くては?私たち、三人の中で一番の武装よ?」
「正直、外部ユニットは御主人様が「男のロマン!」との事ですし、そこまで武装しなければならない侍女とは何なのでしょうか」
科学で世界の全ての事象が表現できるようになったこの世界。
彼女たちの主人はそんな世界に生き、同じ屋敷に住まう三人の兄弟であった。
その中でも末っ子であるオフィーリアの主人は、発明や科学に特化した才能を持っていたが、酷い巻き込まれ体質でありトラブルメイカーの塊である為に、毎回、オフィーリアはその対処に追われているのだ。
軽く同情するような表情をしてリーファは肩を竦める。
「まぁ、仕方ないわよ。でも、その外皮とか服とかも特別製で何日も洗わなくても清潔なままなのでしょ?今度、うちの仕事中毒な旦那様に頼んでみようかしら」
「素材さえあれば作れますので、私の御主人様が大人しい内に頼んで下さいませ」
「分かったわ・・・そういえば貴方の御主人様は起こさなくて良いの?もう朝食の時間になるわよ?」
オフィーリアは水場で二つのジョウロに入っていた水を捨て、ひっくり返し陽の当たる場所へと立てかける。
「戻って来たのが今朝でしたので、今はぐっすりと眠ってらっしゃいます」
「ああ、そうなの。まぁ、夕飯の時にでも今回の冒険の話を聞くわー」
もう少しで彼女の旦那様を起こす時間になるのか、リーファはたわわな胸を弾ませながら屋敷へと戻って行く。
その背中を見送ってオフィーリアは太陽を見上げた。
そっと瞳を閉じ、太陽光を一身に浴びる。
「充電量100%を確認・・・御主人様の部屋に戻りましょう」
屋敷の中は外観と同じ白が中心の内装に赤い絨毯が敷かれ、床には両手に抱える程のサイズの正方形たちが右往左往し、忙しく清掃していた。
オフィーリアの主人が造った自動の掃除機である。
歩いて来るオフィーリアの姿を見ると、彼らは正方形の一面にドットで笑顔の表情を描きながら彼女の足元へと集まってくる。
「只今ではありませんが御主人様と帰還しました。変わりはありませんか?はい、ありませんか。あ、御主人様は午後まで就寝予定ですので本日の部屋の清掃は私が致します」
正方形のキューブはそれぞれに表情をコロコロと変えると再び、廊下を散らばるように動き出した。
オフィーリアはある一つの扉の前に来て、軽くノックをしてから静かに扉を開く。
天蓋のついた大きいベッドの上で、小さく丸まるように布団に包まって眠る彼女の主人の姿を確認し、部屋へと入った。
布団からは白金の髪が覗き、ピクピクと尖った耳が熟睡をしているのにも関わらずに動く。
オフィーリアは音を立てずに歩み寄り、ふと、何か違和感を感じて部屋を見渡した。
表情には出ないものの、がっくりと肩を落とし、長い溜息を吐いて主人の机の上にある中々に大きな卵へと目を落とした。
これは何でしょうか?卵ですか?
むしろこれは何時拾ったのでしょうか?
朝にはありませんでしたよね・・・屋敷に着いてからですか?
と、無表情のままに考え・・・そっと写真に収めるとフェリとリーファへと転送する。
これで彼女たちの主人へと。そう、主人の兄たちへと伝わるだろう。
スキャンしても良かったのだが、まだ平穏を楽しみたい気持ちがそれを阻む。
静かな時間は早々に終わりが見えているようで、思わずオフィーリアは呑気に眠る自分の主人を見つめた。
『君の名前はオフィーリアだよ!うーん!やったね、銀髪!無表情!』
『なるほど、表情が変えられないのは御主人様の所為ですか。意思の伝達に差し障りますし大変煩わしいのですが、これがお好みならば従いましょう』
『敬語キャラ!うわあ!流石、僕!僕の好みそのまま!』
『はあ、それは変た…いえ、変わった嗜好をお持ちですね』
『うん!性格も手厳しくて凄い良いよ!フィーって呼ぶね!僕のオフィーリア!』
そっと自分が目覚めた時の記録を思い出し、それでも微笑む事が出来ないオフィーリアは軽く目を細める。
「まあ、宜しいです。何が起きても、何を起こされてもお付き合い致しましょう、私の御主人様」
これは、オフィーリアと彼女の御主人様の静かな安穏なる一日。
騒々しい賑やかな日々のお話はまた別の機会に・・・。
「それで、この卵は何の卵なのでしょうか?」
「んーむ…それはねー…竜の卵だよー…むにゃ…」
「もうおやつの時間になります。お目覚め下さい、この馬鹿…あ、いえ御主人様」
キャラだけお試し書き。
彼女を異世界に飛ばすお話を最初に考えていたのですが、結構難しくてこれから色々と詰めてみようと改めて思いました。
小説書きは仕事の間に趣味としてやっているので遅筆で、文章を書く能力が低めですので、特訓のつもりで色々と書いています。