36話 影
見た目はゴブリンのようだが全身は黒く、表情は読み取れない。
唯一分かるのは、不気味に光る目が完全にこちらを捕らえているということだけだ。
聞いていたボスとはあまりにもかけ離れた姿に、思わず動きが止まる。
影はその隙を見逃さなかった。
素早い動きで俺に迫り、手に持っていた武器を振り下ろす。
ガキンッ
鉄同士がぶつかる鈍い音が部屋中に響き渡る。
影の振り下ろした武器は俺に届く直前、間に入ったバルドさんの大剣に阻まれていた。
「気をつけてください。あれはこの部屋のボスではありません!」
バルドさんは大剣を強く握り直し、影を押し戻そうと力を込める。
しかしそれを察したのか、影は自ら後ろに飛んで距離を取った。
「この部屋のボスじゃないって――じゃああいつ何なの!?」
「分かりません。ですが、あんな敵は見たことありません、それに――」
そういって、バルドさんは一瞬視線を逸らすと、俺も釣られて視線を動かす。
「なっ!」
影のいる中央のさらに奥、部屋の片隅に何かがある。
目を凝らして見ると、そこには刃物のようなもので切り刻まれたトカゲ型モンスターの姿があった。
「この部屋のボスはタルワールという武器と盾を使います。ちょうどあの黒いモンスターが持っているものと同じ物です」
影の持つ武器をよく見てみると、その刀身は弓の様に曲がっていて、通常の武器とは形状が異なっていた。
影はこちらを観察するようにジッと見つめて動く気配がない。
「ゆーても見た目ゴブリンっぽいし、余裕じゃね?」
突然愛多が口を開くと、左右の剣を器用に回転させ一歩前に出る。
それを見た影は、同じように剣を回転させようとして失敗し、持っていた剣を地面に落とした。
影は武器を拾うため無防備な姿を晒している。
その隙を愛多は見逃さない。
影との距離を一気に詰め、渾身の一撃を振り下ろす。
「やばっ!」
愛多が突然声を上げると、振り下ろしたはずの剣が弾かれ、上へ大きく跳ね上がった。
「バックステップ」
彼女が何か叫んだ直後、体が伸び切った体勢のまま、人間では到底不可能な動きで影から距離を取った。
「もうっ、なんであの体勢から反撃できるかなぁ」
「ラヴさん気をつけてください!姿はゴブリンのようですが、実力が桁違いです」
影は剣を器用に回転させ、まるで遊んでいるかのように何度も同じ動作を繰り返していた。
(こいつ……さっきからふざけてるのか?)
いきなり襲いかかってきたと思ったら、じっと観察するような素振りを見せ、今度は愛多の真似なんて――
ガンガンッ
先程から統一性のない動きをする影が、今度は剣を盾に叩きつけ大きな音を出している。
奇怪な行動に、俺はやつの動きから目を離せなくなっていた。
他の二人も動く気配がないので、きっと俺と同じだろう。
影は大きな音を立てた後、ふいに視線を明後日の方に向けた。
やつの動きに集中していたからこそ、まっさきに視線を動かし後を追った。
しかしそこには何もなく、影が見ていた何かを見つける為、俺は視線を動かし必死に探した。
(何もない……あいつは何を見て――)
突然――大きな衝撃が俺を襲い、気づけば俺は無機質な天井を見上げていた。
一瞬のことで何が起きたかはわからない。
体を引き起こすと、バルドさんが大剣を振り下ろし影を後退させ、愛多は俺の元へ向かってきていた。
「おじさん大丈夫!?」
「あ、ああ。一体何が起きたんだ?」
「あいつがいきなり突っ込んできて……おじさん斬られたんだよ!」
愛多から見たら斬られたように見えたらしいが、運が良かった。
視線を逸らしても盾の構えを解かなかったのが幸いし、タルワールの一撃は盾に阻まれたようだ。
それでも、タルワールの一撃はあまりにも重く、HPは2割も減少していた。
「ユキトさん、大丈夫ですか!?」
「ええ、なんとか無事です。それよりもバルドさんあいつもしかして――」
俺の言いたいことを察して、バルドさんは頷く。
「はい、おそらくですが、あの影は私たちの動きを学習しています」
愛多の動きを真似していた時に違和感はあった。
そして、視線を逸らしての奇襲で確信に変わった。
影は俺がこの部屋の本来のボスであるトカゲの死骸を見ていた時、じっと観察していた。
当然、俺がバルドさんに釣られ視線を向けたのも見ていたはずだ。
こちらの動きを真似て、それをすぐに戦闘で役立てる。
(そんなこと……ただのモンスターにできるのか?)
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
これ以上、あいつに俺たちの動きを見せたら手がつけられなくなる。こうなったら――
「愛多!バルドさん!俺に考えがある、協力してくれっ!」
二人は無言で頷くと、俺の指示に耳を傾けた。
「……それは危険では?」
「大丈夫です。以前にも一度やってるのでっ!」
俺は大丈夫と言わんばかりに親指を立ててアピールする。
「うわぁ……」
本気で引いているのか、愛多の視線が痛い。
「と、ともかく、これならあいつの注意を引けると思うので、後のことお願いします」
二人は渋々納得し、影を中心に左右へと移動した。
三方向から挟まれた影は、表情は読み取れないがあきらかに警戒するような動きをしている。
正面に立つ俺を見ながらも、左右への警戒も怠らない。
そんな影を前に俺はゆっくり、気を引くように歩いていく。
「どうした?これがそんなに珍しいか?」
先程の仕返しと言わんばかりに、手に持ったブーメランを盾に叩きつけ影の気を引く。
やつの視線がブーメランを追っているのを確認し、俺は影に向けて全力でブーメランを投げた。
くの字型のブーメランは、空中で大きな弧を描きながら影へと向かっていった。
しかし、影は慌てる様子もなくその場から一歩身を引いた。
「まあ、そうなるよな――予想通りだ」
前回の奇襲とは違い、今回は影の目の前で投げたので飛んでくる位置が丸わかりだ。
当然、影がその程度の攻撃を避けられないわけがないことは分かっていた。
だから俺は、ブーメランが避けられること前提で作戦を立てた。
「――今だっ!」
俺の号令と共に、左右の二人が走り出す。
警戒していた影は、二人を迎え撃つため構える。
しかし、影の前に突如現れた闖入者によって、ほんのわずかに隙ができた。
「パワースラッシュ!」
「クロススラッシュ!」
その隙を見逃さず、二人のスキルが炸裂した。
二人の攻撃をモロに受けた影は、瞬く間にHPを全損させ消滅した。
「はぁ……なんとか勝てたな」
ブーメランで気を引き、左右に二人置くことで警戒心を煽り、止めにピコを起用した三段構えの作戦は見事成功した。
結果だけ見ればそこまで損傷することもなく、余裕の勝利とも言える。
しかし、危ない場面もあった。
それに、パーティリーダーの俺に合わせてステータスが修正されているとはいえ、上級者のバルドさんがいてもこれだけ苦戦するなんて――
「ユキトさんお疲れ様です」
「おじさん、おっつ~」
二人から労いの言葉を掛けられ、頷いて返す。
「バルドさん、あいつはいったい何なんですか?」
「私にもわかりません。ただ普通のモンスターでないことだけは確かです」
倒した時の経験値やアイテムも貰えず、ログも表示されない。
そして、遺体は残らず始めからそこに存在していなかったかのように消滅するモンスターなんて、見たことがなかった。
「ダンジョンも敵の数が少なすぎますし、何よりボスはそのダンジョンで一番強い存在ですから……そんなボスを倒せる存在なんて――」
あの影には最初から違和感しかなかった。
戦闘の最中にも関わらず愛多の真似をして剣回しをしたり、俺たちの動きを真似するどころか、それを戦いに応用するなんて――
(まるで、人間みたいだ……)
「もしもーし、話してるところ悪いんですけどぉ……先にあっちの方、何とかしたほうがいいんじゃない?」
愛多は少しからかうように言いながら、後ろを指差す。
指し示した先には、物凄い形相でスタンピングを繰り返すピコの姿があった。
小さな体なのに、床がドンドン鳴っている。
(緊急事態だったとはいえ、前に囮には使わないと言った矢先にこれだもんなぁ……)
「ユキトさん」
この状況を何とかする妙案でもあるのか、俺は縋るような思いでバルドさんに振り返る。
「あ、あの……その子はいったい何なんですか!?」
バルドさんは頬を赤らめ、捲し立てながら俺に詰め寄ってくる。
ガチムチな男がくたびれたおっさんに迫るという、見たくもない光景が出来上がっていた。
そんな状況を面白がって見ている愛多を睨みつけながら、戦闘より忙しい状況に、俺はしばらく頭を悩ませることになった。




