サングラッチェ
「サングラッチェ……だと?」
放課後の部室で城南高校ミステリー研究会の会長である林賢二は、手元の写真を眉間に皺を寄せて眺めていた。
「どうしたんですか? 林君」
城南高校超常現象研究会の会長である佐々木三郎が、眼鏡の位置を右手の中指で直しながら歩いてきた。
「サン……何?」
城南高校地球は平たい協会の会長である田村奈津美が、「NASAは間違っている」と書かれたビラを片手に林の方へ近づいてくる。
二人は林が座っている席に集まる。これで超常バカと名高い三人がそろった。
林は写真から視線を外して机の上に置き、顔を上げて他の二人を見上げる。
「あのさ、いい機会だから言うけど、部の名前ミステリー研究会でいいじゃないか」
「それだとMMRじゃないですか。ここは超常現象研究会のようなきちんとした名前にすべきです」
「地球の下でナチスの残党がUFOを使って暗躍してるのに何言ってるの」
バカ三人の意見は本題とは関係ないところで割れてしまった。
「それで、サングラッチェとは何ですか?」
不毛な議論になりそうな気配を察知した佐々木がすばやく話題を元に戻した。
「いやいや、MMRはこの分野のパイオニアだよ? それにちなんだ名前をつけるのは自然じゃないか」
空気を全く読まない林がグダグダの泥沼へと議論を押し戻す。
「そうよ、月には空気があって動物も住んでるのよ」
初手からターボ全開の田村はどこかに旅立ちっぱなしだ。
「いや、部の名前はどうでもいいですから、そのサングラッチェ……」
「MMRがどうでもいいってどういう事だ!」
「金星人を馬鹿にしないで!」
全く意味がわからないまま二対一で佐々木が押されはじめた。妙な圧力に少し後ずさりしながら眼鏡の位置を指で直してしまう。負けられない佐々木はプレッシャーを押し返すように声を上げた。
「だからサングラッチェ!」
「なんだよそれは!」
「あんたの持ってた写真よ!」
突然現実世界に帰還してきた田村に二人は驚いて声を失った。先ほどまで騒がしかった部室を静寂が包む。
三人が押し黙ってしまった静かな部室。隅のほうで小さく、何か紙のような物が破れる音がする。三人の中で最初に林がその音に気付いて周りを見回した。
「何の音だ?」
林の言葉に三人が部室のあちこちに視線をとばす。「それ」に最初に気づいたのは田村だった。
「あっ、あれ!」
田村の指差す先を見ると、御札のような物があちこちに貼られたロッカーの扉が少しづつ開こうとしていた。
「あれは開かずのロッカー。一体、何が……」
佐々木の言葉が終わると同時に、ロッカーの扉が御札を破り完全に開き、薄暗い部屋の隅に置かれたロッカーの奥から怪しげな人影が姿をあらわした。暑苦しいマントにうざったい長髪、病的な青白い肌に不釣合いな赤い唇。
その顔を見た林が驚きの声を上げた。
「あなたは……少し不思議研究会初代会長!」
初代会長と呼ばれた男は、にやりと笑って長い犬歯を見せつけた。
「ふっふふ、サングラッチェ……謎の暗号……私のパープルの脳細胞に血の滾りが戻ってきたようだ」
その姿をじっと見ていた田村が口を開いた。
「パープリン?」
「ふっふふ、誰がパーやねん」
マントを翻した初代会長は、三人に向き直ると机の上の写真を指差した。
「私がこの暗号を解いてやろう。まずサングラはサングラスの事だ。ッチェは舌打ちだな」
林が頷いている。佐々木は顎に手を当てている。田村はこっそり初代会長の周りで円を描くように十字架を何個も床に描いている。
「つまりサングラスのサイズが合わずに舌打ちしたという可能性があるわけだ」
初代会長の身体のあちこちからシュウシュウと音を立てて煙のようなものが昇り始めた。
「この可能性を追求していく事で……あちっ!」
突然炒った豆のように窓に向かって跳ねた初代会長は、差し込む夕日を浴びて灰になった。
しばらく固まったままだった三人は、お互い顔を見合わせると、ほうきとちりとりで灰を集めてロッカーに放り込んで扉を閉じた。
「それじゃ僕は予備校があるので」
「私はビラを撒かないといけないから」
「ああ、お疲れ」
林を残して二人は部室から去った。林は部室を片付けた後、鞄を持って出て行った。
後に残されたのは写真と……謎の言葉【サングラッチェ】




