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九話

 痛みというのは予め覚悟しておけば何とか耐えられるものだ。

 しかし、油断している時に何の前振りもなく激痛に見舞われればどうなるか……それは言うまでもないだろう。


 「痛っ……」

 『痛あああああああああああああああああああああああああい!??』

 

 痛みを堪える俺を他所に、脳に響く悲痛な女の子の叫び声。

 普通ならば女の子の叫びなど聞くだけで気分が悪くなるものなのだが、コイツの叫びに限っては心地良いとさえ感じる。痛みを賭して自虐した甲斐があったというものだ。ざまーみろ。


 『な、何なの? 突然顔面に走ったこの痛み!? 私がお休みしている間に一体何が起きたの? もしかして妖魔の襲撃!? それとも陰陽師がやって来たの? はたまた祓魔師? それともそれとも』

 「ちょっと待て! お前、襲われる心当たりが多すぎだろ! ふざけんなよ、それじゃあお前と同化しちまっている俺もソイツ等に狙われることになるじゃねーか!!」

 

 ここに来て新事実発覚である。そうかもしれないとは思っていたが、やっぱり人間にも狙われてんのかよコイツ! 妖怪なのだから人から良待遇を受けるとは思っていなかったが、まさか率先して狙われるほどに厄介者扱いされているとは……。本当に存在そのものが迷惑な奴だな。


 「……って! そんな事を言い合いしてる場合じゃないんだ! おいタマ、今すぐ俺を男に戻せ!」

 『イテテテテ……ん? どうしたの涼ちゃん、なんだか焦っている様子だけれど』

 「焦ってんだよ! もうなんでもいいから男に戻せ! 美沙がそこまで来てるんだよ!」

 『ん~? 美沙ってたしか、廃墟で涼ちゃんを殴った娘だよね? ああ、そういえば家に来るって言っていたね。私ったらもうすっかり忘れちゃっていたよ。あはははは』


 一体何が面白いのか、高らかに笑い出す馬鹿狐。

 訳分かんねーよ。今の会話で笑うような台詞は一つもなかっただろーが。頭がおかしいんじゃないのか。もう死んでくれよ頼むから。


 「笑ってる場合じゃねーんだよ! 早く戻」


 「御鏡―!! 来てやったぞー!!」


 俺の言葉を遮るようにして、バン! と力いっぱいに開かれる扉。

 俺の絶望的心境と反比例するような、機嫌の良い笑顔を浮かべた美沙が足を振り上げた状態で現れた。

 ふざけんなよ、足で開けるんじゃねーよ。しかもそれで開いたって事はつまり、ドアノブが負荷に耐えらずに壊れちまったって事じゃねーか。誰が直すと思ってんだよ。

 

 ……ああ、見られた。別に見られたからといって死ぬ訳ではないけれど、コイツにだけは見られたくなかった。こんなナイスバディの美女が俺の部屋に居座っているなんて、どう説明すれば納得してもらえるというのだろうか。俺の行動範囲の狭さを熟知している美沙からすれば、俺が外国人(今現在の見た目)と知り合う機会が全く無いであろう事も承知しているはずだ。なんて言って誤魔化したら……。

 

 「おお? 御鏡ってば起きてたのか。何だよ、叩き起こしてあげようと思っていたのに」

 「へ……?」


 予想外の美沙の反応。あれ? 何でコイツ俺だって分かるんだ?

 今の俺の姿ってアレだろ? 目を見張るようなとんでもない美女な訳だろ? どこからどう見ても俺には見えないはずなのだが……。


 「どうしたの? ボウとして。あ、鼻血出てんじゃん! 朝っぱらからどうしたのよ?」

 「え? ああ、これはその……ベッドから寝ぼけて落ちちまってな。それで早起きしちまったんだよ」


 鼻の下を手で拭いつつ、適当に思いついた言い訳を述べておく。

 この鼻血は女体を見た影響で出たものなのか、それとも顔面を拳で強打した時に流血してしまったものなのか、判断がつきにくい所ではあるが今はそんな事を考えている場合ではない。


 (やっぱり、美沙は女体状態の俺を『御鏡』だと認識してくれている。何でだ……?)


 混乱しながらも、俺は自分の姿をもう一度確かめるために鏡に視線を向けた。

 そこに映っていたのは、冴えない顔立ちで何処にでも居る雰囲気を纏った実に詰まらなそうな男ただひとり。

 

 ――つまりは男状態の俺だった。我ながら酷い自己評価だとは思うが特別間違ってもいないので否定する気はない。俺はどこに出しても決して目立つ事のない、普通極まる一般人なのだ。

 

 (あ、あれ? 元に戻ってる?)

 『あはははは、ギリギリセーフだね。間に合ってよかったよ』


 先程と同じように軽快に笑うタマ。どうやら美沙に見られる前に男に戻ることができていたらしい。

 本当に危なかった……。緊張のせいで心臓がバクバクと早鐘を打ってるぞ。

 まあ、男に戻れたのならば何も問題はない。よくやってくれたぞタマ。

 だが、原因はお前にあるから声に出して礼を言うつもりはないぞ! ていうかお前が俺に謝れ。この諸悪の根源が。


 「さて、なんか着替えも済んじゃってるみたいだし。とりあえず一緒にゲームでもやろうか!」

 「……ゲーム? 何でゲームなんだ? 俺はてっきり不思議現象についての体験談を長々と聞かされるものだとばかり思っていたんだが」

 「そんなのはゲームしながらでも出来るじゃない。さあサクサク準備しなさい! ソフトは持ってきてあげたからね! 本体は持っていたでしょ?」


 そう言うと、美沙はハンドバッグから何かを取り出して俺に放り投げてきた。

 目の前に居るんだから手渡せよ馬鹿女。


 「これって……ゲームのパッケージか? タイトルは……『ゾンビーノの激臭』?」 


 美沙から渡されたものは、何やら顔面蒼白の男が描かれている気味の悪いゲームソフトパッケージだった。対応機器は最新機種のゲーム機『PS○』。確かにそのゲーム機ならば先月の初めに買ったので俺は所持している。両親には愚か友達にすら買った事を教えていなかったはずなのだけれど……。美沙の奴、どうして俺が『PS○』を持っているって知ってんだ?


 「どうよ、中々にクソゲー臭のするゲームでしょ? こんな誰も買いそうにないタイトルを最新機種ゲーム機対応で販売してるんだから、きっと中身は不思議の塊に違いないわ!」

 「……いや、それは販売企業のセンスが無かっただけだと思うが……」


 そんなくだらない理由でゲームを買うなよ。面白そうなタイトルのゲームを買ってこいよ。こんなので遊んでも絶対に面白くないだろうが。せめて普通のゾンビ退治ゲームを買ってきてくれよ、バイオ○ザードとかさ……。まあ、言われた通りにハードは用意するんだけど。


 「さあやろう! すぐにやろう! きっとこのソフトをセットして電源を入れた途端に、ハード本体が爆発するとか、そういう不思議現象が起こるに違いないわ!」

 「そんな現象が起こってたまるか! このゲーム、まだ新品に近い状態なんだぞ!」


 自分の探究心を満たすために俺のゲーム機を壊そうとするんじゃねーよ。なんだよゲーム機が爆発するソフトって。そんなもん売ってる企業があったら真っ先に潰れるわ。ていうか企業として成り立たんわ。


 「ささ、電気を消してカーテン閉めて。それっぽい雰囲気を出してヤロウ!」

 「はあ……何で朝っぱらからゲームしなくちゃいけないんだよ……。お前ってアウトドアなキャラ設定だっただろうが。何でインドア派に転職してんだよ」

 

 その、男すらも羨む筋肉質の肉体を持て余すんじゃねーよ。不思議現象を探して外を駆けずり回って来いよ。二度と帰ってこなくていいからさ。 


 「電源オーン!」

 「無視か」


 俺の言葉をシカトして電源を入れる美沙に呆れつつ、とりあえず電気を消してカーテンを閉めておく。

 とても健全な行動とは思えない。朝からゲームなんて流石の俺でも気が引けるのだが。

 あれ? 俺が自堕落な生活をしていないかを確かめるために、美沙は母ちゃんから鍵を託されたのではなかったか? これでは本末転倒の気がしてならないのだが……。


 「ねえ御鏡~。このソフトってどうやってセットすんの~?」

 「そんな事も分からないでソフトを買ったのか!?」

 「だって、テレビゲームなんてメガドライ○くらいしかやった事ないし」

 「メガドラ○ブ!? そんなもん、やったことのある高校生の方が希だよ!」


 二十年以上昔からタイムスリップしてきたのでは、と疑ってしまうような台詞を吐く美沙に驚きを隠せない現代人の俺。メガドラ○ブなんて、名称を聞いたことがあるだけで一度もプレイしたことないぞ。いったい何時の世代を生きているんだ、美沙の奴は。


 そんな馬鹿な事を言い合いつつ、午前中は美沙のくだらないゲーム内の不思議探しに付き合わされた。しかもゲーム中に真偽不明の不思議体験を息継ぎなしで語るのだから困ったものだ。


 『じゃあ、私はもう一度寝るからね。おやすみ~』


 美沙のくだらない話を聞き疲れたのか、タマの奴はゲーム開始三十秒で寝始めやがった。

 タマには関係のない事だとは分かっているのに、何故だか無性に殴りたくなったのは人間として仕方がない反応だと思う。


 こうして、夏休み初日の休日は過ぎていった――



 ◆



 日本国S県M市の郊外に位置する町――鳴神町。

 その町の小さな十字道路にて、一人の少女が座り込んでアスファルトに片手を付いていた。そこに何かが付着している訳でもないのに、少女はその一点にずっと手を付いたまま動こうとはしない。

 

 「此処に逃げたのは間違いなさそう……。でも、アイツの体に付着させた匂いが完全に途切れている。まさか気付かれたのか……? くそったれめ」


 ショートに揃えた銀髪が煌く頭部をバリバリと掻き毟りながら、少女はその整った容姿を苛立たしげに歪める。その小さなピンク色の唇からは鋭い八重歯が見え隠れしており、まるで獰猛な獣のような雰囲気が全身から発せられていた。この年の少女が浮かべる表情だとは思えない程に、強い怒りに染まった表情だった。


 「ふん、まあいい。どうせ尾は私が持っているんだ。そのうち向こうからやって来るだろう」


 それまでの我慢だ、と続けながら銀髪の少女は立ち上がり、目の上にかかる髪の毛を払いながら来た道を徒歩で戻り始めた。ふと空を見上げてみれば、瞳を焼き尽くすように太陽が燦々と輝いている。

 ――ああ、憎たらしい。


 「今日もキツイな……。どこか地下に非難するとしよう」


 小さく呟き、銀髪の少女は木陰の道を選ぶようにして歩いて行った。

 ――とりあえず、太陽の光を遮られる場所ならば何処でもいい。行動を起こすのは日が暮れてからだ。


  



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