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七話

 結果的に言えば、俺は男に戻れた。

 俺の中にいる『アイツ』が「ちちんぷいぷい」と巫山戯た呪文を唱えた途端に、俺の全身が薄気味悪くも青く発光し、そして光が収まる頃には男に戻っていたのだ。


 完全無欠の男の子の再臨である。胸部に実っていた特大果実も消失し、家出していた玉と竿が帰ってきたのだ。これほど嬉しいことが他にあるだろうか? まあ、紫苑さんのパンツを見れた事の次くらいには嬉しい。


 そんなこんなで、誰に見られても恥ずかしくない肉体を手に入れた俺は、美沙たちが居座っているであろう廃墟に急いで戻った。放置していた或が心配だったし、紫苑さんのパンツをもう一度見たくなったからだ(戻ったとしても見れる訳ではない)。


 そして血相変えて大慌てで帰ってきた俺を、出会い頭に美沙がグーで殴ってきた。平手感覚で往復五回。合計十回だ。とても女子とは思えない制裁である。恐らくだが、俺の体が「女体化」の影響で頑丈になっていなければ余裕で気絶していただろう。両頬を腫らしながらも平気そうな俺を見て、殴っていた美沙本人も僅かに驚いていた。やっぱり気絶させるつもりだったのか……。


 そんな驚きも束の間。顔色を怒りで赤く染めた美沙は、倒れている或を放っておいて何処をチンタラ歩き回っていたんだアホンダラ! と言って俺に激怒した。いや、そもそも別れて探索しようと言いだしたのは美沙であるわけで、真っ先に怒られるべきはお前なんじゃないのか? なんて事を考えもしたが、俺が倒れている或を放置してしまった事実も変わらない。だから俺は大人しく美沙のお叱りを受けた。


 そうこうしている内に、紫苑さんに膝枕されて手厚く介抱されていた或(凄まじく羨ましい)が意識を取り戻した。


 怪我は膝を少々擦りむいた程度で、特に身体に異常があったりはしなかったらしい。俺に突き飛ばされた衝撃で一時的に意識が寸断されてしまっただけのようだ。意識を取り戻してから真っ先に俺の尻を撫でてきたのだから元気なものである。とりあえず、満足できるまで俺の尻を撫でさせてやった。顔をほんのりと赤くさせていてご満悦の様子だったので、まあ俺も満足だ。


 俺たちは深い安堵に包まれつつ、そして大急ぎで帰路に着いた。

 結構遅い時間になってしまったが、終電にも間に合ったし徒歩で帰らなくて済んだのは幸いだった。


 紫苑さんと或とは駅で別れ、俺はニコニコ顔の美沙と共に自宅へと急いだ。



 ◆



 「それでね! そのホッキョクグマの二倍、いや三倍はあろう巨体を有した全身毛むくじゃらの一つ目の化物は、そのギザギザの牙が覗く大きな口から紫色の熱光線をドガーン! と発射させて正面の壁を粉々に破壊して外に飛び出したの! そして大地をドスンドスンと大きく揺らしながら時速百キロを優に超える速度で地平線の彼方に去っていったのよ!」


 熱冷めやらぬ様子の美沙は、嬉々として廃墟で遭遇した『怪異』とやらの話を熱弁していた。内容が原型を留めないほどに改変されているようだが、喜んでいるのならば大して問題はあるまい。水を差すのも気が引けるし、とばっちりが俺に向けられるのも御免である。


 「もう、本当に凄い! あの巨体を目の当たりにしちゃったら私でも動けなくなっちゃうと思うよ。或ちゃんは記憶が混濁していて鮮明に覚えていなかった様子だったけど、あの化物に何かされて気を失っちゃったのは間違いないわ。何たってアイツの通った通路で気絶していたんだもの。ああ、何で覚えていないんだろう、或ちゃん。もし覚えていれば証言を元にして記事にしたのに……それだけが残念だわ。まあ、ああいう謎生物がこの世に存在していることを証明できたのだから問題はないわね!」 


 俯いて悔しそうに唸り始めたと思えば、再び熱意を燃やす美沙。

 未知との遭遇がそれだけ嬉しかったご様子だ。小さい頃から不思議なことをひたすら追い掛け回してきたのだから、それを見つけることができた感動も計り知れないのだろう。


 良かったな美沙、俺はこれからもお前を一生懸命に応援するよ。

 この世界は沢山の不思議で満ち溢れているはずだ。だから身近の不思議現象ではなくて、県外の不思議現象にでも意識を向けてくれ。そうすれば俺は凄く助かる。間違っても妖魔探しはしないで欲しい。


 『確かに、あまり身辺をウロウロされると私の存在が露見してしまう可能性があるからね』

 (ああ、それが一番面倒くさいんだよ。お前が俺の中から消えてくれれば一番なんだけどな)

 『すぐそういうこと言うんだから~。言っておくけど、私が消えたら涼ちゃんも死んじゃうんだからね? そこんとこは理解しておいてよ』

 (ああ。認めたくはないけど理解はしてるよ。タマ)

 『タマじゃなくて玉藻! さっき自己紹介したでしょ!』


 プンプンッ! と口で言って怒りを表現するタマ。正直ウザイ。


 コイツの正体。そして俺と融合するに至った経緯は、廃墟に向かう道中で俺が強引に聞き出した。タマは「もっと怪しげなムードを出してから説明したかったのに~」などとほざいていたが、説明を受けるのにムードもヘッタクレもあるものか。


 そういう訳で、俺はタマを聞き出すことができた。

 コイツは――古くより生きる狐の妖怪、それも九尾の化身であらせられるらしい。


 名前は玉藻前。詳しくは知らないけれど、古い伝承とかに度々その名を登場させる狐の妖怪だ。随分前に古文の授業で習ったような気がする。そして、人に化けた姿は絶世の美女なんだとか。


 「私は美人なのだー」とか凄い自慢げに言われてスゲー腹が立った。俺の中にいるんだから容姿なんて無いじゃねーか。


 まあ、そんな自己紹介を聞けば俺にも心当たりがあった訳で。

 今日の昼前、大型トラックに轢かれた時に一緒に居た狐。やはりと言うか何と言うか、あれがタマだったのだ。俺は夢だとばかり思っていたんだが、どうやら現実だったらしい。驚天動地とはこのことだ。


 では何故、あの狐の意識が俺の中にあるのか。

 答えは簡単、トラックに轢かれて肉体を修復不能なまでにグチャグチャにされてしまったタマは、一緒にトラックに跳ね飛ばされていた俺の体に魂だけを避難させたのだという。


 まったく、俺の体はシェルターじゃないぞ。大人しく成仏しやがれ……と、俺は最初に考えたのだが、どうやら俺もあのままでは助からなかったらしい。玉藻の体よりは破損が少なかったが、それでもかなり危険な状態だったのだそうだ。タマが不思議パワーを使って体を治してくれたらしいが、今でも事故の影響で機能不全になった内蔵の一部を、タマが不思議パワーを使って代わりに担ってくれているらしい。


 そのため、俺はタマを身体から追い出せないのだ。

 タマを追い出してしまえば、タマが代わりに動かしていた俺の内臓器官の全てが機能を停止し、俺は為す術なく臨終してしまうからだ。


 そういう訳で、俺はこれからもこの『糞狐』を肉体に住まわせなければならなくなった。ああ、本当に嘘みたいな現実だよ。夢ならば今すぐ覚めて欲しい。


 (はあ……。夢じゃないんだよな……)

 『あははは。現実逃避していても現状は良くならないよ、涼ちゃん。元気出せ!』

 (喧しい! そもそもはお前が原因だろうが。そういえば、お前って何で道路で寝てたんだよ。あんなところで寝なければトラックに轢かれることもなかっただろうが)

 

 そういえば、この馬鹿狐が道路の真ん中で居眠りを始めた理由を聞いていなかったな。何であそこで寝たんだ? 危険であることは一目瞭然だというのに。まさか交通ルールについての知識がない訳じゃないだろうな?


 『いや~、あの時は訳あって体力を著しく消耗していてね。真っ先に体力を回復させておきたかったんだよ。形振り構っていられなかったから、道路だって気付かなかったんだ』

 (体力を消耗していた? それにしては元気そうじゃないか。さっきからぺらぺらと喋っているし)

 『今は身体が無いから体力も糞もないだろう? これは妖力を使ったテレパシーみたいなものなのさ。――まあ、あの時起きた出来事を詳しく説明すると、休んでた私は外部からの襲撃を危惧して全身に強力な重量結界を張って休眠していたのだけれど、外が騒がしかったから確認しようと思って結界を解いてみたら、何とその瞬間に突っ込んできたトラックに轢かれてしまったんだよ。私の体は弱っていたからね。結界無しでは、とてもじゃないけど耐えられなかったんだ』

 

 ……ふ~ん。なるほどね。多分、その騒音っていうのは俺の呼びかけだろうな。つまり、俺は余計な事をしたと。その結果、俺とタマの肉体は致命傷を負ってしまったと。

 

 ………………

 

 俺の責任じゃん!?


 (じゃ、じゃあ何!? 俺が何もしなければ誰も被害に遭わずに済んだってこと? 俺は余計なことをして無様にもトラックに轢かれたってこと!?)

 『ん~。まあそうなるね。亮ちゃんが居なければ私は死なずに済んだんだよ』

 (そ、そうか……) 


 ああ、何ということだろうか……。小心者の俺がちっぽけな正義感を振りかざして余計なことをしたばかりに、お前を死なせて…………


 (――いや待てよ? それはおかしいだろ。俺は常識的な行動として道路に寝ていた狐を助けようとしただけであって、別に悪いことはしてないよな? そもそも、タマが道路で寝るなんて非常識な行動をしなければ良かった話なんじゃないのか?)

 『…………そういう見方もできるね』

 (そういう見方しかできねーよ! なんで俺が罪悪感を抱えなくちゃいけないんだよ! 悪いのは道路で寝てたお前と、居眠り運転していたトラックの運転手じゃねーか! 俺は何も悪くねー!!)

 『あと、タイミングも悪かったよね? えへへ』

 (うるせー!! 全然面白くねーんだよ駄狐! ああ、俺の平穏がこんな馬鹿狐のせいで……)


 冗談ではないぞ、この狐の過失のせいで俺の平和な日々が粉砕されてしまっただなんて。

 タマが言うからには、エネルギーの塊であるタマの魂が俺の体に住み着いている限り、それを狙った多くの妖魔がこれからも襲ってくるらしいじゃないか。そしてそいつらは俺の手で撃退する以外に方法がないとか……。


 嫌だぞ、本気で嫌だぞコレは。

 男子内での罰ゲームで、クラスで一番ブサイクな女の子に告白した時以上に嫌だぞ。あれは女の子がブサイクだから嫌だ、とかではなくて、本気にして顔を赤くしていた女の子に対しての罪悪感が凄まじいのだ。土下座して謝罪したが、今でも罪の意識に苛まれている。


 「あーもー!! やってらんねー!!」

 

 俺は頭を抱えて天高く叫んだ。ストレスの爆発である。

 どうせなら山のてっぺんで思いっきり叫んでみたい。きっと気分爽快なんだろうな。今のストレスフルな俺にはぴったりの自然療法ではないだろうか。


 そんな事を考えていると、何の脈絡も無しに後頭部に衝撃が走った。

 ガツンッという小気味いい音が夜道に響く。何か硬い物で勢いよく殴られたのだろうが、タマと融合した影響で今の俺は普通じゃないくらいに頑丈になっている。大げさな反応をするほど痛くはなかった。


 俺は反射的に振り向き、俺を殴ったであろう人物を睨む。……が、俺が睨んだ人物は俺以上の眼力で睨み返してきた。隠しきれない殺意が滲んでいるのだから、小心者の俺が思わず怯んでしまうのも仕方がない事と言える。


 「何がやってられないってのよ。私の話はそんなにつまらなかった? ええ!?」

 

 美沙はプルプルと拳を震わせながら、地の底から響くような声を発する。

 しまった! さっきの叫び声を聞かれていたのか! まあ、叫び声だから聞こえて当然だよな。だって美沙は俺の隣を歩いていた訳だし。まったく、すっかり忘れてたぜ。


 「いや、今のは独り言というか、お前に対して言ったのではないというか、その……」

 「うっさい! ぐだぐたと言い訳を並べやがって……! こうなったらアンタにも不思議現象の魅力をたっぷりと教え込んであげるわよ! 明日、早朝にアンタの家に行くからね!」

 「うえええ!? えっとその、夏休み初日は昼までぐっすりと寝たいというか、見たい深夜番組があるから多分朝は起きられない……」

 「ふん! 寝てれば強引にでも叩き起こしてあげるわよ。幸い、御鏡家の自宅の鍵は持っているしね。早朝五時くらいに起こしに行ってあげるわ。感謝しなさい」

 「ご、五時!? それに何で俺ん家の鍵持ってんだよ!?」

 「一人暮らしだからってアンタが怠惰な生活を送らないかをチェックするために、おばさまから予め預かっておいたのよ。おばさまは「美沙ちゃんなら安心ね~。涼ちゃんをお願い」って言って快く鍵をくれたわ」

 「か、母ちゃ――ん!! 余計なことしてくれたなチクショー!!」


 遥か遠い地に居る母に向けて、俺は精一杯の不安を叫んだ。

 

 今はもう憎たらしいだけでしかない俺の母――御鏡涼子は息子の俺がドン引きするくらいの、凄まじいまでにお節介焼きな性格をしている。

 朝になれば俺がセットしておいた目覚ましを態々止めてから俺を起こしてくるし、俺が風呂に入っていれば背中を流そうとしてくる。部屋は勝手に掃除するし、お小遣いもわざわざ茶封筒に入れて渡してくる。極めつけには、俺が寝ている時にそっと添い寝して耳元で絵本を読み聞かせようとしてくるのだ。もうお節介焼きどころではない。俺を完全に舐めている。


 俺はガキか!! 


 ……とまあ、そんな厄介極まる俺の母ちゃんはつい先日から、長期間家を空けることとなった。海外出張の父ちゃんについて行ったからだ。この時ばかりは家事ができない父ちゃんに泣いてありがとうと言ったね。どんな仕事をしているのかは知らないけど。


 その結果、この家は俺一人のものとなったのだ。

 素っ裸で家中歩き回ろうが誰にも見られないし、毎食カップラーメンでも文句を言ってくる母ちゃんも居ない。ここは俺のパラダイス! 絶対的な不可侵領域なのだ!


 ……などと喜んでいたのに。

 なんで、よりにもよって美沙に鍵を渡しちゃうんだよ母ちゃん。コイツに視察を頼んでも何の役にも立ちゃしないよ。だって家事掃除がなんにも出来ないんだぞ、コイツ。出来るのは窓ガラスや皿を割る事ぐらいだ。こんなにも家庭的でない女子を俺はコイツ意外に見たことがない。もう邪魔にしかならねえ。


 「明日叩き起こしてあげるから楽しみにしてなさい! それじゃあ、私はアッチだから。じゃね~」

 「あ、おい待て美沙! …………行っちまったよ」

 

 なんでいつも走るんだアイツは。もう少し静かに生きられないのかよ。


 『ふふふ、良かったね亮ちゃん。幼馴染に起こされる美味しいイベントなんて、現実では滅多に体験できないんだぞ。二次元くらいのモノさ』

 「確かに萌えるシュチュエーションではあるかもしれないが、相手が美沙じゃ全然嬉しくないんだよ。ていうか、お前何でそんなに二次元に詳しいんだよ。スー○ーサイヤ人とか知ってたし」

 『ん? だって、日本といえばオタク文化でしょ。この国のエンターテイメントは世界一だよ! それ以外にまったく長所がないよ!』

 「日本を馬鹿にしすぎだろテメエ。それって日本のテレビが一日中アニメを放送しているって本気で信じてる外国人みたいな発想だぞ。もっと日本の色んな面を見て見聞を広げやがれ」


 などなど、オタク文化に感化されてしまっている残念妖狐を宥めつつ、俺は深く溜息を吐いた。


 明日、早朝に美沙がやって来ることを考えると欝になりそうではあるが、それでも夏休みは始まったばかりなのだ。その中のたった一日を美沙と過ごす事になったからといって、それほど俺に損失があるわけでもない。適当に話を合わせていれば一日なんて直ぐに過ぎ去ってしまうだろう。


 そう考えると随分気が楽になってくる。

 よし! 今日は早めに寝て、明日やって来る美沙の襲撃に備えておくとしよう。深夜番組はネットで見ればいいしな!


 俺は僅かに軽くなった足取りで、駆け足気味に帰路に着いた。

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