星の瞬き
星の瞬き 深水湖水
冬の夜空は美しい。
濃い群青色の、どこまでも透き通った空一面に、無数の星々が瞬いている。
その瞬きの正体は大気のゆらぎで、地上だからこそ目にすることができる美しさでもあった。
船外で長大なビームにつかまりながらレンチを動かすわたしは、突然、子どものころを思い出していた自分に気づき、冷や汗をかく。しかし、一度始まってしまった追憶は終わらない。
それは姉と見た冬の夜空のこと。オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、そしておおいぬ座のシリウスが作り出す冬の大三角のこと。
そんな星々に夢中だった姉は、わたしが二十歳になったころ、宇宙船の事故で亡くなった。まだ三十歳にもなっていなかった。
彼女の乗った宇宙船は、大気圏を脱出する直前に爆発して四散したのだった。
ネット中継でその様を見ていたわたしは思い立った。宇宙飛行士になる。姉の見たかった空をわたしが見ると。
八年後、その願いはかなった。
わたしは今、宇宙飛行士となり、ISS・セカンド、すなわち国際宇宙ステーション二号の保守要員として働いている。
わたしの担当は船外活動だ。その作業を通して、わたしは現実を知った。
宇宙の星は瞬かない。しかも背景は漆黒だ。星々は真っ黒な板に針でつついて開けた穴のようで、情緒なんて感じる対象ではなかった。なにより、感慨に耽って周囲や自身の監視とモニターを怠れば死がまっている。
つらい作業ばかりの日々だったが、わたしは宇宙勤務を辞めなかった。定期的に地上に降りるときはトレーニングに勤しみ、技術の習得に努めた。
姉が命までかけて挑んだ宇宙の価値を、わたしはまだ感じてはいなかった。
その日の作業はISS・セカンドが夜の側にいる間に済ます必要があったため、保守要員の半数が動員された。
宇宙飛行士になってもう五年になるわたしは船外作業班の班長を任された。全ての作業を作業員の背後から指揮する役目だった。
作業開始から一時間が経過した。順調だ。あと三十分もかからない。夜の側から出るまでに終わるだろう。
余裕の出てきたわたしはISS・セカンドの向こう側、地球の夜半球を彩る人工の灯に魅入った。そのときだった。
「警報! 警報! 宇宙塵が急速接近中!」
緊急通信だった。予報にはなかった。とにかく退避だ。
急いで作業員をエアロックへと誘導する。そんなとき、部下から連絡が入る。
なんだって? 間に合わない?
部下の報告にわたしは仰天した。この緊急時にもかかわらず、マニュアル通りに一人ずつエアロックを通そうとしていたのだ。
わたしは通信機に怒鳴った。
入れるだけ入れろ! あとのことは宇宙塵が通過してから考えろ!
部下が答える。
でも班長! それだとあなたが!
そう、一度に全員は入れない。エアロックの数もスペースも足りない。誰か一人が残される。わたしは指示した。
わたしは船の影に避難する。気にするな。さっさと指示に従え!
部下は渋る。わたしはまた怒鳴る。
全員、エアロックに退避! 指示を復唱せよ!
部下が復唱する。
了解! 全員、エアロックに退避!
ようやく承知したようだ。全く、いらぬ手間がかかった。
全員がエアロックに退避したのを見届けたわたしはISS・セカンドの陰には入らず、安全帯をひっかけていたアンテナビームの先端に移動する。死ぬときは死ぬし、そうでなければ生き延びる。どうせなら特等席でそのときを迎えたい。
わたしが移動を終え、深呼吸したとき、宇宙塵が到達した。
音などなかった。痛みも感じなかった。突然、目の前が真っ赤になった。
わたしの身体がくるくると回る。地球を背にする位置で安全帯がぴんと張り、一瞬、姿勢が固定される。
そのとき、わたしは見たのだ。
宇宙で瞬く星々を。
漆黒ではなく、濃い群青色の宇宙を。
それは走馬灯だったのかもしれない。
わたしは姉の胸に抱かれていた幼いころを思い出し、ゆっくりと目を閉じた。
了




