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六話

急いで仕上げたので、間違いが多数ある可能性大です。よければ感想などで指摘してくれるとすごく助かります。

 「あぱぱぱぱぱぱぱ……あばばばばばばばばば……」

 『茫然自失にも程があるよ涼ちゃん、せめて日本語を使って感情を表現しておくれ。私は心配になってしまうよ』

 

 黙れ!! 何で俺が幻聴なんぞに心配されなくてはならないんだ!

 なんの脈絡もなく女になってしまった青少年の気持ちが、女子(声で判断)のお前なんかに分かってたまるものか!(多分男にもわからない)

 そもそも、俺の身に何が起きているのかが全然わからん! 何で女になってんの俺!? 

 ……いや、実はと言うと原因の目星はついているんだ。

 

 この、俺の中にいつの間にか居座っている謎の幻聴……コイツが今現在で最も怪しい。ていうかコイツ以外に原因が考えられない。


 「おいこら幻聴。お前なにか知ってんだよな? キリキリとさっさと話せブチ殺すぞクソゴミ虫が!」

 『口調が恐ろしいくらいに崩れているね。人間って余裕がなくなるとこんなにも変わってしまうのか』

 「何しみじみ言ってんだ! いいから説明しろよ!」


 張り倒したくなってくるな、この幻聴野郎……。

 でも幻聴が相手だから直接攻撃ができない。ああ、なんと歯痒い。


 『まあまあ、私のことについては帰ってから説明するからさ。今は肉体を元に戻す事に集中したほうがいいんじゃないかな? いつまでも女の子のままじゃ嫌でしょ?』

 「な、なに!? 元に戻れるのか!?」

 『そりゃそうだよ。私の因子を抜けばあっという間に元通りさ』


 な、なんだよビビらすなよコノヤロー!!

 一生このままなのかと絶望していたところだったんだぞ。因子を抜くとか意味が分からないけれど男に戻れるのならなんでもいい。


 ああ本当に良かった、ありがとうございます神様。別に神なんて信じてなかったけれど、これからは信仰心を持って神社にでもお参りに行きます!


 『あ、朗らかな表情で涙を流しているところ悪いけど、前を向いたほうがいいんじゃない?』

 「ほえ?」


 変な声が出た。でも女声だからすごく可愛い。

 男状態の俺が言ってたら非常に気持ち悪かったことだろう。それこそ自分で自分を張り倒すくらいに。


 それはともかく、俺は幻聴の言う通りに前向いた。


 「あ、あの野郎ッ!」


 前を向いた俺の目に映ったのは、先程まで無様にも地べたに這いつくばっていた全身コートの変態野郎が、ゴキブリのような動きでカサカサと移動していた姿だった。もう通路の突き当たりにまで移動していて、通路を曲がって走り去ってしまっている。


 その驚愕の速さに感心する余裕などなかった。もう、ひたすらに気持ち悪かったからだ。

 全身が鳥肌立ったよ。超キショい。


 「なにあの動き!? 四足移動というには余りにも気持ち悪すぎる!」

 『あはは、まだ動けたとは感心だね。下級だと思って油断しすぎていたのかな? さあ涼ちゃん! 元の姿に戻るのなんて後回し! 今すぐあいつを追いかけるんだ。ここで逃がすと後々面倒だよ』

 「お、追いかける? このまま放っておけばいいじゃないか。自分から面倒事に首突っ込まなくても」

 

 そうだよ、何で態々追いかけなくてはならないんだ。逃げてくれるのならばそれでいいじゃないか。俺もこれ以上、あんな化物野郎とは関わり合いになりたくないし。


 『でも、ここで逃がしたら仲間を連れて復讐に来るかもしれないよ?』

 「よし追いかけよう。息の根を止めてくれるわ!」


 冗談ではない。

 一人相手でもこんなに苦戦したというのに、複数で来られでもしたら俺は確実に殺されてしまう。狙われている原因がさっぱりわかんねーけどな。


 「あ、でも或の奴が……」


 俺は後ろを向き、地面に伏して気を失っている級友に視線を向ける。

 見たところ目立った外傷を負っている訳ではないのだが、思い返してみると結構力を込めて突き飛ばしてしまった気もする。もしかしたら骨とか内蔵とかに損傷があるかもしれない。出来ることならば、今すぐにでも救急車を呼びたいところなのだが。   


 『あの娘に構っている間にも、あのゴミはどんどん遠くに行っているよ。逃げ足だけは大したものだからこれ以上放っておいたら追いつけなくなっちゃう』


 幻聴の言うとおり、これ以上時間を無駄にしている暇がない。

 

 「クソッ! すぐに戻るから!」


 追いかける前に、心の中で或に出来る限りの謝罪をする。

 もし無事に帰れたら、俺の尻をたっぷりと揉ませてやることにしよう。或の事だからセクハラ行為を容認してやれば相当喜ぶはずだ。それで俺の罪の意識が払拭されれば幸いなのだが。


 まあ、今は考えている時間すらも惜しい。

 今すぐに不審者野郎に追いついて、口封じをしなくてはならない。

 舌を引っこ抜くなり、頭殴って記憶を吹っ飛ばしたり、言語能力を奪ったりな!


 俺は安寧秩序のためならば他人を容赦なく犠牲にできる人間なのだ!


 「行くぞ」


 逃げた不審者の後を追うべく、全力疾走するために右足に力を込めて地面を蹴った瞬間だった。

 ドンッ! と何かが爆発したような音が足元から響き、そして瞬きが終わった頃には十メートルくらい離れていた突き当りの壁が目の前にあった。ていうか俺から近づいたんだった。


 「っちょ!? 速すぎ――ッ」


 地面を一回蹴った程度で十メートル近く移動できるなど、一体どこの誰が予測できようか。

 俺は今の自分の身体能力を甘く見ていたらしい。

 過小評価と言ってもいいかもしれない。

 俺に寄生してやがる幻聴が俺に貸出したとかいう『因子』という奴の影響なのだろうが、これは冗談抜きで強大すぎるだろう。人類では到底及びもつかない身体能力だぞ、これは。


 「この――!」


 このままでは壁に激突すること確実だったので、何とか体勢を整えて壁に足を向けた。問題なくスムーズに壁に着地できれば良いな~、などと思案した結果の行動である。


 「ふん――ッ!」


 俺は踏み込んだ勢いのまま、壁に着地した。

 形容しがたい重厚な破壊音が響き、壁に向けていた右足の足首までが壁に埋まる。どう見ても着地とは言い難い結果となってしまった。


 ……どうなってんだよ、何で壁に足が埋まるんだよ。粘土で作られてるんじゃないのかこの壁。


 まあ、実際に壁が粘土で出来ているのかと聞かれればそんな訳はなく。俺の右足は硬質な壁に突っ込んだまま抜けなくなり、俺は右足だけ壁に張り付く姿勢となってしまった。すげえ情けない格好だ。


 『あはははは、涼ちゃんってばドジっ子~!』

 「黙れ! このっ抜けねえ……! ああもう、ぶっ壊す!」


 無様な俺を嗤う幻聴に殺意を抱きつつ、足を壁から引き抜こうとしたのだが余計な手間が掛かりそうだったので、壁を破壊することにした。今の俺ならば容易なはずである。

 

 まずは拳を作り、そして力任せに叩きつける。

 実に簡単である。

 

 謎パワーによって強化されている俺の拳は、ガチガチのコンクリート壁を一撃で簡単に粉砕した。

 発泡スチロールを壊すより簡単だったぞ。


 何だか物を破壊してばっかりの気がしなくもないが、まあ廃墟だから別に問題ないだろう。弁償は御免だ。


 自由の身になった俺は地面に着地すると、そのまま不審者が逃げた方向へと視線を向ける。もう随分と時間を無駄にしてしまったが、ギリギリ不審者が壁を突き破って外へと逃げる姿を視認できた。


 出口から外へ出なさいよ。あ、そういえば出入り口って塞がってたんだっけ。……もしかして、マンション入口の崩落はあの不審者がやったことなのか? それならば尚の事許せないな。今すぐ追いついてぶっ飛ばしてやる。


 「待てよ!」


 このまま逃がしてやるつもりは毛頭ない。

 二度と人を襲う気が起きないように、心身共に限界にまで追い詰めて一生消えないトラウマを刻み込んでくれる! 


 今度は手加減をして走ろう、と事前に自分の異常な身体能力を考慮して足に力を込める。もう壁に激突するんはゴメンだからな。丁寧に走ろう。


 そして、俺が意を決して駆けようとしたその時――


 「なに今の!? 紫苑見た!?」

 「え、ええ見ました。凄く大きな人が壁を壊して外に……」

 「やったー!! 怪異発見だよ! 大ニュースだよ! 晩御飯はお赤飯だよ!」


 不審者が突き抜けて行った壁のすぐ隣に設けられている階段から、なんと美沙と紫苑さんが降りてきていた。美沙は興奮しきった様子でピョンピョンとその場で飛び跳ねており、紫苑さんは表情を驚きで固めてしまっている。


 なんて最悪の場面で出てくるんだアイツ等……ッ! あと数秒でいいから遅く来れなかったのか!


 『おや? まだお連れさんがいたの?』

 「……ああそうだよ、どうすんだよコレ。見られちまうぞ」


 これはピンチだ。俺の醜態(女体化)が紫苑さんの前に晒されてしまう!!

 それだけは嫌だ! 男のプライドが絶対に粉砕しちゃう!


 『ん~。まあ、無視していいんじゃないかな? 今の涼ちゃんは女の子だから平気でしょ?』

 「ば、バレないかな? 顔とかでさ」


 あれ、そういえば今の俺ってどんな顔してるんだ? 

 もしも、このナイスバディに男の顔が乗っかっていたら相当気持ち悪いと思うんだが。

 もう、考えただけでゲロを床にぶちまけてしまいそうだ。

 自分の顔だけれども。


 『大丈夫だよ、髪も金髪で長いんだしさ。顔は私にも見えないから分かんないけれど、そのまま涼ちゃんの顔ってことはないと思うよ。ボディラインも全く違うし』

 「そうか? ……まあ、ここで悩んでても仕方ないか。全力で走り抜ければ見えねえだろ」

 

 何たってあの速度だ。影くらいは見られるかもしれないが顔までは分からないだろう。


 きっと大丈夫だ俺なら出来る! と自分を鼓舞する。


 俺は改めて足に力を入れると、不審者が壁に開けた穴に向かって――飛んだ。


 それはもう、低空飛行と言っても良いくらいの移動方法だった。

 地面に足をつけず、たった一歩で距離を詰める。

 

 自分でやっておいてなんだが、小便をちびってしまいそうなくらいの速度だ。俺って遊園地とかに行ってもジェットコースターにだけは絶対に乗らないチキンなハートの持ち主なんだぞ。冗談抜きで怖い!


 「っきゃ――!?」

 「わあ!?」


 通路を高速で移動しながら、異常なまでに強化された俺の視力は美沙と紫苑さんを捉えていた。


 そして、信じられない光景が俺の瞳に映った。


 なんと、高速で移動する俺が発生させた風圧のせいで、紫苑さんのスカートが大きく捲れてしまったのだ。そして、そこから見える桃源郷への入口。いや、入口っていうのは別に卑猥な表現とかでは決してない。


 (ぱぱぱぱぱぱーんつ!! 見えたよ紫苑さんの白パ―ンツ!!!)

 

 純白色のパンツを、陰部を隠す布きれを、俺は見てしまった。

 控えめながらにも上品なレースが刺繍され、中央上部には小さな赤いリボンが飾られている。ラインは余裕を持って作られていて別段際どい訳ではないが、それでもムッチリとした紫苑さんの太ももにパンティが食い込んでいるのがはっきりと見えた。


 それはもう、世界一と言っても過言ではない程に素晴らしいおパンツだった。


 シンプルだが決して地味ではなく、扇情的なように見えるが実は清楚で、そんな筆舌に尽くしがたいパンツさまだ。あれさえあれば俺は世界をも滅ぼせるかも知れない。これは本気で。


 (ああ、鼻血が出そう)


 たとえ鼻血が噴き出そうとも、それが原因で失血死しようとも、俺はパンツを見ていたい。


 俺は、パンツを見ていたい!!

 

 至福とも思える時間が俺に幸福を与える……が、所詮は時間制限付きの幸福だ。

 俺の体は物理法則に則って無慈悲にもどんどん前に進んでいく。それに応じて紫苑さんの姿が視界の端へと移動してしまう。


 待って! もう少しだけでいいからパンティを見せておくれ!

 

 そんな事を考えている内に、俺の体は壁を越えて外へと飛び出してしまっていた。


 マンションの裏口付近と思しきそこには、大量のゴミが散乱していて酷い匂いが充満していた。だが、そんな事は小さな問題である。……ああ、今すぐ戻って紫苑さんのパンティをもう一度見たい。できるならば写真に残したい。カメラ持ってないけど。


 『涼ちゃん、パンティの事をつらつらと考えている場合じゃないよ。ほら、前向いて』

 「うお、顔が勝手に!? やめろ、今は紫苑さんのパンティを見るのが最優先事項だ!」

 『そんな事項は存在しません。同じ女性として看過できないよ。涼ちゃんは自分の責務を全うすることに集中するんだ。早く行かないと本当に見失ってしまうよ』


 幻聴がそう言うと、俺の身体がまた俺の意思関係なく勝手に動き出し、ゴミを蹴散らしながら暗い夜道を爆走し始めた。


 っちょ、俺のお気に入りのジャージにゴミが付着してるんですけど!? それにまた俺の体を勝手に動かしやがって!! 今すぐUターンしろ、じゃないと紫苑さんのパンツが! おぱんちゅが!

 

 「ああ、チクショ――ッ!」


 首が固まって動かないし、足は勝手に動くし!

 クソ、邪魔しやがって! 人生の題目とも呼べる俺の生きがいを邪魔しやがって!


 あと数秒だけでもいいのに! そうすれば網膜に紫苑さんのパンティを焼き付けることができるのに!

 

 ……なんて世界は残酷なんだ。俺にこれほどの挫折感を味わわせて神様は一体何がしたいんだ。


 もう世界なんて滅んでしまえばいいのに。

 アル○ゲドンみたいに隕石でも降ってこないだろうか。まあ、俺はあの映画見てないから結末とか分かんないんだけれど。隕石が降ってくるっていう設定しか知らない。

 

 結局隕石が激突して地球は滅んだの?  


 『涼ちゃん! そろそろ自分で動いてよ。流石にこれ以上は干渉できない』


 某映画の結末についてを考えていると、幻聴の切羽詰った声が聞こえてきた。仕方がない、アル○ゲドンは近所のTSUTAYAに行って今夜にでも借りてくることにしよう。微妙に気になって仕方がない。それとエッチなDVDも借りておきたい。できるならば白パンツがメインの奴。


 『さあ、体の主導権代わって!』

 「ああもう、分かったよ……。追いかければいいんだろ」

 『そうだよ涼ちゃん。ほら、アイツの後ろ姿はハッキリ見えるでしょ。見失わないようにね』

  

 ……確かに、前方三十メートルくらいに軽快な足取りで走っている不審者の背中が見える。


 いくら周囲が暗いとは言え、流石にあの巨体を見失うようなヘマはしない。それに大した速度ではないから(常識で考えれば超早い)、今の俺ならば十分に追いつける。


 「面倒だから、一気に距離を詰める!」


 これ以上奴を進ませてしまえば、街の中心に侵入させてしまうことになる。それでは人目が増えて追い掛け難くなってしまう。


 それよりも前に捕縛しなくては。

 

 というわけで、俺はさっきの移動方法と同じように地面を力いっぱいに蹴った。すると、俺の体は銃口より放たれた弾丸の如くスピードで、必死も逃げている不審者に追いすがった。


 だけれど、このまま突進したら先ほどと同じように勢いを殺しきれない可能性が過分にある。


 よって、俺はこのまま不審者へと攻撃することにした。

 更に詳細を言えば、後頭部を狙った飛び蹴りである。


 「くらえ糞虫!!」


 俺の黄金の右足が不審者の後頭部に炸裂した。

 蹴りを放った俺自身がビックリするくらいの、見事な直撃であった。


 ベキゴキッと骨が粉砕したような音と感触が足に伝わるが、もう容赦してやるつもりはない。それに天井に頭を突き刺しても余裕で動けるような相手だし、このくらいじゃあ死なないだろう。


 強烈な蹴りによって空中三回転した変質者が地に沈むのを見ながら、俺は体勢を整えつつ華麗に着地した。


 ――10点!!


 「さて、これで終いだ……ってええ?!」


 今度こそ意識を失ったであろう不審者に視線を向けた俺は、予想もしていなかった光景を前にして素っ頓狂な声を上げてしまった。


 地面に倒れていた不審者の体が、急激に萎んでいったのだ。

 服の隙間からフシューッと細かい粒子を吹き出しながら不審者の体がどんどん小さくなり、そしてペチャンコになってしまった。ぺらッペらである。


 「な、なんで? 風船?」


 残された服を持ち上げてみるが、やはり中身が消失していた。

 よく分からない粉しかなかった。

 

 『うん、これで始末できたね。良かった良かった!』

 「よ、良くねえ! 人を消しちまったんだぞ!!」


 気楽な口調で言う幻聴に、俺は切羽詰った声で問いかける。

 俺もかなり殺す気だったけれど、まさか本当に死なせてしまうなんて思わなかったんだ。しかも死体を粉末に変えてしまっているし……。もしかして、これも幻聴の不思議な力の一つなのか……?


 「お、お前が殺ったのか? こんな、人を粉微塵にしやがって……。人間はゴミじゃねーんだぞ!」

 『……え~っと、何を勘違いしているのかな、涼ちゃん?』

 「何が勘違いなんだ! だって明らかに消えてんじゃん! 粉になってんじゃん! エアーズロックからばら撒く以外に弔う方法が無いじゃん!」


 地面に散っている粉(遺骨らしきもの)をせっせとかき集めつつ、俺は涙声で幻聴を責める。

 俺を人殺しにしやがって……。どうしてくれるんだ馬鹿野郎! これから務所暮らし決定じゃねーか!

 ああ、その前に不審者さんを弔わなくちゃいけないのか。遺族さまに何て言えばいいのだろうか。


 『いやいや、だから弔う必要なんて無いんだよ。だって、ソイツ人間じゃないもん』

 「……へ?」

 『だから、ソイツは人間じゃないの! だから始末しても涼ちゃんが法律で裁かれる必要もないわけ! お分かり?」


 呆れ返ったような口調で、ボケた老人を宥める介護人みたいに言い聞かせてくる幻聴。

 いやちょっと待てよ、人間じゃないって……。じゃあ一体なんなんだよ。

 だってコイツ、さっきまで散々動き回っていたじゃないか。二足歩行していたじゃないか(一部だけ四足歩行)。人じゃないなんて信じられないぞ……。


 「そ、それならコイツは何者なんだよ! 確かに喋っていたし、歩いてもいたぞ!」


 コートを強く握り締めながら、俺の中にいる謎人格に真偽を問いかける。

 コイツに全身プレスをやられた俺だから分かる。コイツは確かに人間の質感をしていたぞ。 


 『ははは。それくらいは人間でなくても可能な動きじゃないか、猿だって十分に出来るよ。

 ――けど、コイツは猿なんて生易しいものでもなければ、もちろん人間でもない。コイツはね……』

 「こ、こいつは……?」

  

 焦らすように、俺の反応を見るかのように、幻聴は言葉をすぐに繋げようとはしない。躊躇っているのではなく、まるで試しているような言い方だ。

 

 だが、急かそうとは思わなかった。

 

 この一瞬限りの僅かな沈黙が、俺にとって重要な役割を担っているのではないのかと考えたからだ。


 今なら、耳を塞いで聞かなかった事にできる。十分に引き返せる領域だ。けれど、今ここで幻聴の説明を一から十まで聞いてしまえば、俺はここから先に待ち受けている面倒事に巻き込まれていくような気がしてならない。


 そういう、確信があった。

 

 けれど、ここまで来て「やっぱりいいです」とは口が裂けても言えない。

 俺には聞く責任がある。

 何たって、人を殺してしまった可能性が捨てきれないのだ。平和を望む一般人として、ここで逃げ出すわけにはいかない。それに何より気になって仕方がない。

 

 ――だから、聞こう。

 この幻聴が言う言葉を、説明を、全て聞こう。

 自分のことを考えるのはそれからだ。


 俺の決心が何らかの方法で伝わったのか、それとも俺が変な顔をしていたのか。


 幻聴はクスッと小さく笑うと、ゆっくりと言葉を紡いだ。


 『――コイツの正体は「妖魔」。生きとし生ける全ての生物を食らおうとするクレイジーモンスターさ。今回涼ちゃんたちを襲ってきたのは、私の莫大な妖力に誘われた下級の妖魔だね。多分これからもずっと、こういう輩が涼ちゃんを狙いに来るよ。なんたって、この私と同化してるんだからさ』 


 軽快な口調で少しの躊躇もなく、俺にとって最悪とも言える事実を言ってのける幻聴。いや、今更かもしれないがコイツは幻聴ではない。人間とは全く別の、それこそコイツが言っていたクレイジーモンスターと同類に違いない。


 俺にとって有害なのは間違いないのだから、特に変わらないだろう。


 ……ああ……本当に聞かなければ良かった。

 後悔先に立たずとはこの事を言うんだろうか。


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